第24話 救済の仕掛け人
「……すいません、ほんま、もうちょっとだけ。こんな単価やったら、うち、持ちません……」
リアルロボット用の部品を作る町工場の薄暗い作業場に、しわがれた声が響く。
この町工場の社長は、顔を真っ赤にして、宮園重工の担当者に土下座をしていた。
「決まりなんですよ、すみませんね。僕も上から言われてるんで。どうか……」
担当者は、やつれた顔で苦しげに笑いながらそう告げた。
手元の書類には、無慈悲な単価表と新しい納期が記されている。
こんな無茶な要求を飲めないことは担当者も分かってはいた。
だが、自分にも生活があるので、引き下がることはできなかった。
「どうか……ウチの会社の社員や、ワシの家族を見捨てんといてくれ! なんとか……!」
すがるように見上げる社長から、担当者は目線を逸らしぼそぼそと独り言を呟いた。
「……他のとこは、工夫して……上手いことやってるみたいだな。どんな工夫かって言われても……企業秘密みたいで……教えてもらえなかったなあ。……ただ、ああいうのは……絶対にバレちゃいけない工夫だって……ある所が……そんなふうに言ってたかなぁ」
バレなければ、品質をごまかしてもいい。それを遠回しに示唆した。良心は痛む。だが、サラリーマンである自分にはこうする以外の選択肢はない。
社長はしばらく沈黙していたが、やがて搾り出すように小さな声を呟いた。
「……やらせてもらいます」
「ありがとうございます」
その言葉を聞き、担当者も深々と頭を下げる。
2人は、後ろめたさと恐怖を感じながら、それでも自分が生き、大切なものを守るために必死だった。
◇
「ちょっと親父それマジなの!? なんかあったらヤバいからマジでやめて!」
ディスミスターが収められた倉庫の隅で、未来は大きな声を上げていた。
未来以外、今日は誰もいない。
ひとり黙々と作業を続ける中、実家の父親から電話がかかってきた。
いつものように他愛ない話をして、明るく和んだ空気が流れていた。
しかし、話題が父の経営する町工場に移った途端、その空気は一瞬で消え失せた。
「――知り合いの工場の話なんだね。でも単価が半分になっちゃってウチはやっていけんの? ――そっか。ごめんね。私がいる会社のせいで。……従業員さん達には、ちゃんと謝っといてね。――近々私もそっちに帰って、畳む手伝いするよ。――分かった、じゃあね」
手を震わせながら、未来はそっと通話を切った。
重い気持ちになり、涙をこらえる中、背後から間の抜けた声を掛けられた。
「あのぅ。私達がなにか不祥事を起こしてしまいましたかぁ~?」
「わ! スギさん……お嬢様まで……こんな時間まで、何してるの!?」
「先のことを見越した新規事業を、お嬢様に相談してたんだ。営業から戻ってきてしか手が空かないから、こんな遅い時間になっちまってな。……それより、藤沢。俺達なにかやらかしたのか?」
未来は気まずそうに目を逸らし、小さな声で答えた。
「……あー。恥ずかしいんだけど、私、今も親には本社の技術部にいるって言ってるんだよね。……余計な心配かけたくないからさ。ごめんね、こんなこと言っちゃって」
「なんだそんな事か。そんな奴いっぱいいるから気にするな。せっかく天下の宮園重工に入社したのに、今はこんな所に飛ばされてますなんて、普通は言えるわけがないからな」
「はい~。私も、この会社の社長ってぇ、昔のお友達には恥ずかしくてぇ、言えないです~。……それより、ご家族がどうかなさったんですかぁ? 言いにくいことなら、無理には聞きませんけどぉ~」
未来は、俯いたまま重い口を開いた。
「スギさんには前、話したことあるけど、私の実家、町工場でさ。細かい加工とかも色々やってんだけど、主力は本社からの下請けでリアルロボットの部品を作ってたんだよね。でも本社の方で部品の単価を半額にするみたいで、それで親父の工場、立ち行かなくなっちゃってさ。だから、工場、畳むって」
未来は涙をこらえ、小さく笑いながら言葉を続けた。
「……ハハ。私もガキの頃からずっとあったもんが無くなるの辛いけど、親父はどうなちゃうんだろうな? お袋が死んでからは、親父はもう仕事が生きがいみたいな感じだったから」
話の途中で再び未来のスマホが鳴った。
「もしもし、親父、そっちに帰る日決めたらまた――え!? やっぱりお前の会社の提案にのるって……それ本気で言ってんの!? どんな責任とらされるか分かんないよ!」
激しく動揺しながら、未来は声を荒げる。
「それにこんなの親父の物づくりの信念みたいなのに反してんじゃん! ――そりゃ子供の学費とか大変な従業員さんが何人もいるのは知ってるけど……」
通話は一方的に切れたようだった。
未来は、スマホを握ったまま、ただ呆然と立ち尽くしている。
杉村にも、未来の父親が何を決断したのか察しがついた。
本社の営業担当に、部品の品質を落としても、バレなければいいとでもそそのかされて、それを呑むつもりなのだろう。
胸糞悪い感情が込み上げる中、梨沙の言葉が耳に入る。
「あの男は、こんな非道なことを指示したのですか。よくも宮園重工をここまで汚して……」
どうやら梨沙も、未来の父親がどんな決断をしたかを察したらしい。
そして、高瀬の命令のもとで、それが行われていると思っているようだ。
梨沙とその家族がたどった経緯を考えれば、そう思わない方が無理かもしれない。
だが、杉村にはそうとは思えなかった。
会社は所詮自分達の利益だけを追求する集団にすぎない。だからこそ、その利益を最大化し、未来永劫保持するために、会社は常に社会の公器でなければならない――。
創業者である梨沙の祖父が遺したこの言葉は、高瀬がクーデターを起こして社長に就任した後も、宮園重工の企業理念として掲げられている。
新卒の研修では、毎年この言葉は必ず教え込まれていると聞いている。
高瀬の社長就任から大きな変化は沢山あったが、この理念だけは引き継いでいると考えていいだろう。
だが、今回の件は、その理念とは明らかに食い違っている。
ならば、誰がこんな真似を指示したのか。杉村には、なんとなく見当がついていた。
自分は上層部の人間ではないので詳しい事情は知らないし、確証はない。
だが、本社在籍時の社内の状況から察するに、経営企画室、というか愛花がまた暴走しているのだろう。
本来の経営企画室には現場に干渉する権限はない。
だが、高瀬が国外の軍産複合体との交渉で国内に目を向けられない今、自然と専務周辺の影響力が強まっている。
その結果、専務の愛人である愛花の越権行為が、当たり前のようにまかり通っている。
しかし、本当に高瀬は国外交渉にそこまで手一杯なのか疑問が残る。
スーパーロボットという日本固有ともいえる存在が幅を利かせている日本市場は、国外の軍産複合体にとってうまみが薄い。
安価で実用的な量産型リアルロボットならば需要があるだろうが、そんなものはとっくに宮園重工がOEMで流しているので、今さら改めて参入してくるはずがない。
高性能リアルロボットも同じくスーパーロボットがいるために全く需要がない。
恐らく高瀬は何かを狙ってこの状況を仕掛けているのだろう。
その狙いまでは読み切れないが、だからこそ、自分にも動ける余地がある。
少し考えて杉村は、宮園重工の下請けの疲弊と品質低下を利用した、新たなビジネスを思いつく。
「藤沢、親父さん達を救う方法を今思いついたぞ。お嬢様にも一緒に聞いてもらいたいんですが大丈夫ですか?」
未来は涙を拭い、梨沙も真剣な表情で静かに頷いた。
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