第15話 社会の公器として
「ったく、スギさん、細かすぎだよ! すっごい時間がかかったじゃん!」
「藤沢がもっと、操縦が上手くなりたいって言うから手伝ってんだろ」
本来ならば、コンテナの荷物をここに運び終えるだけで、仕事は終わる予定だった。
しかし倉庫内のコンテナは、無造作に積み上げられており、その配置にも規則性がなく、明らかに整理が甘かった。
さらに、コンテナ内部の仕分けにも不備が多く、どの部品がどのスーパーロボットのものかを示すラベルが貼られていなかったり、貼ってあっても中身と違っていたりといったケースも少なくなかった。
ディスミスターを使ってコンテナを開け、中の部品や消耗品を確認・分類していく作業は、想定以上に時間と手間がかかった。
普段はルースダストでの甘い生活に慣れてしまっている2人にとって、久しぶりの労働らしい労働は、思いのほか体にこたえた。
荷物もひと段落ついたので、会社に帰る準備を始める。
「よし、とりあえず今日はこれで終わりにしようか」
そう未来が声をかけた直後、砂煙を巻き上げながら4台の大型トラックが勢いよく、倉庫の前に乗りつけた。
ちょうど倉庫から出ようとしていた杉村と未来が、何事かと驚いていると先頭のトラックの助手席から、梨沙が姿を現した。
「遅くなり、申し訳ありません。ようやく決心がつきました」
「え!? お嬢様! ええ!? 喋り方が変になって……ううん、普通になってるー!」
おっとりした口調で、語尾をのんびりと伸ばす梨沙しか知らない未来は、その変貌ぶりに驚いている。
梨沙は、それに構わず話を続ける。
もっとも、杉村には、言いたいことが、だいたい分かっていた。
「杉村さん、藤沢さんの操縦はどうでしたか? 懸念点があるならば、私が代わりに、そのロボットを操縦することも考えていますが?」
「アルバイトで工事用ロボットを運転してたらしいので、基本はできてますよ。あくまで“基本の操縦が”ですけど」
「そうですか。少し不安は残りますが、やむを得ないですね」
「お嬢様……まさか……」
梨沙が考えていることを察した杉村は、表情を曇らせる。
「ええ。お察しの通りです。倉庫にある消耗品や付属部品を、杉村さんと藤沢さんに、そちらのロボットで、スーパーロボットの保有機関に届けて頂きたいのです!」
スーパーロボットを管理・運用している機関は、全て杉村の元・取引先だ。しかもどの機関にも、大変お世話になった。
彼らへの恩義は杉村の中に強く残っており、支援したいという気持ちは人一倍強い。
そのために、この新規事業を思いついたし、今は緊急事態なので、すぐにでもここにある物を持って駆け付けたい。
だが、様々なリスクや葛藤が頭をよぎり、杉村は躊躇した。
「ちょ、ちょっとお嬢様、本気で言ってるの!? 今、スーパーロボットがいる基地になんて行ったら、巻き込まれて死ぬかもしれないじゃん! 私は絶対に嫌だからね!」
怒鳴り声を上げる未来に、梨沙は厚みがある封筒と簡素な支給明細を手渡した。
「こちらが今回の業務に対する危険手当の前払い分です。全額支給は業務完了後になります。内容に問題がなければ、ここにサインをお願いします」
「う、嘘、こんなに貰っちゃっていいの!?」
「ええ。命がけの業務をお願いするのですから当然です。これならば今残っている奨学金も、全て返済できると思います。ですが、希望されていたという博士課程への進学資金までは、余裕がなく用意ができませんでした。……申し訳ありません」
「それなら、大丈夫だよ! スギさんから話を聞いて、いつかは博士課程したいって思ってるけど、ここで色んな部品いじってるのは楽しいから、もう少し先でも平気。……えっと、給料も上がるんだよね?」
「はい。今回の業務は、新規事業の顧客を広げる大きな足掛かりになりますので、大幅な昇給もお約束いたします」
「う、うーん……、行くのは怖いけど……やるからにはちゃんと頑張るよ!」
将来がある、未来を危険に巻き込むことは、杉村が躊躇した理由の1つだった。だが、それはあっけなく解決してしまった。
札束で殴るようなやり方には、若干不快感を覚えたが、未来本人が納得しているなら、別段口出しする必要はない。
しかし、躊躇する理由はそれだけではないので、意を決して口を開く。
「すいませんが、俺はこの仕事、断りますよ」
当然のように引き受けてくれると思っていたのだろう。梨沙の顔に、わずかな動揺が浮かぶ。杉村はさらに言葉を続けた。
「仮にうまく運んだとしても、本社にバレたら、俺達が勝手にやったって事にして、トケゲの尻尾切りをしますよね?」
「え? そうなの、お嬢様……?」
驚いた様子で未来が声を上げる。梨沙は口を固く結び、額にはうっすらと汗が浮かんでいた。
「それは別に良いんですよ。お嬢様のことですから、どうせ俺たちの再就職先くらいは、もう手配済みなんでしょう?」
「……ええ。苦労しましたが、ルースダストにいるよりは良い転職先を用意しています」
「俺は、お嬢様とルースダストのことを心配しているんです。この新規事業は侵攻前に、俺が提案しました。あの時は、収益が少ない代わりにリスクも小さかったです。今は、関連部品の需要が急激に増えたことで、利益は信じられないくらい大きくなりました。ですがその分、リスクも莫大になりました」
梨沙は黙って、杉村の言葉を聞き続ける。
「今回のことがバレずにすんで、さらに顧客も開拓できて、取引も継続できたとします。けど、俺が提案した時と違って、大規模な取引の継続になりますから、本社にバレるリスクはすごく高まってますよ? バレたとき、今回みたいに、都合よく、責任を押し付けられる、人間がいる状況なのかどうかは、分からないですよ?」
杉村はさらに言葉を続ける。
「それだけじゃない。初期投資と運用にかかる金は、当初の想定から比べても莫大に増えている」
当初は、顧客になってもらう予定のスーパーロボットを管理・運用する機関の担当者に、この倉庫に部品を密かに取りに来てもらうつもりだった。だが、需要増加によって状況は大きく変わり、各機関の近くに新たに倉庫を確保する必要が生じている。その契約金と賃料だけでも、かなりの出費になる。さらに、それらの保管場所には、輸送手段を用意する必要がある。自社でやるにせよ、運送業者に頼むにせよ、頻繁に運び込む必要があるので、輸送費用も莫大にかかる。
そして、運ぶ量が多ければ多いほど、それに比例して宮園重工に気づかれるリスクも跳ね上がるので、機密保持のためのコストも跳ね上がるだろう。
「資金繰りを工夫して、こういった事を解決しても、人手は全然足りない」
ルースダストの社員数は、二十数名。需要が拡大した新規事業を回すには、どう考えても人手が足りない。今回の襲撃が短期で終わってくれれば、頑張ればなんとか回しきれるかもしれない。だが長期化した場合は、明らかに限界を迎える。新しく人を雇うにしても、左遷された人間の隔離施設であるルースダストに、進んで来たがる人間がいるとは思えない。
「そして、スーパーロボットの流通経路に踏み込んだ時点で、俺達もあの正体不明の敵に直接狙われる可能性があります。こっちはただの産廃屋です。本格的に狙われたら、どうにもなりません」
杉村の言葉を聞くたびに、梨沙の表情はどんどん、重苦しくなっていった。
もっとも梨沙は覚悟を決めた上でここに来たのだろう。それを承知の上で、杉村は確認の言葉を浴びせる。
「……ですが、そのリスクの先には大きな利益があるのも事実です。杉村さんが指摘されたことで私は何度も悩みました。その上で結論を出しました。まだ全ての解決策が整っているわけではありませんが、ここで動かなければ、宮園重工の先代と先々代に怒鳴られてしまいます」
ここで杉村は新入社員研修で何度も耳にした、故人である梨沙の祖父の言葉を思い出す。
「会社は所詮自分達の利益だけを追求する集団にすぎない。だからこそ、その利益を最大化し、未来永劫保持するために、会社は常に社会の公器でなければならない……ですか?」
「ええ。ここで逃げたら、骨の髄まで私は、ゴミ、負け犬になってしまいます。私事に流され、皆さんを巻き込んでしまい申し訳ありませんが、力を貸してください!」
梨沙は杉村に深々と頭を下げた。
「ここから一番近い研究所までは、このロボットで、だいたい1時間半です。でも、密かに安全に運ぶには遠回りしなきゃいけないので、3時間くらいかかると思います。そこに部品を運んで、大丈夫ですか?」
頭を下げたまま、梨沙は地面に涙を落とし始めた。
「杉村さん……ありがとうございます」
「ここに運び込めば、後は各機関同士の横のつながりで新規事業のことは広まると思います。話が広まれば、この状況なので、問い合わせは沢山あるはずです。あと、今回運ぶ付属部品や消耗品は、品質を理解してもらうために、初回はお試しで無料提供にしたいんですが、いいですか?」
「ええ、先方も品質面に不安もあると思いますので、その方が良いと思います。お願いします」
頭を下げたまま、震える声を無理に整えながら、梨沙は静かに返答した。
「取り込み中のところ悪いなあ! ビームソードとエネルギーライフルの調整と組み立てが終わったぞー!」
「護身用に一応、持たせておこうと思ってな!」
「元はウチにあったジャンク品なんだが、改造してるから威力はけっこうエグいぞ」
ルースダストの面々が声をかけてきた。
彼らは梨沙と話し込んでいる間、トラックから降りてなにか作業をしていたが、トラックに積んできたビームソードとエネルギーライフルの整備をしていたようだ。
その作業を終えた彼らは、ディスミスターの周囲を動き回りながら、ディスミスターの背中にコンテナをバンドで固定している。
この作業も、もうすぐ終わりそうだ。
「じゃあ行こうか、スギさん」
未来が少し緊張した面持ちでコクピットに乗り込み始めた。
「……ああ」
杉村も流れるように、副座席に向かう。
地面にあるビームソードとエネルギーライフルを手で拾い上げて、ディスミスターは最前線を目指した。
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