兵装重機メーカーの左遷営業マン~冤罪、出向からの逆転劇~

松本生花店

1章

第1話 歪められた理想

「ちょっと待って! これはどういうことなんだ!?」


 宮園重工、営業部スーパーロボット部門主任、杉村和也は、昔恋人だった同社の経営戦略室次長、一ノ瀬愛花に食って掛かる。


「なによ、許可もとらずに来て、大声までだして。社内では立場をわきまえてって、昔から言ってるでしょ?」


 もっとも両者の立場の差は歴然だった。

 杉村が所属するスーパーロボット部門は社内でお荷物扱いされている部署だ。

 主任という肩書も名ばかりで、社内での扱いは平社員とほとんど変わらない。

 一方の愛花は、若くして同社のエリート集団である、経営戦略室でナンバー2の地位に就き、将来は役員になることが間違いないともくされている。

 普段ならば杉村も己の立場をわきまえた対応をするが、今回ばかりは引き下がれなかった。怒りに満ちた視線を受けた愛花は、取るに足らない相手をあしらうかのように、嘲笑を浮かべる。


「ひょっとしてアイデアを、私に奪われたことに怒ってんの? だったら逆恨みね。私が提案したから通ったのよ。スーパーロボットの営業の言うことなんて、誰もまともに聞くわけないでしょ?」


スーパーロボットとは、超常的なエネルギーや素材、技術が使われている一点しかないロボットの総称だ。社会からは、人類を守るスーパーヒーローのようなロボットだと認識されている。

 同社は業界内で唯一、スーパーロボットを所有する政府機関や民間の研究所に、付属部品や消耗品を、ほぼオーダーメイドのような形で受託製造することで成長した。

 しかし、時代とともにスーパーロボットが対処していた狂気の科学者や地下に潜む人類外の国家、異星人からの侵略行為は大幅に減少した。

 それらに対処していたスーパーロボットが活躍する機会も激減し、ほぼ過去のものとなった。

 それに伴い宮園重工のスーパーロボット部門も次第に縮小され、今や社内でもお荷物扱いとなっている。

 杉村は、社内での自分の立場は分かっていた。だからこそ愛花に、このアイデアをなんとか形にしてもらおうと、いつも相談していた。

 だが、愛花の人間性を考えれば、このアイデアを自分が思いついたことにすると予想できていた。

 だから、そのことに怒りはない。腹を立てているのは、アイデア自体が捻じ曲げられていることだ。


「スーパーロボットの技術を転用した、新しい規格のリアルロボットを開発する。俺はそういうアイデアをお前に話したよな?」


「ええ、そうよ。あんたのアイデアが会社を救うわ。これで満足でしょ? あんたの理想は、私がちゃんと実現してあげるから」


 今の国際情勢は、宇宙移民と地球本土との間で繰り広げられる紛争を中心とした、人類同士の争いが激化の一途を辿っていた。

 そうした影響で、超常的なエネルギー源や特殊技術を用いた一点物のスーパーロボットとは反対に、戦場での実用性が重視され、量産にも適したものが多いリアルロボットの需要は毎年右肩上がりだ。

 ただし、リアルロボットも一枚岩ではなく、陣営や企業ごとの開発思想の違いから多種多様な規格が乱立している。市場では、違う規格同士で激しいシェアの奪い合いが続いている。

さらに同じ規格内でも製造元が異なる製品が多いため、その中でも性能やコスト面を競う激しい競争が行われている。

 現在、宮園重工は複数の主要規格の量産機をOEM(他社が設計した機体を自社の工場で製造・供給する形態)生産し、極東地区では販売委託も一手に引き受けている。

 製造と流通の両面を極東で独占することで、同社はこの地域における最大手としての地位を確立していた。

 しかし、いくら他社製品の製造と販売で優位に立っていても、所詮は下請けにすぎない。

 自社独自の規格を打ち出せなければ、ジリ貧になるのは明白だった。

 

「ふざけるな! パクるなら、なにもかもしっかりパクれ!」


 杉村は元々テストパイロットとして同社に入社している。

 しかし、試作機の事故で大怪我を負い、パイロットとしてのキャリアを断念せざるを得なかった。

 パイロット以外に、杉村には会社で役に立ちそうなスキルはなにもなかった。

 国内でも指折りの大企業である宮園重工としても、労災を理由に社員を一方的に解雇するわけにもいかなかった。

  そこで会社は、杉村でも無難にこなせそうな、斜陽部署である営業部スーパーロボット部門を異動先としてあてがった。

 このような状況での異動だったので、杉村もやる気がなく、ただ会社にしがみつくために仕事をしていた。

 だが、現場で接するスーパーロボット関係の仕事に従事している人間達は、誠実でまっすぐな人間ばかりだった。

 同時に、彼らが直面している厳しい金銭事情も、嫌というほど目の当たりにした。

 資金繰りに困窮する得意先と、将来の展望を見いだせない会社、その両方を救うために、この新規格のアイデアを愛花に話したのだ。

 しかし、愛花はそれを大きく歪曲していた。


「全部品の内製化ってどういうことだ!? 俺は新規格のコア部品は全て、スーパーロボットを運用している各研究所や政府機関に製造を外注するって言ったよな!?」


 内製化とは、製造から品質管理までを、自社の設備と人員だけで完結させるやり方である。

 杉村の言葉に、愛花は呆れながらため息をつく。


「そんなこと? だって内製化した方が利益率は圧倒的に高いじゃない。そのノウハウも、今の宮園重工なら十分に蓄積されている。スーパーロボット部門で営業してたあんたなら、そのくらい分かるでしょ?」


「うちが扱ってたのは、あくまで付属のパーツや消耗品だ! コア部品は違う! スーパーロボットには、オーバーテクノロジーや、神秘的な力が組み込まれている機体が沢山ある! そういったものは、ただ設計図通りに組み立てれば動くような代物じゃない!」

 

 杉村の熱が入った言葉を、愛花は鼻で笑い言葉を返す。


「そんな噂レベルの話を信じるなんて頭おかしいんじゃないの」


「俺は現場でそういった事を何度も見て来たんだ!」


「仮にそんなことがあっても、リアルロボットの技術で十分代用できるわ」


「なにを根拠にそんなこと言ってるんだ! お前は実機の整備や調整を一度もしたことないだろ!」


 愛花は苛立ちながら、わざとらしく舌打する。


「……これだから現場崩れは。どうして会社の将来を、そんな非論理的な妄想で潰そうとするの? あんた、得意先に何か弱みでも握られてるんじゃないの? それともお金でもつかまされた?」


「そりゃ俺の得意先のことは考えてるよ。ずっと世話になってきてるからな」


「情に流されて物事を判断するなんて、ビジネスマン失格ね」


「確かに、得意先を助けたいって気持ちはある。だが俺はサラリーマンだ。会社の利益を第一に考えて動いている。納品した機体が原因不明の動作不良を起こしたらどうなる? いや、それだけならまだいい。未知のエネルギーや技術が原因で、機体が暴走して、破壊行為をしたらどうなる? もしそうなったら、会社は賠償だけじゃ済まない。社会的責任を問われて、宮園重工は終わるんだ!」


 この言葉を聞き、愛花は逆上し声を荒げる。


「言うに事欠いて、暴走だの破壊だのって……。そんなことある訳ないでしょ! あと、あんたと関わることは今日で終わりね。私は社内でも有数のエリートよ。それなのに、昔、成り行きでゴミ部署の主任と付き合ってたなんて、思い出すだけでも嫌でたまらないの。うざったいからさっさと消えて」


「ああ、そうですか。それはそれは、ご親切に。せいぜい、お望み通りの未来を祈ってますよ」


 杉村は個室スペースを後にして、お世話になったある人に電話をかけ始めた。


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