邂逅の道
深山ゆみ
予期せぬ再会
喫茶「サンタマリア」。
俺は…その喫茶店のドアを20年振りに眺めていた。
この土地は、俺の生まれ故郷。
そして、今も俺はこの街に住んでいる。
この喫茶店も、家から歩いて5分もかからない場所だ。
だけどこの20年、どうしても、この喫茶店に来ることはできなかった。
「20年後に、この場所でもう一度だけ会えたらいいね。」
この言葉に縛られて、20年もの間来ることはなかった喫茶店の前に…俺は今、立っている。
「あのー…高岡慶吾さんですか?」
名前を呼ばれて振り返ると、若い男性が立っていた。
「男性」というよりは「男の子」といった方が相応しいかも知れない。
見た目は10代後半…高校生くらいの「男の子」だった。
「えっ、あっ…あぁ、はい。高岡です、はい。」
俺は、拍子抜けしたような返事をしていた。
俺がこの場所で待っていた人物とは、全く違う人物に呼びかけられたからだ。
はっきり言ってしまえば、声を掛けてきた男の子は「知らない人物」だった。
「知らない人物」を前に、ぽかんとした顔をしていた俺に、その人物は衝撃の言葉を発した。
「僕、藤沢優吾といいます。…藤沢優祈の息子です。」
*********************
まるで「狐につままれた」ような気持ちで、目の前の青年を見ている。
「藤沢優吾」くん。
コーヒーはあまり得意ではないと言い、ホットココアを飲んでいる。
猫舌なのだろう…熱そうに、ちびちびココアを飲むその姿は「青年」というより「少年」だ。
「あのー…」
彼の姿、一挙手一投足を観察しながらぼんやりとコーヒーをすする俺に、彼が声を掛けてきた。
「あ、はい。」
相変わらず思考がはっきりしない状態の俺は、ただ相槌を打つしかなかった。
「改めて、俺「藤沢優吾」っていいます。20歳です。」
(20歳だったのか!…童顔だ…)
俺が心の中で考えたことが透けて見えたように、彼は
「今『童顔だ』って思ったでしょ?」
と、苦笑しながらそう言った。
図星を指されてしまった俺は、焦って
「あ、いや、そんなことは…」
と、言い淀んだ。
「大丈夫っすよ。みんなに『童顔』って言われ慣れてますから。」
「母親似なんでしょうね。」
と、ぼそっと付け加えると、また熱そうにココアを飲んでいる。
『母親似』という言葉に、俺はまたドキッとした。
「で、その母親のことなんですけど…」
と、言いながら、彼はテーブルに2通の手紙を出して並べた。
一通は、俺の名前が書かれた真新しい封筒の手紙。
もう一通は…彼の母親の名前『藤沢優祈様』と書かれた、少し古い手紙。
その宛名を書いたのは…俺だ。
お世辞にも決して綺麗な字ではない。
古い手紙を目の当たりにした俺は、何となく気恥ずかしさを覚えて俯いてしまった。
そんな俺に、彼は話を続けた。
「今日、本当はここに母が来るはずだったんですけど、どうしても来れない事情があって。で、僕が頼まれて代わりに来たんです。」
「…来れない、事情?」
その事情が気になって顔をあげると、彼は俺に真新しい手紙を差し出した。
「その『事情』、ここに書いてるらしいので。とりあえず読んでいただけませんか?今。」
『今』という彼の言葉は、力強く…
俺はその力強さに押される形で、その手紙を受け取った。
『高岡慶吾様』と書かれた彼女の字は、昔と変わらず美しく。
ぼんやりと昔を思い出しながら、その手紙の封を切った。
(あの頃と…同じだな…)
そう考えながら、彼女の美しい文字に目を落とす。
幼少期から書道を嗜んでいた彼女の文字は、高校時代から大人びていた。
『高岡慶吾様
今日、約束の日だよね。
この20年の間、私はこの日を支えにして頑張ってきたよ。
慶ちゃんは、どうかな?あの頃のままかな?ちょっとオジサンになった?笑
絶対にあの場所に行こうと思っていたけど、私は半年前にちょっと病気になってしまって入院しています。
約束守れなくて、ごめんなさい。
今日会えなかったら、きっともう私たちには縁がないのかもしれない。
だけど、私はどうしても諦められなかった。
だから…私の代わりに息子の優吾が行きます。
どうか、優吾と色々話してあげてください。
優吾は、慶ちゃんの子どもです。』
*********************
最後の言葉を目にして、俺は…文字通り固まってしまった。
(おれの、むすこ?)
手紙と、目の前の青年を、何度も何度も見比べる俺に、彼は落ち着いた声で話し掛けてきた。
「読みました?びっくりですよね?」
あはは、と笑いながら話す彼に、思わず俺は、
「君!…知って…?」
と、尋ねていた。
彼は「はい」と笑顔で答えながら、
「知ったのは、1ヶ月くらい前のことですけどね」
と、言った。
「高岡さん、僕、母から聞けって言われてたことがあるんですけど…いいですか?」
少し間を置いて、彼がそう尋ねてくるので、俺は黙って頷いた。
「高岡さん、今奥さんいるんですか?」
「へ?奥さん?」
何を聞かれるのか…と、身構えていた俺は、またまた素っ頓狂な声を出してしまった。
彼は、頷いて俺の返答を待っている。
俺は、少し息を吐くと言葉を続けた。
「いないよ。10年前に離婚した。今は奥さんも彼女も…彼氏もいないよ。」
俺がそう言うと、彼は大笑いして
「良かったー!っていうか、彼氏!いたらいたで、僕どうすればいいんですか!」
と言い、笑い続けていた。
笑った顔は、あの頃の彼女によく似ている。
「じゃあ、一緒に来て欲しいところがあるんですけど…」
涙を流して大笑いし終わった彼は、俺にそう声を掛けてきた。
「一緒に?どこへ?」
と尋ねる俺に、彼は少しだけ真顔になって答えた。
「母が、今いるところです。」
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