犯人急募! Z世代刑事のお気楽捜査3

異端者

事件編 Z世代刑事と三人の容疑者

 今夜は静かに眠れそうだ。

 年配の刑事、重本宗助しげもとそうすけが呼び出しを受けたのはそう思った直後だった。

 やれやれ、こんな時間に殺しか。静かに寝させてくれ。

 そう思いつつも、苦笑する。こんなことを思うとは、自分もいい加減になったものだ、と。

 思えば若い刑事、軽井光一かるいこういちと組まされた影響かもしれない。

 軽井はいつも飄々ひょうひょうとしていて、好き勝手している。重本が怒鳴ろうがなんだろうが、暖簾のれんに腕押し、柳に風だ。そのくせ、事件の捜査では頭角を現す。

 最近の若い者は――なんて年寄りじみたことを言いたくはないが……。

 正直、重本には軽井が何を考えているか分からなかった。

 とはいえ、感慨にふけっている場合ではない。

 重本はそう思い直して、スーツに着替え始めた。


 重本が現場に着くと、軽井や他の刑事の姿があった。

 そこは、駅から少し離れたビジネス街だった。

「目撃者の証言によると、犯人はハンマーのような鈍器で被害者の頭部を正面から殴りつけたそうです」

 刑事の一人が説明する。

「一発だけ……ではなさそうだな」

 重本が男性の遺体の様子を見るとすぐに分かった。執拗に殴られたのか頭部は激しく歪んでいた。

「ちなみに、被害者は所持品等からサラリーマンの東出徹ひがしでとおる、三十八歳……だそうです」

 軽井が緊張感のない声で説明を引き継ぐ。

「お前にしては、来るのが早かったな」

「いや~深夜アニメを見ていたので……」

「そんなつまらん理由で夜更かしするな!」

 またか、といった様子で周囲の者たちは見た。この二人のやり取りは既に日常と化している。

「……と、とにかく、目撃者の女性が逃げた後も、頭を何度も殴られて死亡したようです」

 その様子に戸惑っている刑事が言った。今年の春から異動してきた刑事だったはずだ。

「通報はその目撃者からか?」

「は、はい……そうです。目撃者はあちらで待ってもらっています」

 重本は軽井と一緒にそちらに向かった。

 若い小柄な女性が、おどおどと落ち着かない様子で辺りを見回している。

「すみません。少しお話を伺いたいのですが、署の方にご同行願えますか?」

 重本は落ち着いた口調で言った。まずは相手の信用を得ることが重要だ。

「あの……ここで、説明してはいけませんか? 今日はもう遅いですし、偶然居合わせただけなのでお話しできることは多くありませんので……」

「分かりました、こちらで伺います」

 この女性は犯人ではないだろう――そんな確信が重本にはあった。

「犯人を目撃したと聞きましたが、どんな人物だったか覚えていますか?」

 今度は軽井が聞いた。問題行動の多い刑事だが、普通の仕事ができない訳ではない。

「ええ、背後から……フード付きパーカーを被っていたので容姿は分かりませんでしたが、随分背が高かったと思います」

「背が高い……と言うと、具体的にはどのぐらいですか?」

「そうですね、百八十センチはあったと思います」

 おそらく、背が高い男性――それを聞いて、二人は確信した。

「その男が、ハンマーの様な物を振り下ろすのが見えました」

「その後は?」

 重本はやや興奮気味に言った。

「分かりません。見つかったら殺されると思ったから、その場から逃げだして人通りの多い駅の方に向かいましたので」

 もっともな反応だ。今のところ彼女に不審な点は無い。

「ありがとうございます。ご協力に感謝します。よろしければ、自宅までお送りしましょうか?」

 軽井がそう言うと、彼女はそれに同意した。

 帰り際に念のため改めて身元確認と連絡先を確認すると、二人は彼女を送っていった。


 夜が遅かったこともあって、現場以外での本格的な捜査は翌朝となった。

 翌朝、軽井と重本は殺された東出の職場へと向かった。

 そこは、事件現場のすぐ近くの三階建てオフィスビルだった。東出はその会社で、課長を務めていた。既に会社に問い合わせて、事件直前まで居たことは確認済みだった。

 受付で事情を説明すると、二階の会議室に通され、一人ずつ同僚たちを呼んでくれるとのことだった。


 まず最初に来たのが、杉野優香すぎのゆうか。見た目はまだ若いOLといった感じだったが、どこか疲れた様子だった。

「……本当に、殺されたんですね。今でも、ちょっと信じられません」

 大まかな事情は既に知れ渡っているようだった。

「はい、昨夜午前零時半頃に路上でハンマーの様な物で殴られたのを目撃した人が居ます」

 重本は淡々と説明した。

「それで、被害者の東出さんの普段の様子なのですが……何か変わった点はありませんでしたか?」

 それを聞くと、彼女は少し黙ってから言った。

「あの……亡くなった人のことを悪く言うのはどうかと思いますが……」

「構いません。正直に答えてください」

 重本がそう言うと、彼女はぽつぽつと喋り出した。

「あの人……勝手というか、本当に酷くて……自分がした失敗でも、お前のせいだって部下になすり付けたりよくしていました。それなのに、上司には媚を売って……」

「それは、パワハラ気質だったということですか?」

 軽井が言った。

「はい……率直に言えばそうです。気に入らないことがあると、周囲に当たり散らしていました。それにパワハラだけじゃなくて、女性社員へのセクハラも酷くて……」

 彼女は思い出したのか顔をしかめた。

「具体的には、どんな?」

 重本が聞いた。

「体を触られたり、聞こえるように卑猥な言葉を使ったり……他にも、いろいろと……」

 どうやら、社内での評判は随分と悪かったようだ。

 重本は聞く内容を変えてみることにした。

「事件の当日には、どうしてあんな夜遅くに居たのか分かりますか?」

 そうだった。被害者は会社からの帰宅途中とみられていた。

「それは……あの人のミスで……でも、誰も手伝いたくなくて、皆理由を付けて早々に帰ってしまって……」

 こうなったことに負い目を感じたのか、少々歯切れが悪かった。

「あなたは、昨夜零時半頃にどこに居ましたか?」

 重本は質問を重ねる。

「わ、私を疑っているんですか!?」

「いえいえ、これは確認の様なものです。関係者には大抵しますよ」

 重本はできる限り柔和な顔をしたつもりだったが……自信は無かった。

「そんな時間、とっくに寝てますよ」

「それを証明できる人は?」

「私は独り暮らしです!」

「まあ、普通はそんな時間にアリバイなんてありませんよね」

 軽井がのんびりと言った。

「もう、良いですか!?」

 どうやら、先程の質問で警戒させてしまったようだ。

 重本はしまったと思ったが、軽井は平然としていた。

「あ、はい。結構です。ご協力に感謝します」

 軽井はそのままの調子で答える。

「……梅田君」

 去り際に彼女が言った。

「え?」

 重本は聞き返した。

「梅田君が一番酷い扱いを受けてました。体格が大きいから目立つので、デクの坊とかウドの大木とか……」

 それだけ言うと部屋を出ていった。


 次は、楠成哉くすのきせいや。こちらは小柄だが筋肉質の二十代の男だった。

「殺されたって、本当だったんですね!」

 開口一番そう言った。体格に反して声は大きかった。

「ええ、まあ……」

 重本は少し話し辛い様子だったので、軽井が引き継ぐ。

「えっと、亡くなられた東出さんの普段の様子を教えてくれませんか? 事件前に何か変わったことはなかったですか?」

 軽井はすらすらと言った。

「あ~あの人なら、殺されても仕方ないですね! いっつも、ロクでもないというか……いつか刺されるんじゃないかと噂されてましたからね!」

 楠ははきはきと答える。

「ああ、パワハラが酷かったと……最近では取り締まりが厳しいと聞きますが、誰も止めなかったんですか?」

「そんなの……大手ならともかく、ウチみたいな中小は関係ありませんよ! パワハラ、セクハラ当たり前、サービス残業はしょっちゅうのブラック体質です!」

 楠は躊躇ためらいなく言った。

「それで辞めた人も?」

「いや、何人かは居たと思いますが……辞めようとすると『お前なんか他で働ける所ないぞ!』って、課長が脅すんです! 自分はまともに仕事できなくて、ネットでアダルトサイトを見たりしてるうえに、女性社員を盗撮してるって噂まであって……あの人の方が働ける場所無いですよ!」

「それは酷い話ですね」

 軽井が合わせる。

「ええ、それで恨んでいる人は相当居たと思いますよ!」

 相変わらず、はきはきと答える。

「それで、あなたは昨夜午前零時半頃、何をしていましたか?」

 それを聞いた時、楠がわずかに黙った。そして――

「僕を疑ってるんですか!?」

「いやこれ、皆に聞いてますから。事実確認だと思ってください」

 軽井は平然と受け流した。

「確認……ですか。それなら自宅で筋トレを終えて寝ていました」

 さっきまでの快活さは鳴りを潜めている。

「それを証明できる人は?」

「実家住まいですので、両親が――」

「いえ、身内以外に証明できる人は?」

「居ません」

 楠は不機嫌な表情を浮かべている。

「僕を逮捕するんですか?」

「まさか……これはあくまで事実確認です。これだけで逮捕していたら、警察の仕事が間に合いませんよ」

 軽井の言葉に楠の表情が明るくなる。単純な……ある意味、素直な男だった。

「じゃあ、もうよろしいですか?」

「はい。ご協力に感謝します」

「一番理由があるのは、梅田さんじゃないかなあ……」

 そう言い残して、部屋を出ていった。


 最後はその梅田正志うめだまさしだった。一目でわかる巨体の三十代。二人は目撃者の百八十センチはあったという証言を思い出した。

「とうとう、殺されたんですね……」

 大柄な体格に似合わぬ小さな声で言った。それはずっと怯え続けてきたようだった。

「とうとう……と、言うと?」

 重本が尋ねた。

「あんな奴、居なくなればいいって。皆……そう言っていました」

 吐き捨てるように言う。

「被害者は随分、嫌われていたようですね」

 重本が続けて聞く。

「ええ、入社できたこと自体、コネじゃないかと言われてました。仕事するっていっても、少しでも難しいことは丸投げで、自分は役職を笠に遊んでいたようなものでした」

「つまり、仕事らしい仕事はほとんどしてこなかった、と?」

 今度は軽井だ。

「その通りです。それなのに他人への当たりは強くて、私のことをデクの坊だのなんだの……死んでくれて、せいせいしましたよ。皆そう思っていると思いますよ」

 梅田は最後の一言を付け加えた。自分だけがそう思っていたのではないと、強調したいようだった。

「……それなのに、当日は遅くまで残業していたようですね」

 軽井が気付いたように言った。

「どうせ私たちに作らせた書類をいじって、あたかも自分が作ったように見せかけようとしていたんでしょう……前にもありましたし、勝手に変えたのにお前のせいだって……」

 梅田は顔をしかめた。思い出したくもない、そう顔で語っていた。

「梅田さんは、随分と酷い扱いを受けたそうですね」

 重本が聞いた。

「酷いなんてもんじゃありませんよ」

 その一言に、全てが詰まっているようだった。

「それは大変でしたね。……失礼ですが昨夜の午前零時半頃、どこに居ましたか?」

 重本は変わらぬ口調で続ける。

「はあ!? まさか私を疑っているんですか!?」

「いえ、関係者全員に確認していることです」

 重本はそう言いつつも、梅田が第一候補だとは考えていた。

 身長百八十など、そうそういるものではない。

「どこにって……自宅で寝てましたよ!」

 動揺しているのか、梅田は強い口調で言った。

「それを証明できる人間は?」

「そんな夜中に、独り暮らしの人間がどう証明するっていうんです!?」

「まあ、もっともですね」

 軽井が同意する。

「ありがとうございました。ご協力に感謝します」

 重本がぽかんとしていると、軽井は話を早々に切り上げた。

「最後に、被害者の使っていたPCを見せていただけますか?」

「あ、はい……一応、上司の許可を取ってから――」

 梅田はとりあえず疑いは無くなったと思ったのか、素直に協力した。


 その後、許可を得た軽井はオフィスで被害者のPCをいじっていたが、何を調べているのかは重本にはさっぱりだった。

「どうやら、アダルトサイトばっかり見ていたというのは本当らしいですね」

 軽井は重本に説明するつもりなのかそう言った。

 見ていたのは、どうやらWEBサイトの閲覧履歴だったようだ。

 ずらりと並んだそのタイトルから、大方の内容は予想が付いた。

「あの~すみません。普段仕事に使われているソフトはなんですか?」

 軽井がそう聞くと、とある表計算のソフトだと返答があった。

「あ~これですか? ……あれ?」

「どうした?」

 重本は軽井の異変に気付いた。

「いえ……ちょっと……」

 軽井は言葉を濁した。

 何か気付いたな――重本はそう直感した。

「ご協力ありがとうございました。それでは、失礼します」

 二人は頭を下げると、その場を後にした。

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