いつも心にジャガイモを

冬木洋子

第1話

 私の名は、テル。私は風。


 語るべき物語を、探し求めている。


      *

 気がつくと、水の中にいた。川の浅瀬のようなところに仰向けに倒れて、ぼんやりと目を開け、空を見上げている。

 高く澄んだ、奇麗な空。淡い筋雲が白く浮かんでいる。たぶん、季節は秋の初め。

 空を縁取る落葉樹の葉を透かして、穏やかな陽光が降り注ぐ。


 こんなふうに突然知らない世界で目覚めた時にはいつもそうであるように、私は裸だ。けれど、寒くはない。


 風が吹いて、木の葉がそよぎ、木漏れ日が揺れる。


 木立に囲まれた、窪地の底の静かな水辺。

 誰もいない。聞こえてくるのは、微かな葉ずれの音と、川のせせらぎだけ。

 ゆるやかな水の流れが、私の素肌を優しく撫でてゆく。


 きれいなところ。静かでいいな……。


 私はうっとりと微笑んで、眠い目を閉じようとした――そのとき。


「ぬぁ? うおゎあッ!?」


 素っ頓狂な叫び声が、静かな窪地にとどろきわたった。


 窪地の斜面を、誰かが、滑るような勢いでドドドドッと駆け下りてくる。

 水際でたたらを踏んで止まったのは、薄らでっかい図体に馬面の若い男だった。


 びっくりして飛び起きた私と、お互い目をまん丸にして、いきなり至近距離で見詰め合う。


 ……ブサイクな男だなあ……。


「う、うわ、うわ、うわあッ!!」


 まじまじと私を見ていた男は、つと視線を下ろして、突然、もう一度絶叫した。


「は、はだ、はだ、はだか……」


 そうして、鼻血を吹いた。


 ……大丈夫なんだろうか、この男。


 男の視線を追って、自分の姿を見下ろす。


 私は、いろんな世界に行くごとに、毎回違う姿をしている。男のこともあれば、女のことも、若いこともあれば年取っていることも。時には人間でないこともある。

 今回は、若い娘であるらしい。

 たぶん、十七、八くらいだろう。


「あ、あんた、だ、大丈夫か!? あんた、〈マレビト〉だよなっ!?」


 鼻血を押さえながらおろおろと問いかけてくる、馬面男。馬面というか、長いジャガイモというか……。武骨で不細工だけど人の良さそうな顔をしている。歳は二十代だろうか。言ってることは良く分からないけど、害意はなさそうだ。


 その、ゴツいジャガイモが、ますますあわあわと慌てながらもつれるように上着を脱ぐさまを、何やってんだろうとぼんやり見ていたら、脱いだ上着を目の前にばさっと差し出された。


「こ、これ、着なよっ!」


 ……うん、いい人みたい。いい人と会えて良かった。

 最初にどんな人と出会うかは、その世界でのスタートラインを決める重要なファクターだ。今回は、とっても幸先がいい。


 ありがたく上着を受け取って、とりあえず「ありがとう」と微笑むと、馬面男は、沸騰して湯気が出るんじゃないかというくらい盛大に真っ赤になって、また鼻血を吹いた。

 血の気の多い男だなあ……。


 こうして私は、不細工で間抜け面だけど人が良さそうな若い男に連れられて、この世界の人間たちの間へと足を踏み入れることになった。



********************************

☆『語り部キャラクター「テル」を共有して自分の作品世界に登場させ、本編未読でも読める番外編を書く』という競作企画『テルの物語』(終了済)参加作品です。主人公「テル」について決まっているのは、名前と、物語の世界を渡り歩く旅人であるということだけ。年齢・性別等は各自の自由です。

☆冒頭2行は企画主催者zero-zero様による企画キャッチコピーをそのまま使わせていただきました。



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