マイラ・グランヴィルは語られる

第25話 マイラ・グランヴィルは語られる1

 コトリ、と小さな音をさせてテーブルに置かれたカップの縁に目を落としていたが、小さな溜息を吐いてからマイラは顔を上げた。

 眼前では済ました顔をした長身黒髪白衣を着た眼鏡の男が涼やかに笑いながらたった今手にしていたカップの中身と同じものが入っているコップを手に持っている。

 ここは王宮魔術研究所の所長室だ。生憎所長その人は留守らしく、今この部屋にいるのはマイラと副所長――アズヴァルドだけとなる。彼は何故かその権限を利用してマイラを単独でここまで呼び出し、そしてなぜかこうしてお茶をしている。今のところただの世間話しかしておらず、これといって主題は無い。

(――というのは嘘か。すでにアズヴァルドはこちらを探っているのは今までの出来事から予想済みよ。さて、どうしたものかしら。さすがに)

 ちらりとアズヴァルドに目を向ける。彼は目を細め、少しだけ首を傾げて微笑み返してくる。

(あ、ぶん殴りたい。……じゃなくて、さすがに呼び出されるとは思ってなかったけどね! 正直驚きを通り越して呆れるわ! こんな男版暗黒微笑で花を咲かせるような奴が何もしなくて何も企んでないなんてあり得ないっつーの!)

 とはいえ、マイラからすると迂闊に口を開いてボロを出すのは避けたい。しかしアズヴァルドはにこにこしながらこちらを観察するだけだ。

(いや、これいつまで続くの? 帰っていい? だめ?)

 黙ったままなのも耐えがたい。何かを探っているというのなら、こちらかは会話をするしかないだろう。

「あの、アズヴァルド様? 一体何用でしょう?」

「いえなに、色々とあったでしょう。お疲れかと思いましてね、研究所で少し休んでもらおうかと」

「それなら部屋にいるほうが」

「聖女様と一緒だとさぞ心が安まらないのかと思いましたが、違うのですか?」

「聖女様と同じ部屋にした貴方がそれを言うのはどうかと……フィデスさんとは友人になりましたもの。疲れるなんてあり得ません。むしろ休まるぐらいです」

「それは良かった。いやぁ本当に、最近は色々とあり過ぎましたからねぇ。例えば先日起こった得体の知れない男の死とか、それによって聖女が精神的に小さからぬショックを受けたようですが」

「それはあのセイロさんのことを仰ってるのでしょうか。だとしたら『得体の知れない』というのはさすがに言い過ぎではないかしら?」

「ほう、何故です」

「セイロさんに命令したのは――いえ、命令では動きそうにないわね、取引をしたのはあなたでしょう? アズヴァルド副所長」

「はは、面白いことを言いますね。いいでしょう、根拠を聞きましょうか」

 ふー、と聞こえるように息を吐く。

「その必要は無いでしょう」

「なぜ?」

 即座に返してくるアズヴァルドに、マイラは冷ややかな視線を送る。

「まだ問いますか。ではまずセイロさんが聖女であるフィデスさんを守る理由についてです。貴族殺し――義賊として投獄されていた彼を護衛に付ける理由が王室側にはありません。貴族なんてもってのほかです。彼を護衛につけるぐらいなら護衛の兵士を増やすでしょう。それなら他に誰がセイロさんと交渉をするというのです?」

「で、当てはまるのが私だった、というわけですね。彼から直接聞いたのでは?」

「聞かなくともそのぐらいは分かります。結果として彼は数日間もフィデスさんを守り通しました。そういう面では効果的かもしれませんが……ああ、そういうことですか」

「……」

 にこにことした笑みを止めようともしない男の顔を見ていると、さすがに少し苛立ちが沸いてくる。それを飲み込むように息を吸って、マイラは口を開いた。

「そもそも彼は自首をしたと言っていました。その割にはその事は国民に知られていません。なぜか。それは彼の求心力とでもいいましょうか、国民を苦しめる貴族をこらしめるといった物語の英雄さながらのことを行っていたセイロさんです、それはそれは市民から人気があったことでしょう。そんな彼が捕まってしまえば国民に与える動揺が大きい。しかも自首。貴族方も悩んだことでしょうね」

「何に悩んだと?」

「扱いです。自首したとなれば、国民がどういう行動に出るか判らないから、でしょう。だったら貴族殺しの活動がいつの間にか無くなって自然消滅するのを待つのが一番波が立たないという政治的判断によって、彼は投獄されながらも処刑に至らなかった。そうではないでしょうか?」

「凄いですね。素直に感心します。よくぞそこまで想像力を働かせられますね。ああいえ、馬鹿にしているのではなくおおよそ当たっていることを言いたかったのです」

「――そんなことどうでもいいです。取引の内容だけは想像できませんけれど、彼のことと私がここへ呼ばれたこと、何か関係があるのでしょうか?」

「結論を急ぎすぎてはいけませんよ、レディ」

 空になったカップの取っ手に指を通し持ち上げて、アズヴァルドはマイラに「おかわりは?」と訊ねてくるものの、マイラは首を横に振る。今この場においてマイラは飲み物も食べ物も欲しいとは思わなかったからだ。

「彼の働きぶりには正直私も驚いているのですよ。何しろこの数日間で発見された死体の数が異常ですからね。数日間で二桁もの不審者を殺したというのですよ、しかも城の敷地内で、です。兵士の目がよほど節穴か手引きをした者でもいなければ到底あり得ないことです」

「手引き? 何の為に?」

「――なんででしょうねぇ」

「……」

 こいつ、と声を張り上げたくなる。この男は何もかも見透かしている様子を見せながら、肝心なところで口を閉ざす。

「この場合、考えられるのは聖女の暗殺に見せかけた貴族殺しの抹殺、といったところでしょうか」

「なるほど、やはりマイラ様は内部の人間が手引きをしたという考えなのですね。いやはや貴族の令嬢というだけあって、貴族の考えをよく理解しておられる」

「このぐらいなら誰でも考えつくでしょう。恐らく手引きをした貴族にとって誤算だったのは、セイロさんがあまりにも強すぎたことでしょうか」

「なぜ? 確かに雇う人間が多くなれば被害が大きいでしょうが、少なくとも目的は達したと考えるべきでは?」

「抹殺というより、これは暗殺に近いと見受けられますわ。ならば可能な限り証拠を残したくないはず。つまり目的こそ達したものの足が付きすぎたのでは、と考えています」

「ほう、面白い」

(何が面白いのやら)

 マイラは未だに目の前の男が何を考えているのか探りかねている。まさかセイロについて世間話をするためだけに呼んだわけではないだろう。

「まるで暗殺についてとても詳しい口ぶりだ」

 目を見開きそうになり、辛うじて留まる。

「では足が付きすぎた黒幕は、次にどういった行動を取ると予想されますか?」

 ――酷く難しい問いがやってきた。

 マイラは相手の意図を探ろうと深く思考するが、それも限られた時間のみだ。あまり長いと疑われる可能性もあるが、それでもあまり真実を話しすぎるのはもっと危険だ。

(貴族、か……)

 自分もその貴族の一人であるのだが、この男はまるで容赦なく質問を投げてくる。自分がその貴族側なのだと重々承知の上なのだから、なんとも豪胆な性格の持ち主と言えるだろう。

(見た目は優男なんだけど、要注意人物なのよね)

「そうですわね。何もしないのでは?」

「ほう、何も、ですか」

「だって死んだのは貴族の嫌われ者なのでしょう? そんな者の調査を誰がするのかという話です。ならば静観するのが一番かと」

「なるほど。――つまり今の貴女のように?」

「……」

 しまった、と思ったものの顔には出さず、マイラはアズヴァルドの視線を真正面から受け止める。遅れた返答の分、彼女はまったく想像もできないといって素振りで質問を投げる。

「私が? 何をでしょう?」

「貴女の顔があまりにも平然としているので、つい悪戯を。失礼しました」

「――努めて冷静を装っているのです。誰だって人が目の前で亡くなれば、しかも少しとはいえ見知った顔の者だったのです。その出生がどうであれ心が揺れないなんてことはありません。しかも『二度目』の殺人が目の前で起こったのですから」

「でしょうね。『二度目』ですものねぇ。どういう揺れ方かはさておき、それでは本題に入りましょうか」

「……本題、とは?」

(やっとか)

 これでようやくアズヴァルドが何を狙っているのかが判明する。それによっては受け答えも慎重にならなければならないが、何よりこの男がどこまで掴んでおり、警戒すべきなのか、また『行動を起こすべきか』というのを見極める必要がある。

(二人きりという絶好の機会だけど、今行動は起こせないわね)

 背後の扉、その奥にいる研究員達。ここには人が多すぎる。それにこう真正面から見据えられていたら事を為す前に察知してしまうだろう。

「まず第一の殺し。これは魔術が絡んでいます」

 ――第一の殺し、と言われて思い浮かんだのは第一王子フィリップスのことだった。

「マイラ様の推測通り、これは魔術を使った殺人に間違いありません。どのような魔術であり、何が致命傷となったのか。それももうほぼ判明しております」

「……」

「次に第二の殺し。ああ、まだ正式には公表されておりませんが――まぁ誰のことか貴女なら分かるでしょう。こちらも当然魔術が絡んでいる。何しろ遺体から魔術反応が出ましたからね」

「遺体……遺体、とは?」

「ふむ、質問の意図が理解しかねますね」

「え、いや……深い意味はありません。『第二の殺し』なのだからセイロさんの遺体を調べたのかと思いまして――」

「ああ、違います。違いますよ。第二の遺体とはあの義賊のことではないのです」

 冷静になろうとカップを手に取ったマイラは、アズヴァルドの言葉に身体が硬直する。

(――まさか)

 しかし、と己の中で反論するもう一人の自分がいる。あの『殺人』から数日が経過している。マイラの思っている『第二の殺人』の被害者がエドアルドだというのなら、さすがに発見されていてもおかしくはないだろう。その報告がマイラの耳に届かなかったのは、仮にも第一王子に続いて第二王子まで死体で発見されたことを王室側が隠し通したからに違いない。

(ではアズヴァルドがそれを私に話すとしたら、その理由は? 何を考えている? 揺さぶり?)

 冷ややかな汗が背中にぶわっと噴きだしてくる。アズヴァルドがこちらを疑っているだろうことは予想していたが、いざそれを目の前で突きつけられるとなれば話は別だ。

 仮にこちらを容疑者として断定してきた場合、王国内でもきっての魔術師たる彼が自分を取り押さえることなどいとも容易いことだろう。疑っている段階ならまだ回避しようがある。だが、決めつけてきたのなら今のマイラに打つ手は無い。

(いや、断定は早い。それにグランヴィル家に真正面から喧嘩を売るリスクは承知しているはず。問題はお父様がどういう立場で考えてらっしゃるか――)

 以前王妃の前に呼ばれた時、アズヴァルドと並んで父親がいた。まさか自分が来る前と去った後に何も話していないなんていう都合の良いことはないだろう。何かを話していた筈だ。

(その内容によってはとても危険なのよね。けど)

「――その遺体とは」

 アズヴァルドの静かな声に我を取り戻し、マイラは緊張した面持ちで次の言葉を待つ。

(私を『犯人とは断定できない』はず!)

「貴女が殺した、第二王子エドアルド様ですよ」

 ――考え得る中でも最悪のセリフが、マイラの耳に届いてきた。

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