魔法の枷

湯ノ森 柚木

第1話 王都の遭難者

この物語はフィクションです、実在の人物・団体などとは一切関係ありません。



 「寒いなー。地球温暖化で夏は暑いけど、冬も寒さが増してる気がするぞこりゃ」

俺が腕を擦りながら仁平じんぺいに言った。

「たしか氷河が溶けてなんやかんやで寒くなってるんじゃなかったかな?」

「え、そうなの!?一体どこに逃げればいいのやら」

仁平はスマホを見た後で道の奥の方を覗いた。

「お、着いたかも」

看板には「居酒屋揚げ市場」と書いてある。

「もう予約はしてある」と言って仁平は中に入っていった。


 俺も仁平も20歳。やっと酒が飲めるようになったが、早くも億劫おっくうになっていた。飲み会に行けばたらふく飲まされ、よく知らない先輩から面白くもない話を聞かされるからだ。その印象がお酒と結びついてしまったのだろう。だが、仁平と2人きりの時は酒が好きになる。唐揚げとビールを頼んで乾杯をした。


「2025年もあと半月か。歳をとると1年が早くなるって言うけど、今でさえ早いから恐ろしいよ。感覚で言ったら俺らの人生、いいとこまで来ちゃってるのかもな」

2人でいる時はだいたい俺から話し始める。

「俺は勉強で時間が足りないよ」

仁平は大学院を目指して勉強をしているが、俺が遊びに誘うと必ずと言っていいほど参加する。口では焦っていると言っているが、どこかで余裕を感じているのだろう。俺がそう思うのも、仁平の頭の良さは普通じゃないからだ。将来は科学者志望だと聞いているが、ひょっとしたらノーベル賞でもとってしまうかもしれない。

 壁の角に掛かっている小さいテレビでは世界情勢への懸念が報道されていた。

「暗いニュースばっかりだな。そろそろ嫌気がさしてきた」

俺はため息をついて続ける

「科学の発展で争いは無くならないのかね?」

仁平は少し考えて言う。

「どうだろう。逆に加速させちゃうかも」

当事者ではない俺たちの考えは他人事の域を出ないまま番組はハッピーな内容に変わった。

 「そういえば最近彼女とはどうよ?」俺は話を切り替えて聞いた。

「まあ順調かな。最近は就活で忙しいらしいけど」

たわいも無い話をしながら2人で深夜まで飲みかわした。


 仁平と別れて家路についていると、入ったことのない路地を見かけた。いつもだったら気にもとめないものに、何故か無性に惹き付けられる。気がついたら路地に入っていた。歩く速度が速くなっている。足が独立した意思を持ったのか、はたまた俺には最初から意思はなかったのか、考えているうちにどんどん速くなる。最後には周りの世界が俺の後ろに吸い込まれていくように見えた。だんだん意識が薄くなり、それに違和感すら持たなかった。そして次に気がついたとき、俺は見た事のない街に立っていた。酒を飲みすぎたのかもしれないと思い振り向くと、もうそこに道はなかった。

 改めて街を見ると違和感に溢れていた。さっきまで夜だった筈だが太陽が登っている。マンションなどの高い建物はなく、洋風な石と木で作られた1階か2階建ての家々。質素な服を纏った人々。何もかもが違う街だ。過去にでもタイムスリップしたのだろうか。何が起きたのか分からないままけていると1人の老人が話しかけてきた。

「お前さん、変な格好しているな。どっから来た?名前は?」

俺のダウンジャケットは質素な服と比べて異質だった。

「俺は神田慶かんだけいです。東京から来ました」

「東京?聞いた事ないな」

「じゃあ、日本から来ました」

「そっちもわからん」

変な爺さんだと思い苛立ちながら言った。

「あんたも日本語話してるだろ!ここは日本だろ?」

「一体何を言っているんだ?ここは永平えいへい王国の王都、東盛とうせいだ」

この爺さんの口ぶりからして嘘は言っていないのだろう。実際にこの景色は俺のいた日本のものではないのだから。となるとここは異世界なのか。いや言語が同じなんて偶然が有り得るのか?もしやパラレルワールド?わからないが、とりあえず目の前の問題を解決しなければいけないか。

「お爺さん、数日だけ家に泊めて貰えないでしょうか。住む場所も食べるものもないのです」

「お前みたいな怪しいやつを泊めるわけないだろう」

俺は何が差し出せるものが無いか鞄を漁った。

「これを対価に泊めてもらえないでしょうか」

俺はスマホを差し出した。ここが予想通りの異世界ならば、スマホの充電もできなければインターネットも使えない。今ある充電が切れたらただの板だ。充電があるうちに売ってしまおう。

「なんだこれは?」

俺はスマホの電源を押して起動させた。ここで興味を持たれるか、不気味がられるかは賭けだ。だがこの爺さんは異質な格好をしている俺に話しかけるような人だ。新しいものに目がないタイプだろう。

「なんだこれは!」

爺さんは予想通り、いやそれ以上に興味を示した。

「それで泊めてくれませんか?」

爺さんは少し考えて言った。

「分かった。着いてこい。あと、俺は吉田一郎よしだいちろうだ」

俺は軽く返事をして吉田の後を追った。


 吉田の家は木造のログハウスのようだった。玄関から先は土足厳禁で、吉田は履き潰れた汚い靴を脱ぎ捨てた。すると奥から一人の女性が出てきた。歳は俺と同じか少し上くらいに見える。

「おかえり。そっちの人はどうしたの?」

その女性は一瞬だったが、嫌な顔をした。

「この人は遠いところから来て一文無しなんだと」

「お父様はそんなにもボランティア精神に溢れたお人だったのね!知らなかったわ!」

馬鹿にした言い方で吐き捨てた。この2人の仲は良好では無いらしい。

「娘の吉田かおりだ。反抗的だがしっかりした子だ。仲良くしてやってくれ」

 吉田かおりは長身で、黒く長い髪が肩までかかっていた。綺麗な顔立ちだが目は鋭く、恐ろしくも感じた。どことなく一郎に似ている。

「俺は神田慶。よろしく。ところで一郎さん何歳なんですか?かおりさん俺と同じくらいの歳に見えますが」

「俺は55だ。何歳に見えた?」

俺は少し言い淀んだ。まさか70歳くらいに見えたとは言えない。

「い、いやー50代には見えましたよ?」

一郎は嘘を見抜いたようにニヤッと笑った。


 一郎に案内されたのは質素だが綺麗に整えられている来客用の部屋だった。かおりが持ってきてくれた水を飲みながら、俺と一郎は話始めた。


 「単刀直入に聞く。神田。お前は学者なのか?」

俺は予想外の質問に呆気にとられた。そしてすぐに否定しようとした。しかし一郎はそれを遮り「いや。すまない。言いにくいことを聞いたな」と言うと机の上にあるコップに向かって手をかざし、「無重力」と呟いた。するとコップと中の水がふわふわと浮き上がった。

 俺は驚きのあまり椅子から立ち上がった。

「実は俺も学者なんだ」

一郎は嬉しそうに言う。しかし俺には何が何だか分からない。

「それは魔法か!?」

「ああそうだ。お前のも見せてくれ」

「いや、使えませんよ」

「何?」

一郎の顔が見る見る険しくなる。

「神田!俺のことを騙したのか!この光る板はどうした!殺して奪ったのか!」

今にも殴りかかって来そうな気迫で一郎は俺を追い詰めた。

「聞いてくれ!騙したつもりはない!このスマホだって俺が買ったものだ。殺しなんてする訳ないじゃないですか。俺は…そう!遠い所から来たんだ。どうやって来たのかも帰り方も分からないけど、これはそこで買ったんだ。それに俺、魔法なんて見たことないからびっくりして、スゲェとは思ったけど。悪意とかはないから。信じてくださいよ」

俺の必死の弁明が通じたのか、一郎は落ち着き椅子に座った。


 「つまりお前は学問研究が王族や貴族以外禁止されているのを知らないってわけか」

「そうなのか?というか学問研究って魔法の研究ってことですか?」

「は?学問研究は学問研究だ。魔法って言うのは知識を発現させたものだ。さっきの無重力だって俺が研究してるものだ。重力という俺たちを引っ張る力があるのは誰でも知っているが、月や太陽に作用しないのは重力の逆、つまり反重力または無重力という現象が起きてるんじゃないかと考えたんだ。まあ重力が俺たちのいるこの星だけにあるものなのかとか、重力の及ぶ距離はどのくらいかとか未確定な要素は多いが、魔法が使えることが無重力の存在の証明にもなる。魔法は知識が正しくないと発現しないからな」

どうやらこの世界では知識が魔法となって発現するらしい。にわかには信じ難いが、さっきコップが浮いたのを見てしまった手前信じざるを得ない。しかしそれなら俺にも魔法が使えるのではないか。俺は気になり試しに「光合成」と唱えた。すると体が緑色に変色し始めた。一郎は驚き目を見開いている。しばらくすると全身が緑になり魔法を終わろうと意識すると元に戻った。

「神田。なんでそんなことを知ってるんだ?やっぱり貴族からの刺客なのか?」

「違う。俺の生まれ育った所は学問が盛んだったんです。魔法はなかったんですけどね」

「なに?!そんなところがあるのか!俺も行ってみたいな。俺は魔法のために学問研究をしている訳ではないんだ。ただ学ぶことが好きなだけなんだ。だが貴族たちが魔法の力を独占するために、研究をして良いのは貴族と王族だけだと決めてしまった。今だって肩身の狭い思いをしながらコソコソ研究を続ける毎日だ」

「学者だとバレたらどうなるんです?」

「殺されるか、有能だったら貴族の元で働かされるかだな。まあその場合、家族や友人には会えなくなるがな。知識を広められちゃ困るんだと」

「でもこの家を建てたり、商売をしたりするのだって知識が要りますよね?」

「それは全て貴族がやることだ。貴族にも種類があって、建築は工貴族の専門だ。商売は商貴族、戸籍調査や税は戸貴族、畑仕事は農貴族、治安維持や平民の学者を捕まえるのは軍貴族って感じだな。俺たち平民は貴族の命令通りに何も考えず働くだけだ。そこまでして魔法という利権を守りたいんだとさ。まあ貴族の傘下に入ることはできるから、職が制限されてる訳じゃないが」

「そんなのいいのかよ。知識欲なんて人間の根源的な欲求だろ?」

俺は率直な感想を口に出した。すると一郎は目を輝かせて言った。

「お前もそう思うかい?だったら一緒に変えてみないか?こんな制度をさ」

俺は大きすぎる提案に戸惑った。

「一体どうやって?」

「貴族は結局、王の言いなりだ」

「じゃあどうするんです?」

「だから王に直談判よ!」

そう言った一郎の顔は自信に満ち溢れていた。

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