閑章第C話 この幸せは、やっぱり身に余る

あれから二週間が経った。

もう一回言う、二週間がたった。

いや、私だってちゃんと殺せるように努力したさ。でも結局ズルズル一緒に日々を共にして行くうちに、もう殺意がほとんど消え失せてきている、本当にまずい。お嬢様・・・いや、クラリスは知れば知るほど私の知る“人間”と全然違う、天使みたいな人だった。お嬢様に似合わずちょっと気が強くてエネルギッシュだけど、そこも可愛いと思えるくらい惚れ込むほどに。


「ソフィア!!あちらのお店も行きましょう!!可愛いアクセサリーが売ってますわ!!」


「わわ、待って下さいよクラリスお嬢様。私からあんま離れないでください」


今日は付き添いで街に買い物に出ている。

いくら大きな街だからと言って貴族の御令嬢が自分で買い物とかするかな普通。


「えっと・・・これとこれと、あとそれもふたつくださいませ。ご料金はこれで足りるかしら?」


「えぇ・・・ちょっと買いすぎじゃないですか?」


「1週間別々のをつけると思ったら7個は当たり前ですわ。むしろ少ないくらいですの」


やることなすことはやっぱりお嬢様っぽくないクラリスだが、唯一お嬢様っぽいのはその買い物の量だ。

私はいつでも戦えるようにって何も持たされていないが、後ろに付いている屈強な護衛団は悲鳴をあげそうなほどに買い物袋を持たされていた。


「そういえばあなた、出会ったときから片耳しかピアスをしていませんのね。しかもそれかなりの高級品じゃありませんこと?」


「ああ、これね。元々は両耳あったんだけど無くしちゃったんだ。大切な貰い物だよ」


「そうでしたの。なら、あなたに一つピアスを贈りますわ。左右違うのは少し不恰好かもしれませんけど」


「え!?いやいいよそんな高いの。私にとってはこれも分不相応なものだし」


「護衛が主人の言うことを断るもんじゃないですわ。大人しく貰っときなさい」


有無を言わさないと言わんばかりの様子でそんなことを言われたらまあ従うしかないわけで。私の空いた耳にピアスを当てるクラリスを止めることは出来なかった。


「うん、やっぱりあなたにはこれが似合いますね。店主さん、これも追加でくださいまし」


「ありがとうございます、お嬢様。でもこんな可愛いの私に似合いませんよ」


「あら、私はきっと似合うと思いますよ?早速つけてみてくださいな」


言われるがままにピアスをつけてみた。しばらく左耳にはつけてなかったせいか、若干異物感・・・


「どう、ですかね」


「やっぱりとても似合いますわ!!やっぱりあなた元がいいのね、この前あげた服もよく似合ってますし」


そう言って笑う顔もまた、天使のような美しさを持っていた。


やっぱり、私こんな可愛い子殺せないよ。


けりをつけよう、違う形で。

ちゃんと依頼を断って、ちゃんと真っ当な私でここで働こう。先生が死んでから散々すぎる人生だったけど、もう一度希望を持っていいなら、足掻いてみたい。


「クラリスお嬢様、私お屋敷に入ったら少し出かけてきます」


「あら、そう。何時くらいに帰ってきますの?」


「ちょっと遠いとこに行ってくるので、帰ってくるのは夜以降になるかと思います」


あの村に戻って、依頼を断りに行く。

金なら、まあなんとかなるはずだ。この4年間で受けてきた依頼のほとんどをギャンブルに突っ込んだけど、確かいざって時の金貨15枚があの洞穴に残ってるはず。


「危ないことはしないでね、ソフィア。あなたは私の側近なのよ、死んでもらっちゃ困るわ」


「わかってますよ、ちゃんと帰ってきますって」


「ならいいけど・・・」


少し不服そうなお嬢様と一緒に屋敷に戻る帰路に着く。大して暑くもないのに止まらない汗が、歩いている間ベタついて気持ち悪かった。


「ふぅー・・・よし」


2週間ぶりに来たバーは、もう3年くらい通い続けているのにどこか知らない場所のようで。情けないことに扉の前で少し立ち止まってしまった。

意を決してドアノブを握り、そして開く。中の風景は何も変わっていないはずだ、だけどなんでだろう、少し狭く見える。


「おおクソガキ、帰ったか。まあまずは飲め、お前未成年だが時々飲んでたし大丈夫だろ」


「ああ・・・じゃあ、もらうね」


おっさんが酒を入れる音が誰もいないバーの中に響き渡る。

酒を飲むのなんていつぶりだろう、こうやって無料で飲ませてくれたのは出会った時くらいだから3年ぶりかな。


「ほらよ、できたぜ」


「いただきまーす。あれ、これ前のと違うやつじゃん」


「驚いたな、ガキのくせに酒の味がわかるのか。そうだ、前の酒は確かケープ・コッダー、今日のはセレブレーションだ」


「まあいっか、どっちもおいしーよ」


人生で2回目のお酒は、不思議と前よりも酔いが回りにくいように思えた。もう既に上がっている体温のせいで、酔いに気づけないだけなのかもしれないけど。


「それで、ここに来たってことはお前、依頼は成功したのか?」


「うん、今日はその件できたんだけどね」


手元の酒をもう一度飲んで息をつく。不思議と喉が乾くのはなんでだろう。


「その依頼を断りに来たんだ」


「・・・・・・なんだと?」


「もちろんただって言うほどバカじゃない、ここに依頼料と同額の金貨15枚を・・・」


「バカ言ってんじゃねえクソガキが!!そんなのが通るわけねえだろ!!」


おっさんがテーブルを叩いた衝撃でグラスが倒れ、手元の酒がこぼれた。ここまで怒っているおっさんを見るのは初めてだったから、私の額にも汗がこぼれた。


「いや、でもちゃんと賠償してるじゃんか!!足りないならあと何件か無料で仕事受けるからさ、お願いだって!!」


「違う!!お前は何も分かってねえ、金の問題じゃねえんだ今回のは!!」


「じゃあなんなんだよ!!この世界は金が全てだって私に教えたのはおっさんじゃんか!!」


私がそう言い返すと、おっさんは先程の剣幕が嘘みたいに黙りこみ、後ろを向いてタバコを吸い始めた。


「だから違うって言ってるだろ。普通の依頼人ならたしかにお前が今持ってる金貨を渡せば許してくれるだろう、だが今回は依頼人がやべえんだよ」


「やばいって、どんな?」


「相手は1年前まで世間を騒がせてた魔法犯罪集団『超越者』の下部組織だ。最近では1年前に超越者が壊滅したせいで一気に下部組から力をつけてるって噂もある」


「それの何がやばいの?本部が壊滅したなら金に困ってそうだから金で解決できそうじゃん」


「その認識があめえんだクソガキが!!たしかにこの世界は信頼と力、そして金が命。だから大抵の依頼人は無賃で依頼をバックれられない限り、信頼を優先して金を握ってくれるだろう」


語るおっさんの手は、怒りからなのか、それとも恐怖からなのか震えている。


「だがな、組織ってのは違う。組織はメンツが命だ、舐められたら終わるんだよ。だから目的も達成できずに、ただのガキに金握らされてだんまりしましたってのは示しがつかねえんだ!!」


「っ、でも話し合えばなんとか・・・」


「わかった、選べ。俺はまだ何も聞かなかったことにしてやる。今から帰って依頼を達成するか、今から自分で交渉に行って無惨に殺されるかな!!」


「でっでも私は!!私はあの子を殺したくない!!」


「黙れ!!死にてえのか馬鹿野郎!!てめえが嫌いな貴族のクソガキ1人殺すだけで丸く収まるんだ、受けたからには腹くくれ!!これが人殺しの依頼をうけるってことなんだよ!!」


何も、言い返せなかった。たった1人、それも嫌いな貴族のただのお嬢様を殺すという依頼。どう考えても私が普段やっているドラゴン討伐よりも簡単、そう思って軽い気持ちで受けた。

でもわかった、楽に金を稼げるわけなんかない。ドラゴンが金貨5枚、お嬢様が15枚。それほどまでに重いのだ、人殺しは。

覚悟を決めたつもりだった、この社会で生きるために腹を括ったはずだった。

でも揺らいでしまった、相手が今までにあったことがないくらいいい人すぎて。

汚れた私もこの人とならもう一度まともに生きれるんじゃないかって。


甘かったな、やっぱり私みたいな人間は幸せには戻れない。ここで決別しよう、幸せな未来と。こんなクソみたいな人生でも生きてれば勝ちだ、死にたくは無い。


「・・・わかった、やる。殺す、殺してくる」


「その言葉にもう嘘はないな?俺もお前には死んで欲しくない、さっさと殺してこい。そしたらまた酒を奢ってやるよ」


「うん、ありがとう」


上がる体温と早鐘を打つ心臓の勢いに身を任せて、ドアを開けて街に帰る。

歩く足は不思議と、来る時よりも軽い気がした。

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