四十路の中堅サラリーマンが転移したのは何処か既視感の感じる世界だった。〜新時代劇ストーリー〜
@saionjiyamato
第一章
第1話 転移。
太平洋を眺める人気の無い展望台で、一人ベンチに座る男がいる。上は白のワイシャツ姿に下は黒のスラックス。革靴を脱いで胡座をかいた男は、少し伸びた黒髪を潮風に靡かせて大海原を見つめていた。
『あーあ。もう疲れちまったな。』
そう呟いた男はベンチから立ち上がると大きく背伸びをした。
男の名前は橋山優希。四十歳、独身。
中小企業で係長を務める冴えない中年だ。
中堅の係長として上と下からの板挟みにより社会人生活に疲れ切り、こうして用も無いのに仕事を半休で休んで海を眺めて過ごしていた。
『四十で脱サラして何かやるつもりだったんだけどな。人生そんなに上手くいく筈がねぇよな。』
橋山はそう言うと展望台周辺をプラプラと歩き始める。小高い岬にある展望台からは見慣れた街の様子が遠くまで良く見渡せていた。
遊歩道を歩いて行くと海へと降りられる長い階段をみつける。橋山はその人気の無い階段を鼻歌混じりに降りていった。
すると階段の途中で開けた場所にある古い小さな神社を見つけた。潮風に晒されてだいぶ草臥れた様子のその神社に何故か気を取られてしまう。
『こんな所に神社があっても誰もお参りなんか来ないだろうな。海の安全祈願みたいなものか?』
橋山はそう言うと小さな鳥居に一応一礼をしてから潜り抜けた。そしてポケットの財布から小銭を出すと小さなお社へと参拝をする。
『こんな事神様にお願いしても仕方ないと思うけど、何か面白い事起してくれないかね。人生退屈しちまってんだよ。まあ、かと言って神隠しだけは勘弁だけどな。』
橋山が一人そう溢すと辺りから聞こえていた波の音が消えた。一瞬何が起こったのか分からず自分の耳を疑う橋山であったが、目の前のお社から目も眩む様な眩しい光が差し込んで来ると眩しさで顔を伏せた。
『ッ!?なんだ!?』
目の前が真っ白になった橋山はそう声を上げ手で顔を覆った。しばらくすると光が収まったのか視界がぼんやりと戻って来て波の音も微かに聞こえて来ている。
『ったく何なんだよ。何かが反射でもしたのか?』
ようやく視界が鮮明になった橋山の前には、あった筈のお社が無くなっていた。周りを見渡すと先程まで居たのとは違う風景が広がっている。
『おいおい…何処だここは…。』
訝しむ橋山が辺りを観察するが、そこは広い海を見渡せる小高い丘の上であった。しかも、海の色が先程までとは明らかに違い、まるで南国の様な透き通ったエメラルドグリーンをしている。
明らかに違う場所へ自分が居る事に驚いた橋山はただその場から動く事が出来なった。
『しかし参ったな。本当にここは何処なんだ?スマホの電波も入らねぇし。地図アプリも反応しねぇ。GPSが効かないって事か?』
突っ立っていてもしょうがないと、橋山は取り敢えず何かないかと歩き始めていた。今の所全くもって情報が無い。ここが何処であるのか、自分に何が起こったのか。
『まさか漫画で良くある異世界転移とか言わないだろうな…。あり得ないけど、今の状況から考えるとそれっぽいんだよな。おいおい神様。面白い事はお願いしたけど、俺は異世界転移は望んではいねぇよ?元の場所に帰してくれよ!』
橋山は天に向かってそう叫ぶが何の返答も変化も無い。ただ遠くから波の音が聞こえて来るのみだ。
『取り敢えず、日が暮れる前には何とかしねぇとこのまま野宿する羽目になっちまう。それは勘弁だぜ。食料も何にも持っちゃいねぇんだからさ。』
橋山は一人危機感を募らせながらただひたすらに何かを探して歩いていったのであった。
◇◇◇◇
ただひたすらに歩き続ける事約二時間。
ようやく一軒の建物を見つけた。
見るからに掘立て小屋の様な佇まいではあるが、外からみる限り、畑などもあり生活感が感じられる。
『取り敢えず誰か居そうな感じだな。言葉は通じるのか?』
橋山はひとりそう呟くと恐る恐るその小屋へと近付いていった。すると、小屋の入り口が急に開いて中から一人の女性が出て来る。
しかし、橋山はその女性の姿を見て固まってしまった。何故ならばその女性は、時代劇のお百姓さんの様な草臥れた着物を着ており、腰には帯を巻いて腰まである長い黒髪を白の細い紐で結んでいたのだ。
すると驚愕し固まった橋山に気が付いた女性も、橋山の事を見て驚いた顔をすると固まってしまった。硬直し固まる二人の間に静かな時間だけが過ぎていく。
『あの。すみません。言葉はわかりますか?』
橋山は意を決して女性へとコミニュケーションを図ってみる。とにかく言葉が通じない事にはどうしようもない。恐る恐るとそう言った橋山に対して、女性は少しだけホッとした様に返答をした。
『はい。わかります。すみません…お姿がその…異国の方の様でしたので、驚いてしまいまして。』
どうやら日本語が通じるらしい。
しかも自分の格好を見て異国人かと勘違いしていた様子である。橋山もホッとひと息を吐くと女性に和かに話し掛けていった。
『すみません。こんな事を聞いたら驚かれてしまうかも知れませんけれど、ここは一体どこなんですか?自分が何処に居るのか分からなくて。』
橋山が困惑した顔でそう告げると、女性はハッとして急に不憫なものを見る様に哀れみの表情を浮かべる。
『もしかして、記憶喪失に?』
『いや、そう言うわけでは無いんですが…。気が付いたらあの丘の上に居て。今自分が何処に居るのか分からないんです。』
『そうですか…。お怪我の方とかは?』
女性はそう言うと、心配そうに橋山の元へと歩み寄り身体の様子を伺っている。どうやら海で事故にでもあって記憶を失くしているものだとでも思われた様だ。
『いえ。怪我はしていないので。取り敢えず今自分が何処に居るのかを知りたくて。』
橋山がそう言うと女性は答えてくれた。
『ここはジーンパングと言う国の一番東側にある、シモノウサと言う地方になります。』と。
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