二話
朝倉瞳。六月二十日産まれ。O型の女子高生。どこにでもいる、平凡な女の子。両親に蝶よ花よと可愛いがられ、思いやりにあふれている性格。母親と同じくドジでおっちょこちょい。何もないところで転ぶなど、周りから笑われたりする。しかしポジティブ思考なので、笑われても落ち込んだりしない。明るく元気な人間なのだ。逆に落ち込んでいる人がいると、励まし親身に想ってあげる。だから、他人に嫌われた経験は一度もない。すぐに友だちが作れるのは、瞳の特技だ。
ただ一つ、どうしても暗い気持ちになるのは、背が低いこと。幼稚園ではチビちゃんと呼ばれ、空しい思いをした。背の順で並ぶと、必ず一番前になるし、自分だけ小さいのが悲しくなる。ぬいぐるみみたいな扱いもされる。
「私って、なんで可愛くないんだろう。みんなは可愛いのに。私だけ、全然可愛くない」
幼い頃から悩んでいた。それは成長して小学生、中学生になっても変わらない。体型だし、治すことも無理だ。きっとずっと瞳の胸の中に浮かんでいくのだろう。
また、クラスメイトが読んでいたマンガを試しに買った時に、衝撃を受けた。小学生なのに、彼氏がいてキスまでしているキャラがいたからだ。もう、これほど大人っぽいことしているのかと驚いた。瞳は、肝試しでペアになった子と手をつないだくらいで、恋愛とはかけ離れた世界で生きていた。それについて聞くと、クラスメイトの何人かは「好きな人がいる」「彼氏になってほしい男の子がいる」と答えた。
「瞳ちゃんは、好きな人いないの?」
「私は……いない……」
「そうなの? けど、いつかは好きな人できるよ。告白とか、頑張って」
「う、うん。ありがとう」
誰かに恋に落ちるなんて、まだその頃は想像すらしていなかった。たとえ現れたって、可愛くないからフラれるだろうし、始めからほとんど諦めモードだった。
病は気からというように、自分は可愛いと思えば可愛くなる。可愛くないと思えば可愛くなくなる。嘘でもいいから、私は可愛いと考えたら、それなりの女の子に映るかもしれない。
小学校の文化祭で、白雪姫の劇をすると決まった。みんな緊張すると言って、白雪姫役をする子がいなかった。そこで、クジ引きで白雪姫役を選ぶと先生が話した。なんと、瞳が白雪姫になってしまった。
「さっそく、ドレスを作りましょう」
「ドレス?」
「白雪姫は、お姫様なんだからドレスを着ていないと変でしょう?」
「それは……。そうですけど」
チビな白雪姫など、観ても楽しくない。しかし決まったから、逃げられない。セリフや歌、ダンスなどもみっちり練習し、白雪姫を演じた。
けれど、最後に失敗した。毒りんごで眠った白雪姫が、王子様のキスで目覚める時に、キスをされる前で起きてしまった。キスはフリでと聞かされていたものの、やはり恥ずかしく、さらに緊張で心臓が破裂しそうだった。一番の盛り上がるシーンが台無しで、拍手もパチパチ……と数人が叩いて終わった。
「瞳ちゃん。だめじゃん。一人で起きちゃ」
「ごめん。だけど、恥ずかしくて」
「恥ずかしくても、キスはしないと」
「全然、拍手もらえなかったし」
責められて、だったらあなたたちが白雪姫すればよかったじゃないと言い返したくなった。もちろん、喧嘩は嫌なので、黙って俯いた。
劇での出来事もあって、瞳は可愛くないだけではなく、だめ人間なんだと自信がなくなっていった。ロクでもない人間なんだと勇気も生まれない。何をしても、成功しないし、失敗ばかり。みんなにとって、迷惑かける邪魔者だと自己嫌悪に陥る。歩は、「瞳の白雪姫すごくよかったよ。頑張って練習したんだね」と言われたが、嬉しいどころか惨めな気持ちがあふれていく。
「ママ。私って、どうしてこんなにだめなのかな」
「だめ?」
「うん。だめ人間でしょ」
ボロっと涙がこぼれる。歩は、ぎゅっと抱きしめてくれた。
「誰にだめ人間って呼ばれたの?」
「呼ばれたわけじゃないんだけど」
「瞳は、だめ人間なんかじゃない。努力家で、一生懸命で、素晴らしい子なの。落ち込まないで」
「うん……」
ぐすんぐすんと泣く瞳を、歩は柔らかく抱き続けた。
こうやって、そばにいてくれるのも、認めてくれるのも、親しかいないのだ。先生まで「朝倉さんに白雪姫をやらせたのは間違いだった」とため息を吐いていた。そもそもクジ引きなどで選んだから、こんな劇になったのだ。だめ人間は、むしろ先生だろう。全て悪かったのは瞳だと勘違いしているのも、生徒を悪者扱いするのも性格が歪んでいる。教師は、こういう自分さえよければというタイプが多いのかもしれない。
だんだんと劇の辛い気持ちが薄れてきた頃、今度は大嫌いな運動会で、恥ずかしい思いをした。マラソンで、瞳は勢いよく転んだ。心配する人はなく、馬鹿にする笑いだけ聞こえた。体操服が土で汚れても、声もかけてくれない。ビリになって、また恥ずかしい。その時も、歩は「頑張ったね。最後まで走って偉かった」と笑顔で言って、母親の暖かみを強く感じた。
「私、大人になったら、ママみたいになりたい」
「え?」
「優しくて、子供想いで。なれるかな?」
「なれるよ。瞳は、優しい女の子だから」
「そっか。ありがとう」
こくりと頷いた。
とはいえ、好きな人はいない。つまり、子供を産むことはできない。いつか、かっこいい人と恋人同士になれるのか。可愛くない自分を愛してくれる男子。一人くらいはいるのだろうか。
「うーん。今日も塚田くん、超かっこよかったなあー」
ベッドの上で、塚田が問題を解いた姿が蘇った。本当に、いうことなしのイケメン。人間は、一つや二つ欠点があるものだが、塚田にはそれがない。優等生。文武両道。穏やか。三拍子そろった完璧な王子様。マンガでしか見たことがない。
「美沙子が言ってた通り、友だちにはなれるといいけど。難しい。テンパって顔が真っ赤になったら、おかしい子って見られちゃうもんな。あーあ。ドジでおっちょこちょいじゃなかったら、少しはおしゃべりできたかもしれないのに……」
体型が変えられないのと同じで、こういう性格も治せない。ずっと遠くから眺めているだけなんて。モタモタしていたら、絶対に塚田は他の女の子と付き合う。付き合ったら、視線を送るのも困難になる。
塚田の好きなタイプは? 好きな人はいるの? 片想いしてるなら、誰? 気になって仕方がない。背が高くて数学も英語も得意な子が好みと答えられたらショックだが、一度でいいから聞いてみたい。瞳が好みのタイプじゃなかったとしても、視線を向けることは可能だ。
「明日は、どんな塚田くんが見れるかな? 楽しみ」
想像……というか、妄想しながら目を閉じた。夢の中で塚田が出てくる日もある。それくらい、彼で頭がいっぱいという意味だ。今夜は会えるかな。会えるといいな。毎晩、幸せ気分で眠っている。
「瞳、こっちにおいで」
白い衣装をまとった塚田が、目の前に立って、手を差し伸べている。
「待って。そっちに行くから」
瞳はウェディングドレスを着ていて、大好きな彼の広い胸に飛び込むように抱きつく。
「今日は、俺たちの特別な日だよ」
「うん。私たち、やっと結ばれるんだね」
甘いキス。ああ、ずっと願っていた。この幸せな記念日……。
「……あれ?」
ふっと目が覚めた。とても自分に都合のいい夢を見ていたのに気づく。かああっと顔が真っ赤に火照った。
「私、本当に馬鹿だ……。声もかけられないのに、結婚の夢なんか見て……。恥ずかしい……」
これは、絶対に誰にも言えない。恥ずかしすぎる。バレないように気をつけようと自分に言い聞かせた。
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