第28話 気まずい沈黙
久しぶりに書庫を訪れたノールを迎えて、ミュスカはなんとなく緊張した面持ちで椅子に座る。背筋を伸ばす座り姿はいつもの通りだが、その背中にも少し力がこもっていた。
(ノール様の緊張がうつったかしら……)
ミュスカの対面に座るノールはさらに緊張している様子だ。ただの緊張ではなく、落ち着かない様子でそわそわとしている。膝を指で叩いたり、座り直したり、見るべきものなどない書架の裏に視線をやったり。型通りの挨拶を交わしたきり、口をつぐんでいる。
ヴァインはいつも通り直立不動でノールの後ろに控えている。助け舟を出すつもりはないようで、書庫の入り口とミュスカとを同時に視界に入れたままただ立っていた。
沈黙。
「…………」
「…………」
(気まずい)
沈黙自体は嫌いではないミュスカだが、緊張したままそれを解く機会がないのは気まずい。聞きたいこと、聞くべきことはいくつもあるのだが、その重さが口をつぐませていた。
ノールもまた何か話したそうにしているのが余計に、こちらから話し始めにくい雰囲気だ。
視線は外さないまま、奥の壁に立てかけてある看板を意識する。そこには、ミュスカがすべきことが記されている。
「――ノール様」
「なっ、なんだ? ミュスカ?」
安心したような、驚いたような、少し上擦った声。その様子はまだ年相応の少年らしく、ミュスカは少し微笑む。
「古代の格言に曰く、『沈黙を知らぬものは、語ることを知らぬ』。旦那様の沈黙はとてもお見事で、私はたっぷり焦らされてしまいました。どうかお話を聞かせていただけませんか」
「そ、そうか。うん。俺もそろそろ話そうと思ってたところだ、ちょうど」
ノールは頷くと肘掛けを掴んで一度座り直し、ミュスカを見つめ直した。……と思いきや、すぐに視線が逸れる。
「ええっと。そうだ。ペン。使ってるか?」
「はい。とても使いやすいペンで、指に馴染みますわ。素晴らしい品物をありがとうございます」
「気に入ってるなら……よかった」
ミュスカは今も書見台のペン立てに誇らしげに立てかけてあるペンを見て、はい、と微笑む。
おかげで、問いかけの重みにも耐えられそうだった。
「贈り物といえば……神官の方々に贈られた言葉は、いかがだったでしょうか」
「演説か。うん。うまく……できた、と思う」
「何よりでございます。舞踏会でも、堂々としたお話ぶりを皆が讃えておりました」
舞踏会と口に出して、ミュスカの脳裏にあの夜の庭園の光景が思い浮かぶ。紫色の花、踊りの誘いを断った時のノールの表情。曖昧な笑みのうちに押し込めておく。
「そうなのか。ふうん……」
ノールの方は少し誇らしげだ。舞踏会の時にも貴族から褒め讃えられただろうが、それを別の機会に、ミュスカという第三者の口から聞くのは嬉しいものだろう。少年らしい感情の表出が微笑ましく、だからこそ、ミュスカの胸に小さな罪悪感の針が刺さる。
その針を飲み込むように息を吸ってから、ミュスカは続けた。
「『庇護の下に』――という表現をお使いになったと伺いました」
「え……うん。……言った、けど。それがどうしたんだ」
声音は努めて変えなかったミュスカだが、ノールは言葉に含まれる不穏さに敏感に反応した。
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