第18話 贈り物と伝言
「ホースト公は快く受け入れてくれましたか」
書架の奥、書見台の隣に座って向かい合う。ホースト公爵との会話の報告を受けて、ミュスカは微笑んだ。ノールの報告はどこか誇らしげで、それもまた微笑ましい。
「うん。今、文章を考えてるところだ」
「何よりでございます。神殿の方々も、旦那様が大切に考えたお言葉を聞けて嬉しいでしょうね」
「ホースト公爵と相談しながら考えてるんだけど、難しい」
「公爵と……?」
ミュスカは思わず視線をヴァインへ投げる。いつものようにノールの後ろに控えた青年は、無言で頷いた。何やら手に紙袋を携えているが、ミュスカには関係ないものなのか、渡そうという気配はない。
(噂を聞く限り、そんなお人柄には思えなかったけれど……)
ノールの話では快く受け入れたということだし、噂の方に誤解があって皇帝への忠誠心は高いのかもしれない。公爵という立場はそれだけでやっかみを招くものではある。
(ヴァイン様に実際のところを聞いた方が……いえ。それは流石に越権かしら……)
ミュスカは噂だけで警戒していたことを反省しつつ、微笑みかける。
「難しさは挑戦の証。政治家セネカ曰く、『険しい道こそが、偉大なる高さに結びつく』。良き臣下と共に、存分にお挑みなさいませ」
「……うん」
頷く仕草は力強く、表情は真剣。若き皇帝の様子に、ミュスカは目を奪われた。
険しい道であることを、今のノールは真っ直ぐに見据えているように思えた。どこか頼もしい印象に、ミュスカは目を細める。
その後、演説の内容や神殿についての雑談をしばし。
(……? なんだか、妙に落ち着かないご様子……)
ノールは時間が経つにつれて何故かそわそわと、話が上滑りしていくような様子を見せ始めていた。何かこの後に気になる用事でもあるのかとミュスカが訝しんでいると、ヴァインが咳払いを一つ。
「失礼、旦那様。そろそろお時間が近づいております」
普段は「時間です」と言うのに対して、含みがありそうな言い方。
「わ、わかってる。おい、ミュスカ」
「は、はい」
「ヴァインから用事がある」
「ヴァイン様から?」
「そうだ。ヴァイン、ええと、頼む……じゃなくて……話していいぞ」
「かしこまりました」
ヴァインはノールを回り込んでミュスカの傍へ。大切そうに持っていた紙袋をそっと差し出す。
「ミュスカ嬢。私が仕えるさる高貴なるお方からの贈り物だ」
「贈り物……!?」
さる高貴なるお方など一人しかいない。ミュスカが思わずノールの方を見ると、ノールは勢いよく視線を逸らした。顔ごと横に向けるほどの勢いだ。その横顔が赤く染まっている。
「有り難く受け取るように」
「は、はい……はい、あの、そう……頂戴いたします」
言葉の距離感に悩みつつ、椅子から立ちあがって両手で紙袋を受け取る。両手の手のひらに収まる大きさで、中には細長いものが入っている感触がある。
ヴァインに指先で促されて、紙袋を開くと――
「……ペン」
黒みのある金属製のペンだ。よく見ると精緻な蔦模様の彫刻が為されている、明らかに上質な品物。ペン軸は金色で美しい。
「『労いと感謝を込めて下賜する。今後も務めをよく果たせ』と仰せだ。確かにお渡しした」
「あ、ありがとうございます。確かに拝受いたしました」
ミュスカの声には嬉しさよりも恐縮の色が強い。思わずノールに向けてそう声をかけると、ノールは頷きかけてまた顔を逸らした。
その様子が自分より緊張していたようで、ミュスカは思わず微笑む。ヴァインもまた口元をわずかに緩めた。
「ヴァイン様。『さる高貴なお方』に伝言をお願いできますでしょうか」
「聞こう」
「素晴らしい贈り物をありがとうございます。心より感謝申し上げます。また、ヴァイン様を通じて私が恐縮しすぎぬようお気遣い頂いたことにも感謝いたします。恐れ多くはありますが、より身を尽くして務めを果たす所存です。……とても嬉しいです――と」
あくまでヴァインだけを見て、ミュスカははっきりした声で『伝言』を託す。ヴァインはちらりとノールの方を見て、頷いた。
「確かに伝えよう」
「よろしくお願いいたします」
などと白々しいやり取りをしていると、ノールが立ち上がった。
「行くぞ、ヴァイン! 次は剣の鍛錬の時間だったな!」
「はい、旦那様」
「今日もお話ありがとうございました、ノール様」
「う、うん! また来る!」
ノールはほとんど駆け足の速さで書庫を出ていく。その背中を、ミュスカはペンを強く胸に抱いて見送った。
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