媚び、売ります。~没落令嬢ですが売るものがなくなったので媚びを売ろうと思います、できるだけ高値で~

橙山 カカオ

第1話 帝都一番通りのいかがわしい看板

『媚び 売ります』


 ミュスカ・ディセイは、手書きの看板を傍らに立てて、一番通りの片隅で小さな椅子に座っていた。

 宮廷を望む一番通りには、宝飾、ドレス、書籍に時計、そしてもちろん美味しいお菓子――貴族が求めるあらゆる店が揃っている。馬車も通る広い道の雰囲気に、背筋を伸ばして座る女の姿は不思議と溶け込んでいた。

 服装は白葡萄色マスカットの細身のドレス。宝飾や手袋の類は着けていないシンプルな服装だ。穏やかそうな柔らかい顔立ちと濃い色の蒼眼に、青のショートヘアがあまり似合っていない。

 遠巻きに見つめる通行人の奇異の視線も気にせず、曖昧な笑みらしき表情を浮かべて静かに座っている。


「へえ。お嬢ちゃん、何を売ってるって?」


 彼女に声をかけたのは、一番通りにはあまりそぐわない大柄な男たちの一人だった。汚れたシャツを腕まくりして太い腕を見せつけている。後ろに従えた男たちが道具を持っているところを見ると、大工のようだ。


「媚びを売っております」

「どんなことをしてくれるんだァ?」


 何を想像したのか、大工の男が下卑た笑みを浮かべた。立ち止まる男たちを避けて、貴族らしい通行人が道を変える。そんな様子を気にするそぶりもなく、ミュスカは頷く。

 手袋も指輪もしていない手で、大工の男の手を取る。


「お? こんなところで何を……」

「力強く逞しい腕と指でございますね」


 ミュスカは視線を指先に落とす。倍ほどの厚さがありそうな手を支えるように触れ、色素の薄い唇からせせらぎのような言葉がこぼれる。


「哲学者ガウニス曰く、『真実とは哲学者や政治家の唇に宿るものではない。土を耕す農夫の腕に、丘を歩く羊飼いの足に、船を操る漁師の背に宿るのだ』。大工の方のお仕事をつぶさに存じているわけではありませんが、それでもあなた様の指が働く方の指であることはわかります。石を積み、柱を立て、漆喰を塗るこの手にも、真実の一端が宿っているのでしょう。雨風や獣に怯えることなく今宵を明かせる全ての人に代わり、感謝を捧げますわ」


 大工の男の喉から、言葉に詰まった音が漏れる。ミュスカは彼を見上げると曖昧な笑みを浮かべて見せた。


「こ、小娘が知ったような口を!」


 男は触れられていた手を振り払うと、硬貨袋から銅貨を数枚つまみ出してミュスカの手に握らせた。まあ、ありがとうございます、という声を無視して背を向け大股で通りを去っていく。


「行くぞお前ら!」

「親方、それは流石にダセェっす!」

「うるせェ!」


 賑やかな一団を見送って、ミュスカは手の中に残った銅貨を見つめる。削れてきている古い銅貨だが、それは彼女が一番通りで得た初めての報酬だった。


「銅貨が、三枚……」


 目標には程遠い。パンをひとつ買える程度の銅貨を見つめて、ミュスカは綻ぶように微笑んだ。


「『遠きに行くは必ず近きよりす』ね」

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