会話ログ抜粋(2018年11月17日 / 部室)

会話ログ抜粋(2018年11月17日 / 部室)

出席(仮名):二瓶(4年)、上里(4年)、河嶋(OB)、凪川(1年)

記録者:上里(メモより再構成)

議題:リリッカの“性質”について



二瓶:

それで、つまり俺が言いたいのは、リリッカっていわゆる“怨霊”じゃないと思うんだよな。


上里:

ん。理由は?


二瓶:

だって、誰かに恨みを持って出てくるとか、そういう因果が見えないじゃん。

八代家の話が出るまでは、正直どの家にもふらっと現れてたし。


凪川:

でも、嫌な感じはあるんですよね。あの虫、というか“それ”を見た人の感想って、たいてい共通してて。「見られた」「覚えられた気がする」って。そういうのって……怨念じゃないの?


河嶋:

いや、それは“祟り”の系譜じゃない。もっと無分別な、意味のないままに伝播していくやつ。

たとえば「見たら死ぬ」って話の源流みたいな。


二瓶:

あー、ビジュアル系のやつね。

呪いでも怨念でもない、でも「残留する何か」。そういう方向性?


上里:

ただ、あれだ。リリッカって、名前がついてるじゃん。そこが気になってて。

誰かが名づけたのか、それとも名づけられる“性質”を持ってたのか。


凪川:

それ、ちょっと怖くないですか?

最初から名前があって、それを人間の側が思い出してるみたいな感じ。


河嶋:

そう、で、それが「虫」っていうフォーマットをとって現れる。

誰もが「虫」と認識できるから、それで出てくる。

でも、本質はもっと違う。

怨念というより……んー、棲みつき? 寄り添い? いや、「通過」かもしれん。


上里:

通過?


河嶋:

うん。例えばだけど、“リリッカ”は「そこを通った」痕跡なんじゃないかと。

出てくる家って、何かが“通った”場所に共通点があるのかも。


凪川:

なんか地形の話してません?


二瓶:

それこそ、「川筋」の話に近いかもな。

昔、水の流れがあった場所には「祟り」が残るって言うし。


上里:

じゃあ、リリッカは祟り……とも違うのか。

“経路”としての存在? でも、なんの経路?


河嶋:

……それはたぶん、まだ名前がない。



二瓶:

それでもやっぱり気になるのは、最後に残る“痕”なんだよな。

押し入れの中とか、布団の下とか、ああいう密閉空間に残る“甘い匂い”。


上里:

あれを体験した人が3人いるんだっけ。

葉田の証言、覚えてる?


二瓶:

「あの匂いを嗅いだ夜、昔の夢を見た」ってやつ?


凪川:

その夢の話、わたしも読んだ。

「知らない家族とごはん食べてる」っていう……あれ、怖いですよ。


河嶋:

記憶の侵食だよな。

怨念は、対象に「怒り」をぶつけてくるけど、

リリッカの場合、「思い出を追加してくる」感じがある。


上里:

それ、かなり的確かも。

記憶に“生まれないはずの回想”を増やしてくる。


凪川:

それってつまり、リリッカは「誰かになろうとしてる」んじゃ?


二瓶:

あるいは、「誰かを思い出させようとしてる」存在かも。



河嶋:

よくさ、「リリッカの名前を忘れないで」ってメモが残ってたって証言、あるじゃん。

あれ、言い換えると「名前さえあれば戻ってこれる」ってことなんだよ。


凪川:

じゃあ、逆に言えば、名前を忘れたら消える?


二瓶:

消えるっていうか、“固着できなくなる”のかも。

リリッカって、どこにも定着できないままに流れてるなにかで、

そのための「名前」と「押し入れ」っていう仮の器が必要なんだ。


上里:

それ、怖いな。

うちの部屋の押し入れも、昔使ってた子ども部屋だったし。


河嶋:

“思い出されやすい場所”に棲むんだよ、あれは。

そして、思い出してくれる人がいなくなったとき、静かに消える。



凪川:

……リリッカって、寂しいのかな?


二瓶:

さあな。でも、そうだったとしても、

それを“人間の言葉”で説明するのは、違う気がする。


上里:

だからこそ、怨念じゃない。

もっと、言葉以前の……なにか、やわらかい災い。


河嶋:

……そうだな。

だからこそ、まだ誰も「正しく怖がること」ができてないんだ。



【ログ終了】

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