第15話 それぞれの距離感(リクト)



 「アレン、リクトのこと……もう嫌いになった?」


 夕方、薪割りを終えた僕に、リクトがぽつりと問いかけてきた。


 目元には、まだ涙の跡が残っている。


 「そんなわけないだろ」


 そう答えると、リクトはそっと僕の袖を握った。

 ほんの少し、手が震えていた。


 


 ■ ■ ■


 リクトはよく泣く。


 それも、僕の前でだけ。


 他の子と遊んでいるときには、強がるように大声を張り、冗談を言って笑いを取る。

 でも、何か失敗したとき、誰かに叱られたとき——泣くのは、必ず僕のそばに来てからだった。


 まるで、「アレンの前なら、泣いてもいい」と決めているかのように。


 


 ■ ■ ■


 けれど、ある日のこと。


 僕が少し強めの口調で注意したとき、リクトは目にいっぱい涙を溜めて叫んだ。


 「アレン、今日……やさしくない!」


 その声は怒りではなく、裏切られたような哀しさだった。


 僕が言葉を探しているうちに、彼は走って奥の部屋に隠れてしまった。


 


 ■ ■ ■


 しばらくして僕が様子を見に行くと、リクトは部屋の隅で膝を抱えていた。


 「他の人だったら、怒られても我慢できるんだ。でも……アレンは、ちがうと思ってたから」


 その言葉に、胸が詰まった。


 リクトにとって僕は、“泣ける大人”だった。


 でもその信頼は、僕の態度ひとつでぐらついてしまう。


 だからこそ、その距離感には慎重でいなければいけないのだと痛感した。


 


 ■ ■ ■


 次の日、リクトが何か失敗してしまったとき、僕はゆっくりしゃがんで言った。


 「怒ったんじゃないよ。リクトに“こうしたらもっといい”って思ったから伝えたんだ」


 「……怒ってる声じゃなかったら、ちょっと怖くなかったかも」


 「じゃあ、今度は言い方、もうちょっと考えるよ」


 リクトは小さく笑ってうなずいた。


 


——モノローグ(アレン)——

 子どもたちは、大人の“温度”を敏感に感じ取っている。


 誰にどこまで甘えられるのか。

 誰の前でどんな顔をしていいのか。


 それを、彼らは日々のやり取りの中で探っている。


 リクトにとって、僕は「涙を預けていい相手」だった。


 でもその信頼を重くさせすぎず、軽んじもしない——そんなバランスで寄り添い続けたいと思う。

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