陰キャな俺が勘違いで諦めかけたら、陽キャな幼馴染の隠しきれない本音が溢れ出した件
@flameflame
第1話
「はぁ……終わったな、俺の青春」
放課後の教室の隅っこで、俺、山田太郎は盛大にため息をついた。もちろん、周りに人がいないのを確認してからだ。人前でこんな湿っぽい姿なんて晒せるわけがない。俺は、陰キャ中の陰キャ。目立たない、話しかけられない、空気のような存在感を誇っている。
そんな俺の隣の席、いや、俺から一番遠い窓側の席では、クラスの人気者たちがキラキラと騒いでいた。その中心にいるのは、七瀬ひかり。俺の幼馴染であり、この学校で知らない者はいないと噂される、学校一の美少女だ。太陽みたいな笑顔で、誰にでも優しくて、明るくてポジティブ。まさに、俺とは真逆の人間。
ため息の原因? そりゃあ、ひかりのこと以外に何があるって言うんだ。
ひかりとは、物心ついた頃からの付き合いだ。団地が一緒で、小学校も中学校も同じ。高校だって、偶然にも同じところに受かってしまった。あ、もちろん、俺がひかりの受験校に合わせたとか、そんなロマンチックな話じゃない。ただの偶然だ。きっと。
俺は、ずっとひかりが好きだった。気づいた時にはもう手遅れだった。太陽みたいに輝くひかりの隣に、泥水みたいな自分がいるなんて、考えただけでも身の毛がよだつ。だから、この気持ちは胸の奥底に封印してきた。幼馴染という安全地帯から、彼女の輝きを眺めるだけで満足しようと。
……満足できるわけ、ないんだけどな。
そして今日、俺の小さな世界の平和が完全に崩壊した。
「七瀬さん、ちょっといいかな?」
そう言ってひかりに声をかけたのは、三年生の弓道部主将、一条隼人先輩だった。身長が高くて、顔も整っていて、弓道で鍛えられた無駄のない体。しかも爽やか。漫画から飛び出してきたような完璧なイケメンだ。
ひかりは「あ、一条先輩! はい、何でしょう?」って、いつもの太陽スマイル全開で対応してた。俺は、教室の隅で、まるで背中に「私はここにいません」って張り紙をしてるかのように身を縮めた。
一条先輩は、少し恥ずかしそうに頭を掻きながら言ったんだ。
「えっと、週末、もしよかったら一緒に……その、駅前の新しいカフェとか、どうかなって」
ひかりは「え?」って顔をして、それから「あ、なるほど!」ってポンと手を叩いた。「いいですね! ぜひ行きましょう!」
……は?
俺の頭の中は真っ白になった。一条先輩の誘いを、ひかりがOKした? あの、一条先輩の誘いを? 駅前の新しいカフェ? 週末? これはつまり、デートのお誘いでは?
俺は、その場で凍り付いた。心臓がドクドクうるさい。
ひかりは一条先輩と楽しそうに話してる。一条先輩も嬉しそうだ。その光景が、俺の目に突き刺さる。
ああ、やっぱりか。こんな暗い俺なんかじゃなくて、一条先輩みたいに明るくて爽やかな人が、ひかりにはお似合いなんだ。分かってた。分かってたけど、まさかこんなに早く、こんな形で現実を突きつけられるなんて。
心の中で、どす黒い感情が渦巻く。俺が、先に好きだったのに。先に好きになったのは、どう考えても俺だ。ひかりが一条先輩と話す前から、いや、一条先輩がこの世に存在する前から、俺はひかりのことが好きだった。なのに、俺は何のアクションも起こせなかった。ただ見ているだけだった。そして、他の男に彼女を取られそうになってるように見えた。
いや、取られそう、じゃない。もう、取られるんだ。時間の問題だ。一条先輩みたいな完璧な男に誘われて、ひかりが靡かないわけがない。
俺は、ギュッと目を閉じた。教室の喧騒が遠のいていく。
こんな感情を味わう日が来るなんて。しかも相手は、学校一の美少女で幼馴染。役満だ。クソみたいな役満だよ。
その日以来、俺の心の中の暗い感情は日々肥大化していった。ひかりと一条先輩が話しているのを見るたびに、胸が締め付けられる。
ひかりは相変わらず明るくて、俺にも分け隔てなく話しかけてくる。
「ねえ、太郎。今週末さ、駅前に新しいカフェできたらしいよ? 一条先輩が教えてくれたの!」
無邪気にそんなことを言ってくるひかりに、俺は「へ、へえ、そうなんだ」としか言えなかった。
「そうなんだ」じゃねえよ! そこにお前は一条先輩と行くんだろうが! 俺の目の前で、俺の心をえぐるようなことを言うなよ!
心の中で叫びまくりながら、俺は俯いた。
「どうしたの、太郎? なんか元気ないね?」
ひかりが俺の顔を覗き込んでくる。太陽みたいな笑顔が眩しい。
「いや、なんでもない。ちょっと、寝不足なだけ」
「もー、ちゃんと寝なきゃダメだよ! あ、そういえば、今週末のカフェ、太郎も一緒に行かない?」
「は?」
俺は素っ頓狂な声を上げた。
「な、何を言ってるんだ、ひかり……? そ、そこは、お前と一条先輩が……」
「え? あはは! 違う違う! 一条先輩ね、カフェのポイントカード集めてるんだって。で、『今週末、友達と行く予定だから、もし七瀬さんも行くならポイントカード使う?』って聞いてくれただけなんだよ。私は『あ、じゃあ、私も友達と行く時に使わせてもらいますね!』って言ったの」
ひかりはケラケラと笑う。俺は、固まった。
「友達……?」
「そうそう! だから、太郎と一緒に行こうと思ってさ! 新しいカフェ、行きたいでしょ?」
俺の目の前で、ひかりは首を傾げた。その顔は、いつもの無邪気な、俺だけに見せる(と思っている)顔だ。
……え? じゃあ、あの時の一条先輩の誘いは、デートじゃなくて、ポイントカードの話だったのか?
俺の、心の中の暗い感情が、音を立てて崩れていく。恥ずかしさと、安堵と、そしてまだ信じられない気持ちがないまぜになって、俺はひかりを見つめた。
「あ、そうか。一条先輩、友達と行くからポイントカード使うかって聞いてくれたんだ。ひかりが行くなら使わせてもらうって言ったのか」
ひかりは「うん!」と頷いた。
「つまり、俺の、完璧な早とちりだったわけだ」
俺は頭を抱えたくなった。ていうか、抱えた。
「え、早とちりって、何のこと?」
ひかりは不思議そうな顔をしている。
「いや、別に……なんでもない」
「もー、変な太郎! で、カフェ行くの? 行かないの? 私、太郎と行きたいんだけどなー」
ひかりが、少し拗ねたような顔をする。学校一の美少女が、俺に対してそんな顔をする。これが、現実なのか? まだ夢を見ているんじゃないのか?
「……行く」
俺は蚊の鳴くような声で答えた。
「よし! じゃあ週末ね! 楽しみだなー!」
ひかりは満面の笑みになった。
その笑顔を見て、俺は確信した。俺が勝手に一条先輩に彼女を取られると思って焦ってた間も、ひかりの気持ちは微塵も揺れていなかったんだ。ひかりが一条先輩にOKしたと思ったのも、ただの俺の勘違い。
「僕が先に好きだったのに……」なんて、情けない感情に浸ってたけど、もしかしたら、ひかりも俺のこと、本当に少しだけだけど、同じくらいに……いや、俺よりずっと前から好きでいてくれたんじゃないか?
そんな、ありえない、奇跡のような考えが、俺の頭の片隅をよぎった。
週末、ひかりと二人で駅前のカフェに行った。新しいお店はオシャレで、俺みたいな陰キャには場違いな感じだったけど、ひかりが隣にいるだけで、なぜか少しだけ自信が持てた気がした。
「ねえ、太郎。あのさ」
カフェラテを飲みながら、ひかりが少し真剣な顔で俺を見てきた。
「何?」
ドキドキする。何か、決定的なことを言われるんじゃないか。
「太郎さ、いつも私のこと、他の男の子と話してると変な顔するよね」
「へ、変な顔なんてしてない!」
思わず否定してしまった。
「してるよ。なんか、すごい悲しそうな顔っていうか……」
ひかりは俺の顔をじっと見つめる。俺は居心地が悪くなって、目を逸らした。
「そ、それは……」
「もしかしてさ」
ひかりの声のトーンが変わった。少し、期待しているような響きがあった。
「もしかして、太郎って、私のこと……好きなの?」
ドクン、と心臓が大きく跳ねた。心の中で封印してきた気持ちが、今、ひかりの言葉によって暴かれそうになっている。
逃げ出したい。でも、ひかりのまっすぐな瞳から、目を逸らすことができない。
「僕が先に好きだったのに」なんて、そんな情けないことじゃなくて、今、この瞬間に、正直な気持ちを伝えるべきなんじゃないか?
卑屈で、ネガティブで、自分に自信なんてこれっぽっちもない俺だけど、ひかりのその言葉に、勇気を出そうと思った。
「……ああ」
俺は、か細い声で答えた。
「好きだよ。ずっと、好きだった」
ひかりの目が、大きく見開かれた。それから、彼女の顔に、見たことがないくらい満面の、輝くような笑顔が広がった。それは、太陽よりも眩しくて、俺の暗い世界を一瞬で照らすようだった。
「なーんだ! やっぱりそうだったんだ! 私ね、気づいてたんだよ、うすうす!」
「う、うすうす?」
「うん! 太郎が他の女の子と話してる時、私だってモヤモヤしたもん! それって、絶対好きな気持ちでしょ?」
ひかりは嬉しそうに笑う。俺は、呆然とした。
「じゃあ、ひかりも……俺のこと?」
「もう! 当たり前でしょ! 私も、ずっと太郎のことが好きだったよ! こんなに鈍いんだから、私が言わないと分からないかなーって思ってたんだからね!」
ひかりは顔を真っ赤にして、でも弾けるような笑顔でそう言った。
俺の頭の中で、何かが弾けた音がした。
なんていうか、くだらない感情は、もうどこかへ消え去っていた。先に好きだったとか、後から好きになったとか、そんなのはどうでもよかった。
ただ、目の前にいる、俺の太陽みたいな幼馴染が、俺と同じ気持ちでいてくれた。それだけで、俺の卑屈でネガティブな世界は、一瞬で色づいた気がした。
「でも、一条先輩の時は……」
俺がまだ引っかかっている部分を口にすると、ひかりは吹き出した。
「あはは! だからあれは、ポイントカードの話だってば! それに、もし仮に、一条先輩が本当に私を誘ってくれたとしても、私が行くのは太郎とだってば! 一条先輩より、太郎の方がずっとずっと好きだもん!」
学校一の美少女が、顔を真っ赤にして、俺に好きだと言ってくれた。しかも、「ずっとずっと」と強調してくれた。
俺は、もう何も言えなかった。ただ、目の前のひかりの笑顔を、胸いっぱいに吸い込んだ。
大勘違いだった。でも、そのおかげで、俺は一番知りたかった、ひかりの本当の気持ちを知ることができた。
「なんか、俺って本当に馬鹿だな」
思わず口から出たのは、いつもの自虐的な言葉だった。
「もう! そういうこと言わないの!」
ひかりが、少し怒ったような顔で俺を睨む。
「だって、あんなに勝手に落ち込んで、勘違いして……」
「いいの! 太郎がどれだけ私のこと好きでいてくれたか、分かったから! はい、じゃあ、改めて!」
ひかりは、俺の目の前で、ニッコリと笑った。
「私、七瀬ひかりは、山田太郎くんのことが世界で一番大好きです! えっと、その……付き合ってください!」
カフェにいた他のお客さんが、一斉にこっちを見たような気がした。でも、もうどうでもよかった。
俺は、顔が熱くなるのを感じながら、震える声で答えた。
「……俺も、ひかりのことが大好きだ。その、よろしくお願いします」
俺の暗い高校生活に、ようやく、本物の太陽が昇った瞬間だった。
「ひかりが、世界で一番好きだ!」って、叫びたい気分だった。
まあ、それはさすがに、心の中だけにしておいたけど。
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