第51話

飛鳥あすかさんに『六番隊へ話を通そう』と言われて、早ひと月。


あれから、連絡は一向に来ていない。


初めは任務の調整にでも時間がかかっているのだろうと、楽観的に考えていた。

だが、こうもなんの動きもないと、少しずつ胸の奥がざわついてくる。


理紅りく〜暇してる〜?」


共有ルームのソファで携帯電話とにらめっこしていたら、この間のランク戦での俺の師匠であり無駄に騒がしい男、知逢ちかに後ろから話しかけられた。

ゴールデンウィークに差し掛かった今、8番隊の寮では休日を謳歌する学生達によって、陽の明るい内も賑やかだ。

かく言う俺も、同じように入寮入学と忙しなく動いていた4月が過ぎ、ようやく長い休みに入った今、任務も無い状態では正直大分暇を持て余していた。

だから余計、飛鳥さんからの音沙汰が無いことも気になって仕方がない。


「暇……だな。」


俺は、携帯の画面から顔を上げ、そう呟く。

後ろを振り返ってみれば、知逢が怖いくらいニンマリと笑っていた。


「ショッピング、行こ?」


▲▼


「…………で、なんで電気屋?」


伊桜莉いおりよ、彼らの部屋を見た事はあるかな?ちょっと殺風景すぎると思ってね。」


謎に得意気な知逢の横で、不覚にも『掃除当番変わるから!!』と言う知逢の言葉にやられて着いてくる事になってしまった、以前俺にサンドイッチをお裾分けしてくれた伊桜莉が、ピカピカしている店内にうんざりしたような顔をしている。


「悪いな。付き合ってもらっちゃって……俺達の部屋、カーテンも無くてさ……。」


でも別に俺が頼んだ訳じゃ無いけどな。と内心で呟きながら、同じように巻き込まれてしまった隣に立つ氷緑ひのりを、若干冷や汗をかきながら横目で盗み見る。


……表情が、無ぇ。


めんどくさそうな伊桜莉に対して、氷緑は無表情過ぎて今どんな気持ちなのか読めないのが、ちょっと困る。


「カーテンって、電気屋じゃなくない?」


怠そうに首を傾げた伊桜莉に、俺と知逢の声が「「確かに。」」と重なった。


「ッいいや、カーテンより勝る必要不可欠な物がここには沢山ある。理紅、それがなにか分かるか?」


知逢にビシッと指差されて、俺はたじろぐ。

部屋に必要不可欠な物……?


「……掃除機、とか?」


「掃除機……?」


俺の曖昧な回答が、伊桜莉によって繰り返された。


「んん〜!もっとあるでしょ!!冷蔵庫とか!!テレビとか!!」


知逢の大きなツッコミによって、「あ、ああ!言われてみればそうだな。」と俺もようやく理解出来てきた。

なるほど、他の人の部屋には大きめの家電すらも備わっているらしい。

だとすると、知逢の言うように俺たちの部屋は、俺が来た当初より少し物が入ったとはいえ、未だに相当殺風景なのだろう。


「んじゃ、こっからも見えてるテレビから行くって事?」


ゆったりと腕を上げた伊桜莉が示した方を見ると、確かに沢山の液晶に同じ映像が映っているのが見えた。


「そだね行こ行こ〜!綺麗な液晶にする?!大きい画面にする!?」


「いや、部屋に置くだけだし普通のサイズでいいんだけど。」


「え〜?いいの?理紅は、ゲームとかしない派?」


俺は歩き出した知逢を追う足を緩め、少しだけ目を瞬いた。

ゲーム……そういや持ってっていいって言われてたゲーム機があったな。


「ゲームする奴とか、いるのか?」


知逢と伊桜莉が振り返って、それぞれを指差す。


「「この人。」」


仲良しかよ。

そしてそのまま、何となくゲームの話で盛り上がる2人を眺めながら、俺は、ここまでまだ一言も発していない氷緑を振り返った。


「ひの君も……ゲームやる人?」


俯きがちだった氷緑は、俺の声に少し視線を上げた。

「やらない。」と、緩く首を振られるが、まあそうだよな。と納得できる。ゲームやる姿、想像出来ないもんな。


「じゃ、今度一緒にやろーぜ。」


俺はちょっと意を決して言ってみる。

その甲斐あって、氷緑は少し眉を顰めながら俺を見ている。

実に嫌そうだが、まあ、彼にとって新鮮な風を浴びせられた気がするから、良いだろう。

若干戸惑うように、はたまた最適解を探すように視線を彷徨わせると、やがて何かを諦めたように氷緑は小さくつぶやく。


「……俺とやっても、つまらないよ。」


彼は一体何に諦めてしまったのか。

何かと引き換えに出てきたようなその返事は、俺の中でそこまで意外な応えではなかった。

任務の時はあんなに頼り甲斐あるのに、妙な所で引いてしまう氷緑の性質を、まだ1ヶ月の付き合いだと言うのに、俺はなんとなく理解出来てきた気がする。

俺はちょっと笑いながら「そんなの、」と口火を切った。


「やってみないと分からないだろ。」


驚いたように目を見張った氷緑の答えを待たず、俺は話し込む知逢と伊桜莉の元へ駆け寄る。


「テレビ買うぞ!」


「おお〜!やる気じゃーん!それじゃでっかいの、買っちゃお〜!」


俺の勢いに、知逢も同調しとんでもなくどデカい液晶を指差している。

やる気のある俺は、「おー!でっかいの買ってやろーじゃん!」と意気込んでみるも、


「……ところで、お金ってどうなるんだ?」


テレビの隅に書かれた値段を見て、ピタリと固まった。

ゴジュウニマン??????

オッドルーク駆け出しの俺には、まだこんなに支払えるお金懐に無いんだが。

すると、知逢がフフンと鼻高々にポッケから一枚のカードを取り出した。


「まぁこれを見たまえよ。」


黒く輝くそれに、俺の目が眩む。


「……それは?」


「これは、香深から借りた"ブラックカード"。」


俺の口があんぐりと開いた。

ブラック……って確か、超すげぇ大金持ちの人しか持ってないやつじゃね?


「そ、そそそ、それで払うのか?!」


俺の動揺っぷりにも、知逢は、あたかも普通ですというように「そだよ〜」とカードをしまいながら軽く返しただけだったが、代わりに伊桜莉が補足してくれる。


「正確に言えば……あんた達の部屋に必要な物なら、これを使っていい。ね。」


に、にしたって本当に良いのだろうか。

香深には育ちが良さそうな印象が強くあったが、本当にとてつもなく家柄が良いみたいだ。

本当にこの組織、色んな人がいるよな。と最近よく思う。

庶民派な俺がどこか納得しきれないでいると、言葉に詰まりまくる俺の顔を見ていた伊桜莉が微笑した。


「その普通な反応、私は超よく分かるけど。でも、香深は昔からあの人に激甘だから、必要だって言えばどんだけ買っても怒らないと思うよ。最早。」


「あの人」と言って伊桜莉が視線を投げた先には、凪いだ表情でテレビの画面をボーッと眺める氷緑がいた。

香深が激甘な人物ってのは、どうやら氷緑のことらしい。

確かに、あの二人には不思議な信頼関係があるように見えていたが。

俺はもう一度、テレビの並ぶ景色をザッと一望する。


「……と、とりあえず、テレビは一番小さいやつにしようぜ。」


そう一人ごちていると、一番何も気にしてなさそうな知逢から「理紅〜!こっちにゲームも対応してる超でっかいテレビあるよ〜!!!」と言われ、さっきまでノリノリだった筈の俺からは、ハ、ハハ……と引きつった笑いが零れた。



▲▼


「んがーーーつーかーれーたーーー」


ぐでっとテーブルに突っ伏す伊桜莉から、歯の抜けたような声が漏れ出た。


なんやかんやあってかなり吟味した俺達は、電気屋で無事ある程度の買い物を終え、今は近くのカフェのテラスで休憩している。

ちなみに、部屋に置くには丁度良さそうな3万円位のテレビ、飲み物やコンビニで買ったシュークリームなどを保存しておけるような小さめの冷蔵庫、手軽にお湯を沸かすための電気ケトルなんかを購入した。

今後使うであろう俺用のノートパソコンも買ったのだが、「パソコンは組織の経費で落ちるんだから、狙うは超ハイスペック!超高性能機種!!!」と知逢達の押しに押され、正直違いがよく分からんがちょっと高めの物を買わせてもらった。


「ほんと悪いな、俺達の買い物に付き合って貰っちゃって。」


「ん〜ま、いーけど。それで?良い買い物は出来たの?」


体勢を戻した伊桜莉は、暑いのかパタパタと自身を手で仰ぎながら、気だるげに問いかけてくる。

俺がトイレに行っている間に知逢と氷緑は飲み物を買いに行ってしまったようで、今この席には俺と伊桜莉の二人だけしかいない。

「まぁ俺は良かったけど……」とチラと店内の方を見る。


「ひの君は、あんま物置きたくなかったかもしれないからなぁ。」


呟いた俺の言葉に、え〜?と呑気な声が返ってきた。


「本当に物置きたくなかったら、そもそも一緒に来ないんじゃないの?」


「……そうだよな。」


俺は足元の荷物に視線を落とす。

でかい家電は後で寮に直接届く為、今手元にあるのはその場で手に入った時計と電気ケトルくらいだ。

氷緑は基本何を買うにも「好きにすれば。」としか言わなかった。だから、何が部屋にあろうと、本当にどうでも良いのかもしれない。


でも……時計買う時だけは、少し嫌な顔されたんだよな。


まあ実際には、口頭で拒否された訳では全く無く、購入してもいいか聞いた時、いいよ。と言いながらほんの僅かに表情を曇らせたような気がしただけだが。


考え込んでいたら、飲み物を買いに行っていた二人が戻ってきた。


「はいはい、お待ちどうさま〜!」


オレンジジュースご注文のお客様〜と、知逢がまるで店員のような仕草で持っていた飲み物を置いているが、頼んだ物全員オレンジジュースだから意味無いぞそれ。


「どーもね〜。あ、それどっちも私のなんで、ここに置いてください。」


「お客様〜?お客様のお客様のお飲み物、横取りはいけませんぞ〜。」


「あんた店員なんじゃないの。」


そんな伊桜莉と知逢の茶番を尻目に、俺はコト……と目の前に置かれたジュースに目を向ける。


「お、サンキュー!」


両手で持っていたジュースを片方俺の前に置いた氷緑が、うん。と小さく返事をしてそっと椅子に座った。

そして、彼がストローを口に咥えながら、知逢と伊桜莉の珍道中を覇気のない顔で眺め始めるのを、俺はなんでかしばらく見ていた。

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