第三章『あまもり村』

第22話

それから知逢ちかに一報いれてひとり急いで寮に戻ると、リビングのダイニンクテーブルに香深かふかと、珍しく氷緑ひのりが座っていた。


「え!起きてるじゃん!」


初日ぶりに日中起きてるのを見て、訓練場から心も体も上擦り気味の俺は、素直な驚きが思わず口に出てしまった。

相変わらず全くの無反応な氷緑に替わって香深がふふっと笑うと、どうぞと俺を席に促してくれた。


「ランク戦、良かったね。」


椅子に座った俺に、香深がそう言って微笑んだ。


「え!なんで知ってんだ?」


俺は目を丸くした。

一緒に見てたのは知逢としきだけど、あの後直ぐに模擬戦行った感じを見ると、わざわざ俺の成績なんて教えてそうには無いしな。

まさか俺、そんなに浮かれてたか?


「ふふ、なんでだろうね」


しかし、珍しく香深は楽しそうに笑うだけで、詳しい理由は何も教えてくれなかった。

もし俺の浮かれ具合でバレたんなら、めっちゃ恥ずかしいんだが。


「それじゃ早速次の仕事なんだけど、2人には調査任務として数日間とある村に出張してもらいます。」


己の行動を省みながら若干の恥ずかしさに首をかいていた俺は、香深の言葉にえっと顔をあげた。


「出張?」


「うん、つまりしばらくその村で寝泊まりしてもらうことになるね。」


「し、知らない村で寝泊まり……?」


あまりにもサラッと言われるので、俺は目を白黒させた。

ここ数日俺の寝床とか言って騒いでたけど、結局しばらく寝床奪われんのかよ。

俺、自分のベットっていう定義がないと落ち着かないんだけど。

まさか二度目にして出張任務が与えられるとは露ほど思っておらず、微妙な心地になっている俺を他所に、香深はどんどん先を続けた。


「それで今から、その調査の説明をしようと思うんだけど……」


説明を聞きながら早くも生気が抜け始めたところで、リビングのドアがガチャっと開いた。


「ただいま〜〜〜〜っと」


見知らぬ逞しい短髪長身の男が入ってきて、その人は有り余る存在感でドカッと入口のそばのソファへ座った。

何より、まだ春だというのにタンクトップ……。

警戒しつつ凝視していると、すぐ側から歓迎の声が掛けられた。


登武とうむ!おかえりなさい、丁度今から説明しようとしてたところだよ。」


香深は彼とは見知った仲のようで、邪険にすることもなく親しげに声をかけた。

ということは、8番隊の人だろうか。

確か初日のすしの時に、まだ帰ってきてない隊員が一人いるって言ってたっけ。

ここまで色々ありすぎて、初日のことなんてもう忘れてしまったが。


「おおーすげぇ。ピッタリだな。 …んてことは、お宅が噂の新人?」


長い足を組みこちらを観察する彼は、

今まで会った人とまたひと味違う、随分と男らしい人だ。


「あ、はい、壱条 理紅いちじょう りくです。お世話になります。」


立ち上がって控え目に頭を下げると、その人もよいしょとソファから立ちこちらへ近づいて来た。

割と背丈が高いと自覚する俺だが、この人の方が大きい。……何か、負けた気がした。


「おう、八神 登武やがみ とうむだ。俺は戦闘要員じゃないから、大体は任務のサポート役を任されてる。何かあれば言えよ、よろしく。」


すっと差し出された手に倣って俺も手を差し出すと、ガシッと強めに握られた。……痛い。

こんな…めっちゃ筋肉質なのに、戦闘要員ではないんだ……?


そして俺の向かい側に、やっぱりドカッと効果音が聞こえる位の豪快さでもって、彼は勢い良く椅子に腰掛けた。


「ランク戦の間、先に登武が村の情報を集めに行ってくれてたんだ。だから、詳しい話は直接の方がいいと思ってね。」


「ああ、そうそう。」


登武は頷くと、俺と隣で一言も話さない氷緑を見比べた。


「香深、一つ確認だが、こいつらが担当って事で良いんだよな?」


采配はあんたが?と言う登武の質問に、隣に座る香深は肩を竦めた。


「まさか。飛鳥あすかさんからのご指名だよ。」


香深の言葉にそうだよな。と一度納得した様子の登武はスっと目を細め、今度は俺だけをじぃっと眺めた。

何やら意味ありげに眺められた俺は、何となくその圧から逃れたくて、座りながら若干身を引いた。

しかし、登武は眺めただけでそれ以上何も言わずに氷緑の方にも一瞬視線を移し、そして少し何かを考えるようにチラと上方へ外すと再び俺の方へ、今度はしっかりと照準を合わせて口を開いた。


「単刀直入に聞くが、理紅。雨森村って名前を聞いた事あるか?」


「……あ、あまもりむら?」


突然方向を変えた質問に戸惑いつつも、全力で記憶を辿ってみたが、全くもって知らない名前に緩く首を振った。


「いや……知らないです。」


分かりやすくギクシャクしている俺を見かねたのか、返答を聞いた登武はふっと脱力し、「悪い、緊張させたか?」とカラリと笑った。


「この”あまもり”村ってのは、今回二人に調査してもらうとこの名前だ。天気の雨に、木3つで”雨森”。」


すらすらと説明を始めた登武は、テーブルに転がった香深のボールペンで一緒に置いてあった付箋の端に村の名前を書いた。


「この村の情報は、数十年前の流行病で廃村の危機になって以来、更新がない。だから、実際のところ今はどうなっているかは分からないし、何故か村の住所だけがどの資料からも綺麗さっぱり消失してるから、今じゃどこにあるのかすら分からない。まあ簡単に言や、最早存在も怪しい"幻の村"だな。」


「幻の村……」


謎の多いワードに理解が追いつかない。

そもそも村一つ廃村させるような重病があるなら、病名くらい知っててもおかしく無さそうだけど。

俺が首を傾げていると、登武は興味出てきたか?と薄く口角を上げた。

そして、登武はカタンとボールペンを置き、今度は香深が広げていたノートパソコンを引き寄せてカタカタと何かを打ち始めた。

突然奪い取られたというのに、香深は何も言わず成り行きを見ている。


「んで、最近仕入れた噂によると、その"幻の村"には特別なルートを踏めば行くことができるらしい。……そしてその為の第一歩としてまず、この裏サイトへのログインが必要になる。」


「う、裏サイト?!」


住所不特定な村に裏サイトなんていう不穏な気配に、俺はゴクリと唾を飲み込んだ。

淡々と進めていく登武は、説明しながらこちらにパソコンの画面を向けてくれた。

真っ黒な画面にはサイトの情報なんかは一切なく、IDとパスワードだけが真ん中辺りに打ち込まれている。

……こんなん、どこからどう見ても、


「怪しい……」


困惑を隠せない俺から、つい心の声が漏れ出た。ハハッと快活な笑い声が聞こえ見上げると、楽しそうな登武はまあ見てなとそのまま躊躇無くEnterキーを押した。


「えっ!!ちょ……登武さん!?」


なんの迷いも無い動作にハラハラと、登武に声をかける。

しかし彼は、何も言わずに画面を覗いているばかりで全然怖がる素振りはない。


すると、ついに映っていたIDとパスワードが消え、画面全体が真っ暗になってしまった。


次に何が起こるのか、あわあわと成り行きを見守っていると、

間もなく画面中央にじわじわと白い文字が浮き出てきた。



──親愛なる 社会不適合者達へ──



浮き上がるものを読んだ瞬間、その怪しい文字列に一瞬吸い込まれそうな心地になった。

そしてすぐさま、その感覚をかき消すようにゾッと恐怖心が芽生える。

……この感じ、怖いもの見たさでつい心霊番組見ちゃう心理と似てる。


更に少し間を置いて、何やら数字と文字が浮かび上がってきた。

恐らくとある場所の住所だろうか……所々文字化けしていて読みづらいがギリギリ読めなくもない、ような。

……それと、隣の数字は察するに日時を表しているんだろうか。

眉間に皺を寄せながらまじまじと画面を見ていると、登武がパソコンの裏から手を回し、浮かび上がったそれらを指さした。


「これが例の雨森村に続くルートだ。まあ分かりやすく言えば、ここに書いてある日時にこの場所にいれば、迎えが来て雨森村に連れて行ってもらえる。」


「……は、はあ。」


俺のピンと来てない表情に、パソコンの為に前屈みだった登武は椅子の背にもたれ腕を組んだ。


「俺の見立てでは、この意味わからん最初の一文を魅力的に感じたやつらを集めた場所……つまり雨森村を、オッドが秘密裏に動かしてる。」


「えっオッドが?」


「ああ。そうだな……」


すると登武は頷きながらスマホを取り出し、タタタッと素早い手つきで何かを調べ、スっとこちらに画面を見せてきた。

写っていたのは、近頃よく見る火災事件の記事だ。


「最近、頻繁に起きてるこの火災事故については知ってるか?」


「?まあ、知ってますけど……」


突然の方向転換に俺は困惑しながらも、頷きを返す。

どの事故も出火元がはっきり推測出来ないのが不自然だと、SNSではちょっとした怪奇現象として話題になっている。


「実はこの事件での被害者の遺品調査中に、オッドピットの使われた指輪が見つかったんだ。その持ち主である被害者について調査を進めると、雨森村というワードがそいつのSNSから浮上した。『自分は選ばれた。ついに雨森村への切符を手に入れたんだ。』とかいう内容の、とある掲示板への書き込みだ。」


「へぇー……オッドピットの指輪を持ってた人が?…………ってそれが、雨森村をオッドが動かしてる事にどう繋がるんすか?」


普通にたまたま雨森村に行く予定だった被害者が、オッドピットの指輪を持ってただけ……かもしれないよな?

と、流れで一瞬理解した気もしたが、脳フル回転させて整理していたら、もうよく分かんなくなってきた。

そんな俺に登武も面白そうに「確かにな。」と言って頷く。


「事実、現時点では村とオッドに関係性なんてない。理紅の考えてる事は間違ってないぜ。……でもさ、そもそもオッドピットなんて代物、普通に過ごしてればそうやすやすと手に入れられるもんじゃないだろ?だが、そいつはどこからかそれを入手出来ていて、そんで更に、偶然にもそいつのSNSからは、雨森村という普通に過ごしてりゃ到底知る事の無い"幻の村"の情報が出てきた……なぁ理紅、何かこの話、」



登武から真っ直ぐ向けられた問いかけに、俺はぐっと息をのんだ。

よく考えたら確かに、普通に暮らしていればまずオッドの存在なんて知る事の無い話の筈だ。俺ですら、能力が発現するまでそんな事知らなかったし、今じゃ使用すら禁止のオッドピットの存在なんて、ついこの間知ったようなもんだ。

もし、仮に誰かが密売していたとしても、まともな場での取引にはならないだろうし、相当な値段かあるいは対価になるものが必要になるだろう。


……そんなものを手に入れているようなやつが、普通では知り得ない雨森村についてを知っていた上、死んでいる。

つまり村の事、ないしは何か大事なことを、可能性があるって事か?


突然今までの仮説が、ストンと胸に落ちてきた気がした。

この火災事故は、本当は第三者が関わった、"殺人事件"なのかもしれない。

しかも、その口封じの内容には、もしかしたらオッドが関わっているのかもしれない。

俺は、急激に事の重大さがわかり出して、あわあわと口の開閉を繰り返した。

あわあわとしながら、ふと氷緑を見ると相変わらず無表情のまま、無言でパソコンの画面を見ているだけだった。

そんな俺の純粋な反応に、登武が愉快そうに口を開いた。


「ハハッ。まあ最初に理紅が言っくれたように、まだ本当にこの事故と幻の村に関係性があるかは確定してない。もしかしたら有り得るかもなって言う仮定だ。その上もし事件と関係性があったとしたら余計、警察より先に俺たちはこの件に取り掛からなきゃならないだろ?」


「え……警察よりも先に……?」


事件性があるならいち早く警察に捜査してもらった方がいいような…?

首を傾げると、登武が「ああ、知らないのか?」と俺と同じように首を傾げながら呟き、香深を横目で見た。


すると、察した香深は何かを小声で登武に耳打ちした。

それを聞いた登武は「ほーん」と楽しげに俺を横目で見ながら頷くと、姿勢を戻し俺に改めて真っ直ぐな視線を向けた。

一体何事かと、俺の背筋が無意識に伸びた。


「理紅、人間がオッドピットを目視出来ない事は知ってるか?」


質問を受け、俺は初日の任務を思い出す。


「……あー確か、色んな物と混じってるから、オッドピットかどうかは解析しないと分からないんじゃ……?」


「ああ、大体のオッドピットは加工されてるな。そもそもなんで加工されてるかって言うと、オッドピットの本体をオッド以外の人間は直視することが出来ないからだ。……もし、間違って直視すると、」


「ちょ、直視すると……?」


まるで怖い話でもするかのように登武は声のトーンを落とし、ニヤリと悪い笑みを浮かべ、俺の眉間の辺りを指で差した。


「……上手いこと情報が処理出来なくて、脳が粉砕するんだ。」


「……」


粉砕。脳が?

ちょっと想像して、ピシリと体が固まった。恐い話だ。

更にそこへ、黙って聞いていた香深がそっと補足する。


「オッドは、直視しても何ともないから安心して。」


……いや安心とか以前に、言葉の理解が全然できないんだが。

柔らかな調子で笑っている香深に、心の中で密かにつっこむ。


「ってな訳で、オッドピットの存在を一般人に露見させたくないのは、そもそも扱えるのが俺たちオッドだけってのが、大前提であるからだ。だから、そこらの警察が嗅ぎつけて調査を始める前に、俺たちがオッドピットの情報を抹消しとかなきゃならねぇ。」


すらすらと話す登武に、なんだかややこしくて呆気に取られていると、登武は俺がいまいち理解出来てない事を察したようで、ハハッと軽快に笑った。


「いいか、もっと分かりやすく説明するぞ?つまり、今回のあんたらの任務は──────


”5日以内に雨森村の全貌を暴け"


ってことだ。」


ぽかんと口を開ける俺を他所に、思ったより簡単だろと登武は笑う。

5日……。

長いと感じればいいのか、短いと感じればいいのか。


もう一度、視界端のパソコン画面に浮かんだ怪しい文字に視線を戻す。その真っ暗な画面からこれからの事を想像すると、未知なる恐怖に俺の背筋を寒気が走った。

しかし、そんな恐怖知ったこっちゃないと、有無を言わせない空気を纏う目の前の依頼者達に俺は、


「う、うす。」


顔を引きつらせながら頷かざるを得なかった。

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