第20話
手に握られた2本のリボンがはためいている。
それを、強く握りしめた。
ゲームだと分かっていても、人が苦しんでいる姿を見るのは、酷く辛かった。
ドッドッドッ……
それにしても。
一体、俺の中で何が起こっていた?
未だ強く打ち続ける鼓動を治めるよう、一度深く息を吐く。
まるで……俺でいて俺じゃないような。
妙な気分だった。
「おい!あいつらどこ行きやがった!!!」
「探せ!!まだ近くに居るはずだ!!」
しかし、神様はそんな事を考える暇さえ、今の俺には与えてはくれないようだ。
怒声やら奇声やらが騒がしい。
外界の状況に耳を傾ければ、嫌でもさっきの取り巻きたちがどんどん近づいて来ていることに気づけた。
だが、さっき能力を連続で使ってしまった俺は、最早肩で息をし続ける始末だ。
こういう時、元々の能力値の低さにうんざりする。
はぁ、と俺はため息をひとつこぼした。
いずれにせよ、図らずもリボン2本獲得出来たことだし、当初の予定通りこっからは逃げて生き残り続けるっていうのもありだ。
気持ち的には、ちゃんと戦いたいが……
「あの人数を1人で相手できるのか、俺…」
相手は5人。
明らかな力の限界を感じながら戦って、あっさり負けた上獲得したリボンまで取られて…って展開が1番最悪だしなぁ。
──とか。
今思えばこんな屋上ど真ん中で、棒立ちで考えていたのが問題だった。
「こんにちは。」
突然冷えた声が聞こえ、さぁっと背筋が寒くなり体が硬直する。
───今、真後ろに誰かいる。
なんの気配も無く、背後を取られた俺の額を冷や汗が流れた。
「こ、こんにちは……」
震え声で同じように挨拶を返してはみたが、いつ留めが来てもおかしくない絶望的状況である。
だが、この間合いじゃ逃げようと少しでも動けば、間違いなく即殺られる。
今脱落しても、まだ100人近く生き残っている。
このままだと確実にランクインが難しくなってしまう。
どうにか時間稼ぎが出来ないかと、一生懸命に思考を巡らせてみる。
が、恐らく後数分ももたない。
とにかくこの背後のやつ、とんでもなく強そうである。
そもそもさっき外界に耳を傾けていた筈なのに、物音一つせずあっさり背後を取られた。
そして次どう動くつもりなのかも、全く見当のつかない殺気のなさ……
なんなら今背後に本当にいるかどうかも怪しいレベルだ。
とんでもない事態に、俺の第六感がやべぇと言っている。
冷や汗がダラダラと流れ、沈黙がとんでもなく長く感じた。
まさか、もういなくなった……?
ついに耐えきれなくなり、きっと気のせいだったんだと身構えながら後ろを確認しようと思った時だった。
「……さっきは、お見事でした。」
「えっ」
───────プッ
振り返る隙も答える隙も与えられず、ゆっくりとただ一言そう言われた俺は、次の瞬間には転送前の無機質な部屋へ、戻って来ていた。
ん?え、今何が起きた?
どういう状況なのか、ぼーっと天井を眺めていると
お疲れ様です〜とアトラクションの後のような明るい挨拶と、眩しいくらいの笑顔を向けた係の人がこちらへ駆け寄ってきた。
「最終戦の順位はそちらの装置でご確認くださいね!加点の入った成績発表は、後日に改めてお知らせされるのでそれまでお待ちください。
ではこれでランク戦は以上になりますので!この後は最後までご見学されても構いませんし、お帰り頂いても構いません。それでは、お疲れ様でしたー!」
係の人は矢継ぎ早に説明すると、続々と来ている次の脱落者の所へ行ってしまった。
言われた通り腕の装置で確認する。
『最終戦順位 132/187位
リボン切断者/夜桜 紫影
リボン総数 2』
と表示され、俺は頭を抱えた。
最終戦で100位切れなかったのはヤバすぎる。
なけなしの2本のリボンで加点に頼るしか無いが、恐らく基本の点数が低すぎるから全然期待できない。
最後俺の背後にいた人は、夜桜紫影と言う人らしい。
もしかして近づいていた赤い点の人か?とも思ったが、名前の横に数字が付いてないって事は隊には所属してないみたいだ。
って事は別にそんな強い人ではなかったのか……?あれで………??
「あー〜〜〜もうなーんも考えたくねぇわ。」
ため息混じりに呟くと、余計にどっと疲れが溢れてきてバーチャルな体の筈なのに全身が重くなる感じがした。
ランク戦始まる前は、試合は最後まで見ようとか思ってたけど、やめだやめだ。
早く帰って寝て、ぜーんぶ忘れてしまおう。
そう決心した俺はそのままふらふらと初めてのランク戦を後にした。
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東京支部本部 訓練場監視室(モニタールーム)
「なんでこんな奴らいれられたんだ?」
モニター前を陣取った男が顎の下で手を組んで、顔をゆがませながら呟いた。
いくつも並ぶ画面に写っているのは、リアルタイムで流れるランク戦の映像だ。
まるまる3日を使う長い戦いの最終日、いよいよ問題は大事になっていた。
まぁ最初からそうなる事は目に見えていたが。
バタバタといつになく騒がしい背後では、色々な資料が行き交っている。
生き残りゲームだというのに、わざわざ殺さないよう仕向けた戦いは、見ていても不快極まりない。
今すぐ止めろと荒れた人間も何人かいたが、団長からは戦いを中断しろというサインは何故だかでなかった為、あいつらは好き放題やり続けた。
「
隣で一緒にモニターを見ていた男が、半べそをかいている。
「そんな嫌なら休んでろよ。」
苦笑混じりにそう言うが、うぅと言いながらもその場を微塵も離れようとしない姿に、和泉は呆れ返った。
こいつの本質が、こういう事態を好んでいるとしか思えない。
この男は、残念ながらそういうやつだった。
「こんな非道、団長はなんで止めないんだよ〜」
「………まぁ、そのうち分かるさ。」
泣き言を言いつつもしっかりと画面を見ている男の言葉、「非道だ」と自分も少なからずそう思った瞬間があったが、恐らく何らかの考えがあるのだろう。
少なくとも、団長にもこうなる事が分かっていた筈だ。
要は全て分かっていながら、
和泉は今一度、配置図とモニターを見比べた。
この非常事態を身一つで止めることが出来るくせに、この惨状をすべて分かったうえでずーっと傍観し続けている人間が、一人。
「ほら、ムラサキ君が一体なにを考えてんだか知らないが……あれは多分、団長の差し金だぞ。」
明らかにいつでも殺れる間合いに立っておきながら、動く気配が一向にない。配置図を見れば明らかだ。
もう3人目になる生贄を、影から延々と監視し続けている。
「あいつ本当何やってんだよ!こんな非道になんも手出さずただ傍観してるだけなんて!!」
と叫んだ言葉とは裏腹に、この看護師は大層楽しそうである。この際、1番気持ち悪い。
そんな奇怪な奴を尻目に、和泉は改めて今回のランク戦を振り返り、参加者と今の状況を見比べる。
「はぁ……つくづく面白い人だよ、団長は。」
いくつかの想定しうる未来を考えそう呟けば、隣からマジなトーンで返事が返ってきた。
「え?お前…気持ち悪いなあ。」
「……………………………その言葉、そのままお返しするわ。」
え、なんで?ととぼけるこの
いや気づかないだろうな、一生。
はぁともう一度ため息をついて、画面に向き直る。
残酷なこの絵が終わる気配は、まだ感じられない。
一体誰が、この愚行を止めてくれるんだろうな。
その人物が恐らく今の団長のお気に入りだ。
「……は〜あ。」
あんまりにも分かりやすい話に、思わず口角が上がった。
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