第4話

────────────ッ!!


フワッと浮いた体は斜面に沿ってゆっくりと下に降りていく。

こんなに高く飛んだ事なかった俺は、宙に浮かんだ景色を初めて見た。


「お、お、俺、飛んでる……!」


淡く光る目を更に輝かせて、ゆっくりと流れる空中の風景に呆気に取られた。


「……うん。このまま着地まで集中切らさないでね。」


先に手を引いていた筈の氷緑ひのりは、俺が飛んだ反動で俺より少し後ろで、先を見据えていた。


「……滞空は問題無さそうだし、訓練すれば色々出来るようになるよ。」


そんな夢のある事を言われながら、徐々に自分の跳躍の力が減衰していくのを感じる。それと同時に地面に近づくスピードも上がってきた。体感だが、恐らく50段くらい飛んだと思う。高いとこから落ちているから、ゆっくり進んでいるとはいえいつ切れるか分からない己の能力への恐怖と、この狭い階段の幅に二人でどう上手く着地するのか分からず不安しかない俺に、今度は緊張が走る。


「次ど、どうすればいい?!もう力つきそうなんだけど!」


「…集中したままどっかでもう1回ジャンプして。」


至って冷静な氷緑からアドバイスを貰うも、明らかに自分の中にそんな余力がないと感じて焦る。


「無理!!わ、分かんねぇけど!!俺もう能力尽きそう!!」


バタバタと慌てる俺の声にやはり冷静な氷緑は、「あ。」と思い出したように呟いた。


「……能力値低いのか。」


そう言うやいなや、グッと後ろから手を引かれる。わっと体勢が後ろにそれた俺は、何事かと思って後ろを見る。

すると、手を引かれていた氷緑の瞳も淡く光り始めた。

他人の目が光る様を見るのは初めてで、ついぎょっとガン見してしまえば、逆に俺の集中はプツリと限界を迎えた。


「あ。」


そう思ったのもつかの間、体の支えがなくなる。


──お、落ちる……!!?!


衝撃に備えてギュッと目をつぶるも、思っていたよりもめちゃくちゃ早くドスっと何かに尻もちを着いた感覚がした。

俺が恐る恐る目を開けると、いつの間にかキラキラとした透明な板みたいなのが足場となって浮いていた。

これ、氷……?


「……」


ドッドッと打ち鳴らす心臓を抑えながら、俺は声もなく氷緑を見やる。無表情のまま立ち上がった彼は、何も発せず腰を抜かした俺の方へちらりと視線を寄越した。


「ああ…入口まで滑り台にするか迷ったけど、それはそれで着地難しいなと思ってやめた。」


「え?……あ、ど、どうも…?」


滑り台……??

普段の俺なら多少の突っ込みようがあったかもしれないが、死の恐怖を経験した直後の今の俺には、脳が上手く処理しきれず礼をする事しか出来なかった。

氷緑は座り込んだままの俺の腕を持ち上げて立たせると、足場からヒョイっと地面に降り立った。


「君の能力の限界が分かったから、このまま普通に降りよ。」


振り返ってそう言うと、彼はとんとんと先に降りてった。

とんでもない緩急の差に立ったまま3秒くらいあほ面をかましていたと思うが、はっと我に返って自分も地上に降り立った。




▲▼




無事に鳥居まで戻り俺が今朝通ってきた駅の方とは逆方面へ進むと、賑やかな商店街に到着した。


「本当にただの買い物なんだな……」


店の並ぶ歩行者天国を見ながら改めてため息を吐く。任務とかって言うから映画みたいなの想像してたし、思っていたような緊張感が全く感じられず、げんなりする。

時刻は17:04。丁度夕飯前の良い時間帯なのか商店街には人が行き交っている。


「さっさと済ませて帰ろう。」


氷緑が香深から渡された紙を見ながらそう言うとまた歩き出した。最初は肉屋か八百屋か…。


「疑問なんだけど、夕飯皆で食うの?」


後に続く俺は、メモを見た時から実は気になっていた事を聞いた。少し前を歩く氷緑が一瞬ちらっとこちらを見た。


「前に飛鳥あすかさんがそうしろって言ったからね。」


「……香深の話にも出てたけど、飛鳥さんて誰?」


「8番隊を世話してる人。」


「隊員?」


「違う 。団長の右腕。」


「へぇ~……」


団長の右腕の凄さがまだ分からない俺には、アホみたいな返事しか出来なかった。


「……ていうか、飛鳥さんに会ったことないの?」


今度は氷緑が怪訝そうな顔でこちらに質問した。この人結構表情が豊かなのかもしれない。

対して質問された俺は、昨日今日の出来事を振り返りながら天を仰ぐ。


「うん……俺まだ団長くらいしか会ったことないんだよな。」


「…………ふーーーーーーーん。」


長いな。

興味無さそうな返事の割にめちゃくちゃ気になってる事を全面に出すじゃん。

しかし、氷緑はふいと前を向いてそれきり何も聞いてこなかった。


それから間もなく、俺達は肉屋の前に着いた。


「あ、俺お金渡されたよ。」


ほらっと手の上に巾着を乗せる。


「……え、これの中?」


ポケットから出てきた高そうな巾着は、どうやら氷緑にも見覚えが無いようで聞き返された。


「うん、お金はそんな入ってなかったけどな。」


高そうだしあんまり外に出しとくのも良くないかと思い、お会計の時にまた出そう…と、再びポケットに戻そうと巾着を握りこもうとした──その時、


「「……!??!?」」


俺と氷緑の目の前で俺の持っていた巾着が、突然姿を消した。

落としたかと思って下を見るも、そもそもなんの音もしなかったし地面が見えるだけで何も落ちている気配は無い。


俺は顔面蒼白になりながら、慌てて氷緑を見やる。


「どどどどどういう状況???」


氷緑もさすがに驚いたようで何も言わず数秒2人で固まった。


──~♪


困惑する俺たちの間で急に氷緑の携帯電話が音を鳴らした。2人してビクッと肩を震わせ、氷緑は恐る恐る携帯の画面を見る。


「……香深だ。」


そしてそのまま電話に出た。


………や、やばいやばいやばいやばい。初日に財布失くしたとかバレたらやばい。


状況判断が全く追いつかない俺は顔面蒼白のまま巾着が落ちてないか辺りを必死に見回す。


「………了解」


一方で携帯を手に取る氷緑は、二言目には困惑していた表情がだるそうな顔に変わっていた。

そして早々に通話を終えると冷や汗タラタラな俺を見て、はぁとため息をついた。


「え、な、何て??」


先程の切迫した空気がまるで嘘のような氷緑の態度に俺の危機感も薄れていく。

一間あって億劫そうに氷緑が口を開いた。


「俺たちの財布を盗んだ犯人を捕まえる、任務だって。」


「……はい?」


状況が全く理解出来ない俺に、氷緑は苦虫を噛み潰したような顔をする。


「この商店街、17時~17時30分の間で不可解に財布やら商品やらが突然消える事件がここ3日くらいの間で多発してる。その原因は恐らくオッド。これからそいつを捕まえて本部に送る。理解出来た?」


「……買い出しは?」


「……最初から任務って言ったでしょ。だってさ。」


やっとの思いで飲み込んだ状況に、えぇと眉を顰める。

わざわざただの買い出し班だと思わせようとしたって事か?

俺はともかく、氷緑も一緒に……?


「何で……?」


そう首を傾げると、氷緑ははぁと呆れたように小さくため息をついた。


「本当、良い趣味してる。」


凪いだ目をして呟いた氷緑は、もう一度はぁと深くため息を吐いた。


「──始めようか、任務。」


全く緊張感の無い雰囲気の氷緑に、首を傾げていた俺もふっと笑いがこぼれた。

まだ全然よく知らないが、香深の楽しそうな笑顔だけは何故かしっかり思い浮ぶ。


こうして俺たちは、買い出しから任務遂行へ目的を変更する事になった。

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