第一章『オッド』

第1話

「うーん、このナビ壊れてんのかな…」


 高層ビルが立ち並ぶ駅前から少し、ちらほら見え始めた生活感のある家々を背に、俺は悩む。

 本当にここが、今日から寝泊まりする俺の家になるのだろうか、と。


 壱条 理紅いちじょう りく 十五歳 春


 世界の人口は約七十八億人、日本の人口は約一億人、その中のたった二百人程度がオッドと呼ばれる異能力者。オッドになった人間は、国の隠された警察組織〝ルークファクト〟に保護されている。

 

――そして俺は今日から、この組織の一員になった。


 ……とはいっても、俺はそんなに大それた力は持ってない。ただちょっと人より高く長く飛べちゃうな~くらいのもので、なんかすごい戦闘できるとかすごいもん生み出せるとか、全然そんなことはない。

 本来なら俺みたいな能力値の低いオッドは、保護されるだけで良い筈なんだ。


 だから、まさか入団と同時に家を出ろと言われるとは夢にも思わなかった。


 保護されている……つまり、団の中には〝守られている人〟と〝守っている人〟がいるのだ。こんな異質で希少な力を保持しているというだけでなにやら厄介事に巻き込まれてしまう事も少なくはないオッド達が、これまで通りの普通の日常を安心して過ごせるようにするためには、そういった事情に詳しい人たちからの陰の警護がどうにも必要になってしまう。

 では、そうした陰で守ってくれている人とはいったいどんな人なのかと言えば、能力値などを含めた入団試験に合格し、さらには経験を積み実力を認められた者しか入ることの出来ない特殊部隊に所属しているオッド、通称『オッドルーク』の人達である。

 そして俺が今、こうして新たな家を目指している理由はまさにこの〝守っている〟側、『オッドルーク』としていきなり入団させられたからだ。

 ほとんど説明もないまま、何でだと質問する余裕も与えられず、あれよあれよという間に入団と同時に俺の第8番隊への入隊が決まっていた。

 後から知った話だが、これは紛れもなく特殊な例だ。

普通は鍛錬を積んで隊に志願→合格→入隊、と同時に隊専用の寮に入寮……みたいな流れがあるんだが、俺はその過程を全部すっ飛ばして今、入寮の為にゴロゴロとキャリーを引いている。しかも、本部には昨日今日しか出入りしてないが、どうやら俺の入隊した八番隊って所はとんでもない強者が多いって噂を耳にしてしまった。

 もちろん後からちゃんと団長にどういうことなのか掛け合ってみたりもしたが、何だかのらりくらりとかわされ続けている。


 そんなこんなで、訳も分からず配属された八番隊の寮を探している最中、都内の中心ともする場所に何故かがっつり森が広がってるっていうこの更に訳の分からない状況。


「帰りてえ……」


 ため息交じりに手元のナビを何回か更新してみたけど、やっぱり目的地を指す場所は変わらなかった事に絶望した。

 元々東京に生まれ育った俺は人に比べて都会という街並みに慣れているつもりだったが、今目の前にそびえる明らかに手入れのされてない生い茂った木々には、さすがに驚愕を隠せない。

 しかし、本部で手続きの際に教えて貰った住所は明らかにこの先を指している。一応、この辺りを回ったりもしてみたが、ナビの目的地からはどんどん離れていく一方だった。

 先に八番隊の連絡先を教えて貰わなかった事を猛烈に悔やみつつ一回本部まで戻って改めて場所を教えてもらおうとも考えたが、団長はこの後しばらく外に出ると言っていたから今戻ってもきっともういないんだろう。

 ……目的地は恐らくこの階段の先だろうし、登りもしないで引き返すわけにもいかないか。

 そうして俺は、最早草が茂りすぎて先がどうなってるか分からない階段を見上げる。


「行くしかねぇか……!!」


 長考の末俺はようやく、大都市に伏在している怪しげな鳥居をくぐった。




▲▼




「……どんっっっだけ長いんだ、ここの階段はっ……!!」


 怒りをあらわにしながら俺はぜぇぜぇと息を整えた。

階段を登り初めて三十分、やっっっっとゴールに辿り着けた。あまりに終わりが見えなさすぎて途中で諦めそうになったが、ここまで来たら執念で登りきった。重いキャリーを引きながら。

 そして登り切ったは良いが、目の前には人がいる形跡のない古びた神社の敷地が広がっている。俺は、背中の長い階段をもう一度振り返ってみて、うんざりとして呟く。


「これでここが寮じゃなかったら、実家に帰るからな…」


 現状まったくもって正解が見えてこないが、手元のナビは明らかに先程より目的地に近づいているのは確かだった。

 もしかしたら、誰か人がいるのかもしれない、そう思ってぐったりとしつつもふらふらと本殿の方へ足を踏み出す。

 歩き始めれば神聖な場だからか、次第に俺の心も落ち着きを取り戻し、この閑散とした神社にも少し興味がわいて来た。少し見て回れば、神社は元々人で賑わっていたのかお守りやらが売っていただろう入れ物も、絵馬やおみくじが結んである場所も、砂埃がかかりながらもそのまま残されているようだった。古色した本殿も中まではよく見えないが、何かが置いてあるような気配は感じ取れる。

 ……きっと何か神さまが眠っているんだろう。

 参拝だけしておくか、と一旦目に入った賽銭箱に5円玉を入れ、目をつぶって俺は静かに手を合わせる。


「……今日中に寮にたどり着けますように……!」


 そう噛み締めながら呟く。すると、


「ゥニ゙ャー」


 突然足元から声が聞こえガチリと固まる。

 そして、何の気配もなくしかも参拝直後に音がしたので若干恐怖で震えながらも、恐る恐る足元を振り向いた。 

 ……かなりイガイガな声ではあったが、鳴き方的に十中八九猫だろうとは分かった、分かったけどな。

 見れば案の定、真っ黒の猫が少し離れたところでちょこんと座って、こちらを見上げていた。


「よ、良かった……」


 幽霊でも呼び起こしてたらどうしようかと思った。

ホッと胸を撫で下ろす。しかもイガイガ声の主らしく結構ぽってりした体型をしていて、なんか親しみやすい。


「……?あれ、お前…」


 しゃがみこみ黒猫をよく見ると、両目の色が違うことに気づいた。初めて見る不思議な目を思わずじーと見つめていると、こちらを見つめ返していた瞳がすいっと外れた。

 吸い込まれる勢いで魅入っていた俺がはっと我に返ると、黒猫はトトトっと背を向けて歩き出してしまう。


「あっ…」


 そもそもこれまで動物に接する事があんまり無かったので、歩いていく方向を見送りながら、いきなり訪れた別れに間抜けな声をひとつこぼす。

 すると、呼び止められたみたいに黒猫は少し進んだところでピタッと立ち止まり、顔だけでこちらを振り返ってしっぽをサッと振った。


──まるでこっちに来いって言ってるみたいに。


 思い違いかもしれないと思ってちょっと迷っていれば、俺が歩き出すのを待っているかのようにじっと猫はこちらを見続ける。半信半疑で俺は立ち上がり、ゆっくりと黒猫の方に歩み寄る。

 それを確認した猫は、満足げに目を一瞬パチリと閉じると、またふいっと前を向いて歩き出した。


「ほ、ほんとについて来いって言ってるのか…?」


 と、見ず知らずの猫に驚きと不安で困惑しながら、俺は後を追い始めた。

 道中俺が見失いそうになる度に、しっかりと振り返って待ってくれていた黒猫は、社のちょうど真後ろに来たあたりだろうか、足を止め一層生い茂る草を前に足元を見つめ座った。


「そこに何かあるのか?」


 追いついた俺も草むらを覗き込む。一見すると全然整備されてない草が生い茂っていて先なんか見えないし、あんなに長い階段を登ってきたんだ、草むらの向こうには恐らく急な斜面が広がっているんだろうなと思っていたが。

 そうして猫が見つめる先に目を凝らすと、


「……石?」


 草でよく見ないと全然気づかなそうだが、僅かに苔まみれの飛び石みたいなものが見えた。気づけば猫は催促するようにこちらをじっと見ていたので、そっと草をかき分けてやると、意外と大きく現れた石に黒猫はぴょんと飛び乗った。

 その様子をぼーっと伺っていると、そのさらに近くにあった別の石へと猫は飛び移って、こちらを振り返り座って俺を待つ姿勢を取った。


「え……まさか、奥に道が続いてるのか?」


 ゴクリとつばを飲み、俺も後に続いて足をかけてみる。そうして先をよくよく見てみると、緑に隠れて飛び石が転々と何個か連なっていて、どうやらこの先に何かがあると言うことは明白だった。草の間をするすると抜けながら進む黒猫を見失わないように、俺も草をかき分けながら必死に隠見するその道を進む。

 次第に当たりが明るくなって、あんなに行く手を阻んでいた草が急に消え、とうとう目の前に開けた場所が広がった。


「な、なんだここ…!!?」


 顔を上げて見渡せばそこには、立派な洋館がでかでかと建っていた。今までの日本色の強い景観からは一変してオシャレな栗色レンガの壁が印象的で、周りに広がる芝生には気持ちよさそうにゆらゆらと洗濯物が揺らめいている。

 先程とは打って変わって、ここには明らかに人の気配があった。


『──目的地に到着しました。ナビを終了します。』

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