週4勤務の魔王様

いぬぬ/犬怒

一日目「働きすぎは魔王にも毒です」

漆黒の玉座の間に、重く、だが妙に軽快な声が響いた。


「というわけで、我が魔王軍は――本日より週四勤務制を導入する!」


 その瞬間、室内の時が止まった。


 魔族たちは固まり、誰一人言葉を発しない。長きに渡り戦いを続けてきた魔王軍、その頂点に立つ存在――魔王ディオクレスの突然の宣言に、全員が理解を拒否した。


「……は?」


 最初に反応したのは、参謀長のヴァルデリオだ。鉄仮面をかぶり、常に冷静沈着を旨とする頭脳派将軍。だが今は、仮面の下で眉が引きつっているのが目に見えるようだった。


「失礼ながら陛下、それはどういう……?」


「そのままだ。週四勤務。働きすぎは毒だ。最近、目の下にクマができてな……おまけに魔力のキレも悪い。昨日なんてファイアボールを放ったら、誤って自室の冷蔵庫が爆発したぞ」


「……冷蔵庫?」


「貴様、冷蔵庫を知らんのか? 便利だぞ。プリンが冷えている。あと夜食にちょうどいい」


 プリンの話題で盛り上がる魔王をよそに、側近たちは必死に状況を整理しようとしていた。


「それで、週四とは具体的に……」


「月曜、火曜、木曜、金曜が出勤日。水曜と土日は休魔日。日曜は……まあ気分で出る」


「気分で!?」


「出勤する気が起きたらするし、起きなかったらしない。それが真の王の風格というものだ」


「社会人失格ですよ陛下……!」


 思わず突っ込んだのは、俺――アカリ・サトウ。異世界から転移してきて半年、なぜかこの魔王軍で『スケジュール管理担当』という謎ポジションに収まっている。


 元いた世界ではただの社畜、スケジュール表と会議室予約に命を削っていた俺が、異世界では魔王の勤務管理だ。なぜこんなことに。


 というか、俺の業務内容、どこかで見たことあるような気がするんだけど?


「で、サトウ。例のスケジュール表、直しておいてくれ。来週は温泉視察があるだろう」


「温泉視察? いや、あれ軍議って名前の会議だったはずじゃ――」


「軍議を開催する温泉宿を視察するんだ。私は偉いので」


 何が偉いのか分からないが、とにかく魔王は真剣だった。目がキラキラしている。くそ、なんだこの魔王。もしかしてちょっとかわいいのでは?


 否! 俺は社畜! 冷静に、そして事務的に対処しろ!


「では、勇者が襲来した場合は?」


 質問したのは筆頭魔導士のリシェル。眼鏡と白衣を装備した知性派美女だが、内面は一日三食チョコレートでも生きていけるほどの甘党だ。デスクの下の引き出しがすべてお菓子で埋まっているという都市伝説がある。


「勇者が来たらどうするって? うーん、門前に貼り紙でもしておけ」


 魔王はさらりと言った。


「『本日は休魔日です。ご用の方は週明けにお越しください』ってな」


「いや、宅配業者ですらそんな緩くないですよ!」


「私は勇者に優しいのだ。週末くらい休ませてやれ。どうせ倒せないし」


 魔王が笑う。自信たっぷりというより、面倒事から逃げたい笑顔である。


 この人ほんとに魔王か……?


「ところでサトウ、今日はもう水曜だな?」


「ええ、そうですけど……」


「ということは、私は休魔日だ。以上、解散。私は今から温泉カタログを吟味する。部下よ、風呂桶を持ってまいれ」


「魔王様、自前で桶持参スタイルなんですね……」


 玉座の間からはどんどん人が引いていき、気づけば俺だけが残されていた。


 ――やってられない。


 いや本当に、やってられない。


 異世界で冒険者になるか、魔法の才能を開花させるか、色々夢はあったのに、なぜ俺は魔王のスケジュール表を週7で書き換えているのか。


 これが本当のブラック企業なのでは? いや休魔日あるからグレーか?


 ……そんなことを考えていた、そのとき。


「おいサトウ、お前、温泉好きか?」


 ふと戻ってきた魔王が、妙に真剣な顔でそう言った。


「は?」


「来週の温泉視察、一人では寂しい。同行を許す。光栄に思え」


「……はい?」


「あと、旅館の予約よろしく。あと風呂上がりのプリンもな」


「魔王様のスローライフに俺を巻き込むなああああ!」


 叫びが、天井に虚しく反響した。

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