第5話 朝の仕入れ
朝になり、ベッドの中で伸びをする。
「んー! よく寝た!」
ネグリジェから部屋着に着替え、井戸水で顔を洗って目を覚ます。
バゲットを切り分け、ハムと葉野菜を挟んで朝ごはんだ。
もぐもぐと食べきると、お茶で一気に流し込む。
「――よし!」
ポーチとバックパックを用意して、道具を確認していく。
最後に
ふわりとウズメが浮き上がってきて
『おはよーなのです……』
「なんで精霊が寝坊するのよ……」
私たちは店内を経由して外に出た。
****
これだけ朝早いと、町に人影はない。
市場の方には居ると思うけど、あれは商業区の端の方だし。
通りを歩きながら、私の隣で浮いているウズメに告げる。
「ちょっと、なんで浮いてるのよ。
人に見られないうちに隠れなさいってば」
ウズメはとてもいい笑顔で答える。
『もう手遅れなのです!
昨日の歓迎会経由で遅かれ早かれ噂が流れるのです!』
こいつは……どこまで自己主張が激しいんだか。
町の裏手から出て、近くにある山に向かう。だいたい徒歩で一時間くらいだ。
朝もやが煙る中、冷たい空気を胸いっぱいに吸い込みながら山を登っていく。
ウズメは山道でも
『何をしに行くですか?』
「昨日、
目的の
≪保管≫の術式で鮮度を保たせ、バックパックに放り込んでいく。
途中で見つけたキイチゴを一つつまんで口に放り込む。うむ、甘い。
ウズメがきょとんとした顔で
『これで終わりですか?』
「そうだよ。摘み取りすぎると次が生えないでしょ」
レーベングラスもハーツブルートも常緑種だ。今摘み取らないといけない物じゃない。
――遠くで弓が鳴る音が聞こえた。
「猟師さんかな。気を付けながら山を下りようか」
『気を付けるのはクラウディアだけなのです!』
精霊は矢が当たっても問題ないらしい。本当にズルい存在だ。
慎重に山を下り、町まで戻る。朝九時ともなると、通りにはそこそこ人影が出始めた。
ウズメに視線が集まるのを感じながら、店まで道を歩いていく。
「ねぇ、やっぱり目立つんだけど……」
『気のせいなのです!』
パン屋で焼き立てのパンを何個か買ってから、私たちは店に戻った。
****
マティアスさんから受け取ってる部品は、まだ充分に数がある。
十個ほど取り出した部品それぞれに、≪鋭利≫と≪頑強≫を彫り込んでいく。
どこからかリズミカルに槌を振るう音が聞こえてくる――マティアスさんかな?
私もサクサクと魔道具の部品を作り上げていき、十個が終わる頃にはお昼になっていた。
「――ふぅ。これでおしまいっと」
炉で根菜のスープを作った
できあがったスープでパンを食べながら、ウズメに告げる。
「こんな生活だと、
『仕方ないのです。人間は食べないと生きていけないのです!』
うーん、一人暮らしって大変だなぁ。
昼食を食べ終わったら、店内を掃除して開店準備完了。
ドアの外のプレートを裏返し、『開店中』にした。
マティアスさんのお店も開店中なのを確認してから、店の中に戻った。
****
マティアスさんのお店に部品を持っていくと、やっぱり驚かれてしまった。
「……本当に十個揃えて来たのか」
「ですから、三十分で作れるって言ったじゃないですか」
三時間ちょっとで十個を作り終わったから、後半にはペースアップしてたと思う。
なんせ同じ刻印魔術を彫るだけだからね!
マティアスさんは言葉を失いかけていた。
「……嬢ちゃんの魔力、どうなってるんだ」
「あー、私は二等級ですよ。アネスさんは三等級でしたから、それで早いんじゃないですか?」
マティアスさんが唸りながら答える。
「貴族ってのは魔力が高いと聞いていたが……そんなに違うもんなのか。
ともかく、金貨十枚で買い取る」
私は笑顔で答える。
「毎度ありがとうございます!
昨日お渡しした試作品はどうでしたか?」
「ああ、あれも売り物になりそうだった。
だが魔石の消費が激しいな。王都から買い付けに来る商人にでも売ってみるさ。
あれも一個金貨一枚でいいか?」
「はい、それで大丈夫です!
余った魔道具の部品はどうしましょうか」
マティアスさんがニッと笑みを作って答える。
「また足りなくなったら発注するんだ。嬢ちゃんが保管しておきな」
「はーい、わかりました」
私はお代を受け取ると、マティアスさんの店を出た。
****
お店に戻ると、中でアンドレさんが待っていた。
「やぁクラウディア。昨日の注文を持ってきたよ。確認してほしい」
私は
「あ、魔石ですね。足元の木箱ですか?」
アンドレさんが頷いて木箱のふたを開けると、中にはぎっしり小型の魔石が詰まっていた。
「お代は金貨五枚だ。払えるかな?」
「あ、はーい」
私はマティアスさんから受け取ったばかりの金貨から五枚を取り出し、アンドレさんに渡す。
「……うん、ちょうど五枚だね。またごひいきに」
アンドレさんはそのまますんなりとお店を出ていった。
店番をしていたウズメに
「なにか会話してたの?」
ウズメが眉をひそめて答える。
『それが……黙ってお店に入ってきたら、黙って立ってるだけだったのです。
ちょっと怖かったのです!』
口数が少ない人なんだろうなぁ。
金貨を金庫にしまい、帳簿に売り上げと支出を記入していく。
魔石の木箱を「よいしょっ!」と持ち上げ、保管庫に運んでいった。
お客さんが来ない暇な時間は、カウンターを
それも終わると暇なので、私は店内の魔導書を手に取ってカウンターで読み始める。
ウズメがぽつりと
『今日はお客さんが来ませんですねぇ』
「そんなもんじゃない? 魔道具って高いし」
庶民が簡単に買える品じゃないのは確かだ。
それでも商売が成り立つのは、
今日は探求に来る人がいない日だったんだろう。
魔導書を読み終え、棚に戻しているとカランコロンとドアベルが鳴った。
「――あ、いらっしゃいませー!」
店内に入ってきたのは、侍女のお仕着せを着た若い女性――ラヴィニア?!
私はラヴィニアに駆け寄って
「なんで?! なんでラヴィニアが来てるの?!」
ラヴィニアがニコリと
「旦那様の命により、クラウディアお嬢様のお世話をしにまいりました」
「お父様の?! でも、『一人で暮らししていい』って言ってくれたのに?!」
「お嬢様はまだ十四歳、未成年です。
なにより婚約が進みつつある中、『万が一』があってはなりません。
私はそのお目付け役です」
万が一? どういう意味だろう?
私が小首を傾げていると、ラヴィニアが鞄を片手に私に告げる。
「客間があると
「あ、はーい」
私はラヴィニアを連れて、客間へ案内した。
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