炎蒸と過冷却W密室事件part.2 違和感
その彼の活躍を聞いて。秋風さんは何となく「凄いじゃん! そんな名人がいるんだね」と疑問を持たなかったが。
少しでも齧ったことのある僕だからか。
先輩に対して異様な嫌悪感を抱いていた。僕だけ、だろうか。勝俣や雪平さんは無表情だ。菜月さんは最初からムスッとしたままだから何を考えているかは分からない。
僕の感情に気付かず、男の子は話を続けていく。
「そんな彼に憧れて今があるって感じですね。自分もいつか、カードゲームで強くなって最強を目指してやるって感じなんですが、それって正しいんでしょうかねって。親にも反対されちゃって。困ったものです! でも、引退してしまったあの人の想いを継ぐのも大事なことじゃないかなと!」
僕は嫌な気分しかしていない。
だから勝俣よりも早く口を動かしていた。
「ねぇ……その人ってゲーム友達みたいなもの?」
「ええ! 何度も自分を打ち負かしてくれて! 最初はただ強いデッキを使っていれば楽勝っていう自分を打ち負かしてくれたんですよ!」
デッキとは。各々が自由に持つことのできるカードの束のことをいう。20枚とか、60枚とか決まりがあって、その中でルールはあれど自由にカードの種類を決めることができるのだ。
そんなことを勝俣の耳に口を近づけて呟くと共に疑問を吐いた。
「……でも、そのカード裁き……シャッフルだけどさ、自分でシャッフルするってルール違反じゃない? やり方としては自分がシャッフルした後にカードの束をシャッフルするんじゃないっけ?」
彼は首を横に振る。
「いえ、そんなことしなくてもカードは全部裏になっているし、分かんないはずです……まぁ、今はそういうの多いですけど。数年前は病気が流行ってたでしょ? そのせいでみんな、マスクして自分のカードは自分でシャッフルしてましたね。下手に触って、病気を映し合っても困るってことで。って言っても、何考えてるんですか? もしかして……」
疑っていることを悟られたか。そう思うものの彼は平気な様子で喋る。
「別にそのカードが誰もが魔法のデッキっていうのは、ないですよ。自分も使わせてもらったけど、問題なく負けましたから」
勝俣は少し険しい顔になって話の続きを急かしていた。
「なぁ……その人、何かやってたか? ゲン担ぎみたいなのは……」
「んん? どうして、そっちの話に……? って、まぁ、そうですよね。憧れてる人のやり方をしっかり見てるかって聞きたいんですよね! 憧れてるなら、プロのやり方を覚えているか、試されているんですねっ!」
「ああ……」
「いつも野菜ニンニクマシマシラーメンを食べてるって言ってます。勝負事の前では力を付けるために……ああ! 臭いに関してはそこまで気にならなかったんですよ! ちゃんとブレスケア使ってましたし! いつもグレープフルーツの消臭剤とか制汗剤もちゃんとそろえてました! いやぁ、あの人一番気にしてた方じゃないですかね! 僕の方が」
「ストップストップ。他にルーティンとかは?」
「ああ! 後はしきりに水を飲んでましたね。塩辛いものを食べた後なんだから、当たり前ですが。で、よくシャッフル時には顔を近づけて……『自分は透視ができるんだ』なんて言ってたんですよね。ちなみに透視はズルじゃないですからね」
本当に爛々と上機嫌で先輩のことを語っていく。勝俣が試す意味もなかったかのような、話だった。
「じゃあ、その力を得れば勝てるようになると?」
「ええ! 弱いデッキでも勝てるようになる。いや、弱いからこそ……! その栄光を掴めるってことが分かりましたから!」
「……この話は考えてもいいか……少しこっちも考える時間が欲しい」
「ああ……いい意見はカレーみたいに熟成させないとってことですか!?」
「分かりましたよー! 次の開店の終わりごろに来れば、いいですかね」
「あっ……ああ……!」
その問いに応じると、彼はスキップして外へと出て行った。
次の瞬間だった。近くにいる僕に告げる。
「紙とペンを」
「えっ?」
「ないのか?」
「いや、あるけど」
レシピを作ろうとしている。今の話で彼は何かを推理したことになる。その先の結果は何となく見えているが。
皆はまだ分からずポカンとしている。菜月さんなんかは首を傾げて、口を開けたまま。
「何してんの? 今ので何が……?」
秋風さんはすぐに感動した勢いを僕等に伝えてきた。
「何か変なことでもあった。昔消えちゃった大切な戦友の夢を叶える、みたいな感じ、めっちゃ! いいじゃん!」
でも、だ。どうやら雪平さんは分かっていたようで。
「でも、なんか今の変だ……何か……そんなにうまくいくかな。料理だって同じ……いつも同じ味にできるとは限らないのに……同じ結果になるのは……」
偶然にも男三人が気付けた違和感。
すぐに勝俣がレシピを書きだしていた。
『パン 2枚
レタス 1枚
ハム 1枚
ガーリックソース 適量 ハムに塗る
マヨネーズ 適量
からし 適量
ブルーチーズ 一つまみ ハムに塗る』
ガーリックとブルーチーズ。
その瞬間にトリックはだいたい分かった。雪平さんが呟いていく。
「臭い、だな」
菜月さんはそこを否定する。
「おーい、友継、どーしたー? これ、今日のサンドウィッチのレシピを書き足しただけじゃないの?」
「いや……ブルーチーズは臭いが強い。こんなに……適当に使うんじゃなく、もっと臭い消しになるものを入れたりした方がいい……それなのに、こうしてるってことは……」
僕は勝俣の隣で喋り出す。
「それって……勝俣……このサンドウィッチをカードとして捉えてるんだな」
「ど、どういうこと!?」
秋風さんがまだ困惑しているから、細かい説明を入れる。
「サンドウィッチのパンやレタス、それをカードとして捉えているんじゃないかな。まるでカードのようじゃん……まぁ、何十枚もある訳じゃないけど。ハムはその目的のカードってことじゃないかな……!」
「それにガーリックソースやマヨネーズを塗った来るって……えっ? それって、もしかして……その先輩ってもしかして……」
秋風さんが勘づいたところで菜月さんも腕を組んで喋っていく。
「なるほど……カードにそういう臭いを付けてたってことね。カードに顔を近づけているのもそうだし。水を飲むっていうのはマスクを取って、カードの表面の臭いを嗅ぐっていう行動を誤魔化すための理由付けね」
他にも説明できるものはある。
わざわざラーメンを食べて、ブレスケアを使ったのもそう。ブレスケアで匂いを誤魔化そうとしているのだ。意外と自分の臭いは気付きにくいが、相手からの臭いというのは感じることが多い。
それを逆手に取って、カードから出ている異臭を誤魔化したのだ。
すぐ反論もあった。
「で、でも実際にそのカードを使ってみて変なところはないって言ってたけど、あれは? 一度塗ったら、変な匂いそう簡単に落とせるかな?」
カードゲームならできることを知っている。
「あるよ。スリーブっていうのがあるから。カードを守る保護の袋みたいなものかな。トランプにはないけど……。スリーブに塗っておけば、スリーブを入れ替えるか、そもそもスリーブを取って渡せば問題ないよ。まぁ、こういう手段だったからこそ、スリーブやカードの性質をチェックされるかもしれない、厳しい判定の大会には出られなかったし……病気の流行りが終わる頃には引退せざるを得なかったんだろうけどね……」
今はもうスッキリしている。とは、言えなかった。
何故なら、一番の謎が残っている。何故、勝俣が推理レシピをわざわざ作ったのか、だ。
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