スンドゥブチゲの甘いアリバイpart.11 眠らせる

 空気が固まった。このまま進めると、とんでもないことになりそうだ。証拠に鶴本くんの目が虚ろになっている。


「……お、お前……お前……」


 僕は鈴見さんまでもが驚いて動かなくなったのを観察しながら、推理を語っていく。


「ううん、正しくは事故に関してはもしかしたら本当に事故って可能性が高いかな。流石にそんな痛い思いはしたくもない、と思うから」


 沈黙が辺りを支配する。知っているのだ。

 勝俣が書いてくれたレシピ。チャジャンミョンからその真実が分かる。

 韓国にあるブラックデー。つまるところ、4月の14日にある恋人をいない男女同士でチャジャンミョンという麺料理を食べるらしい。

 彼が言いたかったことは一つ。

 自作自演で彼女の気を惹こうとしていたのだ。相手を事故の目撃者にすることによって、鈴見さんと繋がりを作りたかったのもあるだろう。

 二人のカーストランクは高くありつつも違う場所にいる。だから、きっかけが。気を惹くきっかけが欲しかった。

 そのチャンスがきっと鶴本くんが自損事故を起こした時だった。下に鈴見さんがいたことを知って、できる限りは近づきたいと思った。痛みの中でも、たくましいことだ。

 恋をしていることの手掛かりもあった。

 突然出てきた鈴見さんのSNSへのいいね。何かあったから、彼女に興味を持ったのではないか。SNS越しにいいねを送ることで自分の存在を主張しようとしたのではないか。調べてみたら、それが鶴本くんのアカウントであることも分かっていた。

 だから言えば良い。

 「鶴本くんは鈴見さんのことが好きだったんじゃないのかな」と。


「ってことは、つまり……」


 秋風さんが真相に辿り着く前に、僕が言わなくては。間違えた選択が僕達の今後を決めてしまうのだから。

 今は彼の「好きの感情」を眠らせておこう。


「……少しは協力してもらいたいなって思ったんじゃないかな。ほらほら! 言ってたじゃん! うまく話せないって! 女子との軋轢あつれきがあるみたいで……!」

「はっ?」


 たぶん鶴本くんは予想していなかったのだろう。この僕のおかしな言動を。てっきり全て見抜かれ、話されることを覚悟していたのだろう。今も尚、握っている拳が硬そうなのが状況証拠。

 ただ、それを和らげたい。


「こんなことになっちゃったけど、鈴見さん、鶴本くんは仲良くなってクラスの中を盛り上げたいだけなんじゃないかな……。だから、ちょいちょい反応してみせたり……」


 その必死さは秋風さんにも届いてくれたようで。まだ僕に警戒心のようなものを抱いている鈴見さんにも言葉を伝えてくれた。


「そうだね。これから体育祭だって文化祭だってあるんだし、もうちょっと交流を多くしてもいいかもね。まだ始まったばかりで、みんながみんなまだみんなのことを知らないからさ。こういうことで一つ一つ、しっかりとまとまっていくのもいいかもなって……そのちゃっかりと言うか、勇気と言うか、そういうのは認めてあげてもいいんじゃないかなって思うんだよね」


 鈴見さんと鶴本くんが目を合わせていく。途中少し唇をもごもごしている両者。

 意外だな、と驚いていた。

 何たって二人共難の無い高校生活を、青春を送れていると信じていたから。僕より何かができて、僕よりも目立っていて。不満の無い生活。あったとしてもそれは僕には到底理解のできない高貴なことだと思っていたから。

 鶴本くんは些細なことで悩んで。些細なように見えて、それはとんでもなく大きくて。心の中で残り続けていて。

 鈴見さんはテンションの高い人に思えて。実は過去の事件を引きずっていて。ずっと怯えていて。

 高校生活を波瀾のものにしようとしていた。

 ただ、今のことで少しだけ、ほんの少しだけ鶴本くんが更に格好良くも見えた気がする。次の瞬間、机越しの鈴見さんに放った言葉も一因だ。


「……悪かったな。何か、変な感じで仲良くしようだなんてやっちまって……そんな過去を知らなかったとはいえ、トラウマを思い出させちまったってのも……」

「あっ、いや……」

「でも、なんかあったら。SNSでこっそりでもいい。教えてくれれば。そんな奴、俺がぶっ飛ばしてでも何でもやるからさっ! もう心配いらねぇぞ。何か見ちゃった時は俺に言ってくれ……!」


 一旦の沈黙。

 いきなりの守る宣言が良くなったか。そう思ったものの、鈴見さんはかなり穏やかな顔を見せた。クラスの中では見せたことのない、僕にとっては初めての笑顔。まるで本当に心から笑っているみたいでもあった。


「ありがと……! 二人もよく真実を見抜いてくれたね。これって滅茶苦茶凄いことなんじゃないの?」


 何か頼ってくれていることが伺えた。だから頬を掻きつつ、格好を付けてみた。


「ま、まぁ、何か怖いものがあったら、学園喫茶に来てくれてもいいかも。何か相談には乗れるかもだから……ここには、みんながいるから」


 秋風さんも同じく。


「同じ女の子として、男子に言えないことも聞くよー! 不埒な男が原因だったら、うちの女性組でそれはもう、立ち上がれなくなる位、最悪な目に遭わせてやるんだから!」

「ちょ、ちょ、こわ……敵に回したくないな」


 その言葉で明るい雰囲気を出たのか。皆が笑いに包まれる。

 何とかかんとか、ハッピーエンドになった気がする。もし、あの時「好きの言葉」を選んでいたとしたら。その先の展開がどうなっていたことか。

 恐ろしくて考えることもできない。

 そのままクラスの中は鍋みたいだ、という話で盛り上がっていく。鶴本くん達はお肉みたいな話になっているけれども。


「やっぱ、〆のラーメンだよね。桜木くん。やっぱカップラーメンだよ」

「秋風さん、その話、まだ続いていたの?」


 そこに鈴見さんの変な考察まで入ってくる始末。


「うけるー! って待って! 桜木……桜って春ってことだよね」


 応じるは鶴本くん。


「そうだな……」

「で、レインだったよね! ってことは、春の雨、春雨はるさめじゃん!」

「あっ、確かに! よく気付いたな!」

「でしょでしょ!」

「じゃあ、次から桜木は春雨ちゃんということで!」


 僕の渾名はそれに決まったのか、と圧倒されている合間に秋風さんからも呼ばれ始めた。


「はーるさーめちゃん! そうだ! 今度、春雨スープでも出してみるか!」

「いいねいいね! 春雨ちゃん特性、激辛春雨スープとか!」


 何だか、僕専用のメニューまでできる始末。これが青春なのか、それとも。ただの春雨なのか。

 幸せなのか、それともただただくすぐったい気持ちなのか。

 感情の中にいる間、後ろから誰かの視線を感じた気がした。


「あれ……」


 背後、廊下の外にはいない。僕の異変に気付いたのは鶴本くんだ。


「どうしたんだ?」

「いや、何でもない」


 僕が歩いた選択が何処へ向かうのか。今の視線と僕の考えがこの先、交差していくことを誰も知らなかった。

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