スンドゥブチゲの甘いアリバイpart.6 実食

 勝俣が勢いよく言い放ったところだった。

 ウェイトレスの「お待たせしましたー!」の声がよく響く。と同時に提供されるスンドゥブの辛そうな匂いやら、塩味の香りやらが鼻孔に染み渡っていく。

 ただ勝俣はすぐに目に手を当てていた。どうやらあまりの刺激が目にまで入ったらしい。それが喉に繋がったのか、食べる前からコップの水を飲み干していた。

 僕の方はあさりが入った、スンドゥブだ。中にはにらやイカも入っていて、鍋料理としては申し分のないボリュームだ。

 右手の方向には白米もある。

 僕達三人の「いただきます!」の声が広がったら、まずは食事タイム。

 口の中に広がるのはあさりのコクのある美味しさ。塩味が効いている。イカも弾力が有り余って、口の中で出汁がはじけている。おっとりとして、しつこくなく。幾らでも飲めてしまう海鮮スープをスプーンで使って、白米に掛けていく。

 辛くなくても病みつきになってしまう。豆腐はまさに美味しさが詰められている。こんなに美味しい豆腐自体を食べるのが初めてかもしれない。これはまさに角で人を殺せる豆腐と言えるのかもしれない。それ程に魅力的。


「ぷはっー!」


 スンドゥブチゲを食べている秋風さん。彼女はとっても気持ちよさそう。何だかお風呂屋さんで整ったおじさんのような、それでいて可愛らしい顔つきを保っている。汗を掻いて目を細める姿は勝俣がじっと見つめていた。


「って、アンタもちゃんと食べなさいよー!」

「ちょ、ちょい待ちよ……すげぇ、熱いんだぞ。さっきまで火でコトコト煮詰めてんの、ここから見えるんだぞ……? 器だって……!」

「大丈夫よ。ってか熱い方が美味しいじゃない」

「熱いと辛くて……ああ、分かった! そんな目で見るな! いってやるぜ! かれぇ! でも、うめぇ! 牛筋が入ってんな! これ!」

「でしょー! ボリュームあるよね。桜木くんもそう思うでしょ?」


 その話に対し、大きく頷いた後。アリバイ写真のことを忘却しないように話題を出していく。


「で、アリバイを崩す方法とは」


 勝俣が喋れない状態であるため、秋風さんが考えて喋っていく。


「アリバイね。その写真が偽物だってことが分かれば、いいのよ。つまるところ……ここで食べてないで、お持ち帰りができればってことで。桜木くんが何処かって分かる程、背景が写っていないから、もしかしたら……」


 すぐにスマートフォンを操作したのは勝俣。すぐに若い女性店員がやってくる。


「何でしょうか?」

「ここ、テイクアウトはダメって聞きましたが、残ったのは持ち帰り可能ですか?」

「無理です。激辛、頑張って食べてくださいね」

「だ、そうだ……」


 調査のために聞いたのか。それとも本当に持ち帰りをしようとしていたのか。真意は分からないが。どうやら少しずつ情報は集まっているようだ。

 そこで秋風さんが話を続けていく。


「あの、つかぬことをお伺いしてすみません。昨日なんですけど、この学生服を着た女子高生って来られました?」


 自分がどうせ聞いたって分からないだろうと思っていたものもしっかりと尋ねていく。

 昨日の彼女の服装は同じ黒のセーラーだ。いるとなれば、アリバイ確定となる。逆にいないとなれば、もしかしたらアリバイ工作の何かが分かるかもしれない。

 ただやはり僕の予想通りで。


「ごめんなさい。今学割キャンペーンやってるから、夜になると結構学生のお客さんが多いんで……女子高生って言われても、誰が誰だか分からないですね」

「すみません。ありがとうございます」


 取り敢えずは違う時間に器ごと持ち帰って、事件当時にアリバイを作るのは無理だ。

 そのことについてはやっと落ち着いた勝俣が言及していた。


「まぁ、お持ち帰り説はないだろうな……だって事故の目撃は偶発的なことだろ? たまたまだ……たまたま起きた事故の真相を隠そうとする理由については分からないんだが。最初からアリバイトリックの準備をしていることはあり得ないんだから。たまたまお持ち帰りできていて、したとしてもだ。器ごと持ち帰ってるって考えはねぇだろ?」

「すみません。激辛ハバネロ追加できませんか? こいつまだ足りないみたいで」

「えっ、俺、今の指摘については間違ってないよな? 何で?」


 ええ。そちらは間違ってはいないが。

 推理ができているのであれば、豆木さんが店員を呼ぶ前に話すべきなのである。だから人として間違ってはいますと言っておくべきか。分からないから美味しい塩味スープと一緒に言葉をぐっと飲み干した。


「じゃあ、完全に謎、手詰まりか……?」


 代わりに吐き出したのが諦めを誘うような僕の言葉。すぐ否定された。


「んなことで諦めてたまるかよ。写真に違和感とかないのかよ。ここで撮ったのなら、絶対に違うっていうの? 思い出せないか?」

「いや……別に変なのはなかったと思うけど」

「じゃあ、あれはちゃんとした普通の写真だったのか……?」


 言われても困る。そう思った瞬間、秋風さんの電話が震えた。


「あっ、写真が来たよ。これ……! 今、皆のグループに貼るね! あっ、そうだ!  君もグループに招待しないとね!」

「あっ、う、うん!」


 意外と早く皆のグループチャットに入ることができた現状況。新しい人と繋がれた嬉しいよりは目まぐるしい速さで上書きされていく自分の青春に困惑していた。

 僕達が所属している学園喫茶のグループチャット。その中に、例の写真と投稿元の呟きがあった。

 そこで気付くことが一つ。


「あれ、ってことは、ってことは、なんだけど……元々SNSに写真を投稿していたから持ってたってことか?」


 勝俣がそれに続けて真っ赤な顔で話していく。


「って、って……まぁ、そのSNSに乗せてたでわざわざアリバイ写真を撮ってあるっていうカモフラージュをしたかったのかもしれないがな」


 何だか鈴見さんの心の中を見ているような、余裕のある話し方ではあるが。だが、顔のいろんな場所から汗が噴き出ているため、格好良くは決まらなかったのである。

 そうして写真を見ているのだが、全く手掛かりは思い浮かばない。

 何か言えることをと思って、発言したのがこの一言。


「あっ、色が違うと思ってたけどやっぱ美肌を見せるための加工っていうのか……こういうの、秋風さんはよくやるの?」

「自分はあんま自撮りとかしないからね……分かんないかな……」


 実際二人も写真は見ているが、結局は何も分からず終い。SNSも見ているが、パンケーキやらパフェやら、すき焼きやら、オレンジよりの色のカレーやら、真上から撮った写真で満載だった。他には自身をベースにした完全な自撮りもあったのだが。ギャルがキラキラしているな、以外の感想は持てなかった。

 これではいよいよ怪しくなってくる。

 本当に鶴本は鈴見を見たのか。もしかしたら、本当に気のせいだったのではないか。

 ある人物からチャットでメッセージが届いた。


『アンタら、この異常性に気付かないの?』

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