カップ麺の流儀part.6 君はカップ麺

 一旦落ち着いて話を聞き、僕達が推理したことが真実で間違いないと知った。

 菜月さんは今日、雪平さんが買って来た激辛カップ麺を見て、もしかしたら自分のために買ってきたものなのかと勘違いしたらしい。

 僕は調理用のカップ麺であることを雪平さんの性格や勝俣のレシピで推測することができた。何かのスパイスに使おうとしていたのだと思う。

 ただ菜月さんはそんな想像をする余地もなかったから、心穏やかではいられなかった。

 何せ自分が食べさせられる時が来るかもしれない、と。わさびの激辛が平気な自分にどうかと言われるかもしれない、と。

 だからと言って、捨てることはできない。

 この学園喫茶の掟。出されたものは必ず食べきる。お残しは許さない性質が彼女を勝手に追い詰めた。

 困った彼女は先に処理しておこうと考えたらしい。自分が苦しんで食べたことがバレないよう。のたうち回ることが誰にも知られないよう、準備室でこそこそ、と。

 氷を使って何とか辛みを抑えつつ、完食はできたそう。

 と言っても準備室は結構汚れてしまっている状態で。そこを消臭剤代わりの制汗スプレーや雑巾で片付けていたところに僕が来てしまったのだ。

 すぐに自分の懐に隠し、地面に倒れるような形で伏せた。彼女が言うには、物影になっていたはずだと思ったらしい。


「それなのに、まさか……そこの男、近づいてくるとは……! 不埒にも程があるわよ!」

「ご、ごめん……普通に見えちゃってたから」


 秋風さんは「この子、隠れるの下手だからねー」と僕をフォローしてくれた。


「で、僕が騒いでいる間に逃げて、ここでずっと水分補給をしてた、と」


 菜月さんの方はまだ体の中が痛むのか。水を飲みながら、こちらに怒りの感情を放ってくる。


「後、騒ぐのがいけないのよ!」

「倒れてたら、普通心配するだろ……」

「じゃあ、そもそも発見するのが間違いだったのよ! 女の子を求めるがあまり幻覚見ちゃったって解釈すれば良かったのよ」

「そんな無茶な! ってか、僕はそんなんじゃないし……!」


 何だか子供の癇癪を聞いているようだった。秋風さんも子供を叱るように軽く「こらこら」と。

 本当にこの子が学園喫茶のウェイトレスや宣伝係で大丈夫なのか。そう思ったところを秋風さんに見透かされた。


「あっ、でもカレンちゃんはちゃんと仕事はやってるから安心してよ」

「えっ? 本当?」


 菜月さんの方は「ふふっ」と上目遣いで笑いながら、スマートフォンを出してきた。


「SNSのフォロワーもたくさんいるんだから! あたしのグルメ写真に驚きなさい!」


 彼女はSNSの青いアイコンのアプリを開いて、こちらに見せつける。どんなSNSが、と思いきや、変な文字が読み取れた。なんと哀れな。


「へへん! どうでしょ! 恐れ入ったか!」

「す、すごいねー」

「これだけ集めるのに苦労したんだから!」

「う、うん……がんばったねー」

「何か変なリアクションね。まだ驚きが足りないのかしら? って、コノハ……?」


 素っ頓狂な秋風さんの顔を見た菜月さん。素早くスマートフォンをタップして、現実を確かめた。


「嘘!? 何で!? アカウント凍結されてんの!? えっ!? 何で!? あれっ!?」

「もしかして、夜中に飯テロばっかするから、通報されたのかな」

「いや……似非グルメエッセイストと最近戦ってばかりだったからな。そのせいで有害なアカウントにされたのかも……って、んなことは今は……どうでも良くないけど……ショックなんだけど!」

「また一からやり直しだね……取り敢えず、アカウントの方、修復するのに集中してて……」

「えっ、でも仕事の方はどうすんのよ」


 菜月さんに関しては性格から出た錆であろうと傍観していた僕。間抜けな自分の肩に秋風さんの冷たい手が乗っかった。


「仕事は桜木くんにお願いするから、大丈夫」

「ん? んんんんん?」


 今年一番のとんでも発言をいただきました。僕にお願いするから、大丈夫とは。スマートフォンのブラウザで「僕 お願い 大丈夫」と検索しても何も出てこない。

 僕を追い込むかのように爽やかな細目の笑顔を見せる秋風さん。


「桜木くん。今はこの部活、私とカレンちゃんと友継くんと礼太郎くんの四人で回してるの。でもね、そうするとかなり一人一人の仕事量も多くて、ね……」

「僕に頼む、と? 部活メンバーになれ、と?」


 僕は忙しいのですと断ろうとしたのだが。今の僕の何にやるべきことがあるのだ、と。何度も頭の中で繰り返す。

 何かの夢のために頑張っているか。違うな。

 他の部活に入りたいも不正解。

 今の僕に断れる理由が見当たらないのだ。

 菜月さんは「ぶーぶー」と声に出しているみたいだが。借りてきた猫みたいな警戒心丸出しの彼女に秋風さんが告げる。


「いいけど、そうすると大変じゃない? SNSやりながら、買い物とか、はたまたウェイトレスとか」

「にゃっ!?」


 本当に猫みたいな驚き方をする彼女。毛は逆立っていたように思えた。最終的にどうやら反抗する気はなくなったみたいだ。

 静かな場所で彼女からの猛烈な誘いがやってきた。


「で、お願い!」

「僕は別に……」


 そこまで役立てる能力がない。ネガティブな言葉だけが僕の精一杯のはずだった。ただ、即座に否定されてしまう。


「君はあそこでカレンちゃんを心配するっていう、正確な判断をした。謎を追い求めてくれた。それだけでもここにいてほしいんだ」

「えっ? 何で? 学園喫茶と何の関係があるの!?」


 すっと彼女が息を呑む音が聞こえてきた。

 学園喫茶は普通の学園喫茶ではないのか。何故、判断や謎なんて出てくるのか。


「あの謎レシピもすぐに分かった読解力もそう……」

「ここは……」

「ここは学園喫茶。迷える学生の心を救う場所。先生に言えないことだって、ここなら吐き出せる。夜のテンションで助けられると思うんだ」


 学園喫茶の存在意義。いきなり出てきたものに驚きを隠せなかった。

 カウンセラーの場所だ、ということに。そして、次の言葉にも。


「桜木くんはカレンちゃんの見栄っ張りで危険なところも見抜いてくれた。そんな人を知ろうとする力が……欲しいと思ってるんだよ」

「こんな僕が役に立てる……?」


 日常生活で手いっぱい。この学園で青春が送れるとは少しも思っていなかった僕に。何かできるものがあるか。


「君はカップ麺みたいなものだって言うのも、知ってるよ」

「えっ?」

「水を入れてもらえれば、どんどん伸びるんだよ。カップの中の小さな箱の中で外が見えないだろうけど。他の人が蓋を開けて、水を入れてくれればどんどん伸びるんだよ?」


 菜月さんが「変な例え」と言った瞬間、秋風さんはその脳天を突っついていた。その後も秋風さんの不思議な講釈は続いていく。


「……みんなで君にお湯を入れたい。そんな風に思ってるんだ」


 伸びる、この僕が。伸びて美味しくなくなるのではないか。そんな呟きも否定された。


「伸びたラーメンは柔らかいからね。伸びたら、伸びすぎたで色々面白い使い方があるんだよね」

「使い方……?」


 何か変な陰謀に使われようとしていないだろうか。

 やはり入るのをやめようかと躊躇ったのだが。


「後、今日は忙しくてカップラーメンだったけど、他の日はまかないがあるからね」

「入ります。入部届ください」

「はい! 何十枚もあるから、失敗しても大丈夫だよ!」


 欲につられ、気付けば僕は「学園喫茶部」に入部することになっていた。

 僕が彼女に渡した入部届を見たところで現実に戻された。

 はっ、あのサインは誰が書いたのだ!? あんな汚い字で! 

 あっ、僕だ。

 阿呆あほうな僕を嘲笑うかのように、何処かでボールが落ちた音が響いていったのだった。

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