学園喫茶の推理レシピ

夜野 舞斗

カップ麺の流儀part.1 逃亡者

 春風が妙にぬるくて、気持ち悪い今日この頃。おまけに廊下は暗いと来た。この、私立西武高校の廊下、永遠に続いていてもおかしくない。

 先も見えない中、スマートフォンの光を頼りに歩いていく。

 不審者に思われるかもだが、僕は単に忘れ物を取りに来ただけ。言い訳ができるよう、頭の中で「課題のノートを、課題のノートを」と何度も繰り返す。しかし、ぶつぶつ呟くようになって考える。傍から見れば、僕が不審者。いや、七不思議の一つにでもなってしまうのではないか、と。

 ただ聞き覚えのある七不思議「夜の校舎を駆ける影」が存在している。僕がいても被るだけであろう。

 そう考えた時だった。何者かが奥をうごめいている。


「えっ?」


 肩が思わず震えている。

 怖いのは苦手だ。最近、親二人が海外出張となって一人暮らしになっている状況ではあるが、夜は物音がするとビクビク震えて眠れなくなる始末。

 最近は屋根裏でネズミが大運動会でもやっているのではないか、と思う程、騒がしくて。それでいて一人暮らしの先行きの不安も相まって、十分に眠れていない。

 きっと幻聴だ。

 そう思うも、その影に近づけば近づく程。当然ながら足音が聞こえてくる。それもその姿は教室など興味がないとでも言うかのように、そのまま廊下の奥にある学生食堂へと向かっていく。

 誰もいないはず。いや、まだ学校自体は空いているし、上の階では明かりがついている部屋が一カ所だけあった。午後九時半を回ってはいるが、部活動をやっているところはあるのだろう。

 誰かに報告すれば、何とかなるが。その間に影が逃げてしまうかもしれない。

 食堂に入った影を気付けば、追っていた。中はいつも通りの食券販売機がボタンを光らせている。テーブルとイスで埋め尽くされている感じ。ただ、そのどの中にも影らしき人物はいない。

 但し、音はする。その影が出している音は飲食コーナーからではない。であるからして、厨房内の方に目を向ける。そこには何者かが冷蔵庫を開いていた。


「誰だ!?」


 そこでその影はしゅっと逃げ出した。厨房を出て、僕が来た廊下に引き返したのだ。

 すぐに最悪のイメージが浮かぶ。

 今の影は全く食材を持っていなかった。泥棒でなかったら、何をするのか。

 毒物混入だ。

 明後日位の新聞記事が思い浮かぶ。「食堂内で毒物混入事件。食堂閉鎖」。それが一番困るのだ。僕は一人暮らしになってから、自分で食事を作れていない。つまるところ、昼は購買か食堂なのである。それに加えて、ここのカレーやうどん、ラーメンは三百円以内と安価と来た。パン一つ、二つだけでは物足りない僕からしたら、この学園食堂は救いの地、メッカと言っても過言ではないのだ。

 だから、何としてでも犯人を捕まえなくては。そんな使命感に狩られていた。泥棒だとしても、同じだ。何かあれば、明日の食堂が使えなくなってしまうかも。

 その前にあの人物から何をしていたのか、問い質せば良い。最悪盗んでいたものを返すよう言ったり、毒を入れたものをこっそり弁償させたりすれば、明日の営業に支障は出ないだろうし。


「待てっ!」


 僕はすぐに食堂を出て、必死に追い掛ける。相手は見えにくい、この場所を自信ありげに走っていく。

 職員室によって誰かを呼ぶ手もあったのだが。それだと見失ってしまうかもしれない。それ以上に問題になったりしたら。

 明日の昼食のお勧め定食は唐揚げ。そして、いつも唐揚げを一個サービスしてくれるおばちゃん。それだけのために今日も頑張ってきたのだ。絶対営業停止にはさせない。


「待てぇえええええ!」


 走って、少しだけ距離を詰める。

 ただ相手は全く後ろを見る様子もない。返答もしない。悪いことをやっている心当たりがあるに違いない。

 しかし、だ。相手は途中にある階段を昇り始めた。昇降口とは別方向である。昇降口が開いてない訳でもないのに、だ。最悪廊下から外に飛び出ていれば、逃げられる。

 何故にそちらへと走っていくのか。

 まだ学校の中にやりのこしたことでもあろうか。分からないけれども、追い掛けようとする。普段学生が使えないエレベーターで追おうとも考えたが。ここは中等部の学校も入っているがために八階建てとなっている。

 犯人が八階のどの場所に逃げようとしているのかも分からない。それどころかエレベーターに入っている間に一階から逃げられる可能性もある。

 確実に追うなら、階段だ。

 足腰にそこまで自信はなかったけれども。食堂とおばちゃんのことを思う。「おばちゃんも仕事が無くなったら、困るだろう」。そう考え、奮起して駆け上がる。

 すぐ階段の手すりを触れる、相手の手を捉えた。影は三階で廊下の方に入っていく。

 それを見逃さずに三階へ。

 代わりのない教室の並びをただただ走っていく。廊下は走るべき場所でないことは百も承知だが。今日だけは。

 奥へ奥へと逃げる影。ただ、その奥にあるのは光が差し込む教室だ。確か、家庭科室だったはず。


「えっ……?」


 犯人はその中に入り込んでいく。

 まさか、誰かを人質に。嫌な考えが脳裏を支配して、僕は危険をものともせずに入り込んでいた。

 そこで飛んできたのは、何かの玉だ。


「へっ?」


 それに当たると、中に胡椒が入っているのを確認。でも、それが分かった瞬間にはくしゃみが止まらなかった。

 それがもう一回飛んでくる。


「不審者め! 観念しなさい!」


 言葉も一緒に、だ。そこで何度もくしゃみをしながら、考える。僕の方が不審者と勘違いされているのか、と。

 すぐに落ち着いて、胡椒を振り払う。そしてようやく目の前に見えた影の正体を直視する。

 そこにはだいぶ強気な表情の女子高生、秋風あきかぜ木葉このはがいた。


「あ、秋風さん……!?」

「あれぇ? 桜木くん? 不審者は桜木くんだったの!?」


 彼女はクラスメイト。話すことはあまりないものの、黒髪ストレートの優等生タイプだなとの認識位はあった。

 そんな彼女から、何か誤解までされている始末。嫌な予感しかしない。


「ちょっと待ってよ……ちょっと……」


 そう言う前に彼女の隣に座っていた、少年が呟いた。


「あのさ……コノハを不審者と勘違いして追い掛けてきたんじゃないのか?」

「えっ、私が不審者?」


 その少年が何をしているのか分からない僕に対し、彼は立って自己紹介をし始めた。


「俺はここのオーナーの勝俣かつまた礼太郎れいたろう。真夜中学園喫茶、もう閉店はしておりますが、どうか今後とも」

「へっ? はっ? 真夜中学園喫茶? どういうこと?」


 全く状況が読めない中。鼻孔についた匂いが喫茶をやっていたことは本当だろうと説明をしてくれた。

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