だからその感情は時折、刃のようにこの身体を貫く (2/2)

 レンが先頭に立って渓谷を進んでいく。アルスはその後ろを追いかけながら、正面に立つ蒼色の長髪を降ろしたままの女性へと尋ねる。


「……じゃあ、レンと私以外の人たちは」

「あそこへ不時着した時にはもう、手遅れだった」


 今回の資源衛星の調査という任務に参加したメンバー全員とアルスは初対面だ。

 リバティーズに所属する人員は緊急時以外においてその行動や任務の選択には高い自由度が与えられており、自らの意思で受ける任務を選ぶことが出来る。リバティーズはあくまでも船団エデンの軍隊ではなく、人類の自由を尊重する為の組織であるからだ。


 普段から他人との関わりを避けて個人の任務を受けることの多かったアルスだが、しかしその日斡旋されていた任務は偶然にもこれしかなく、何の気なしにアルスはその任務を受けた。

 こんな事故に巻き込まれることなど想像することもなく、当たり前のように任務地へ赴き仕事をこなして帰るだけだと思っていた。

 命の危険なんて感じたことは無かった。自分に絶対的な自信を持っていた。

 何よりも、そのような危険と隣り合わせの任務に遭遇したことが無かったからだ。


 確かにリバティーズという組織は、人類の自由と平和の為に先頭に立って戦う為の組織だ。だがアルスが正式なリバティーズの一員となってから一年余りの間に、大規模なルイナーとの戦闘は発生していない。

 小惑星における小規模な遭遇戦が報告されている程度で、アルス自身もまたその程度の戦闘しか経験していなかった。


 それは船団エデンが航行している宙域にルイナーの巣は無いのではないかという推測まで耳にする程の、安息とも呼べる日々。


 いつしかアルスを始めとするリバティーズたちは、そんな平和な日常を当然のものとして享受しているだけになっていたのかもしれない。だからこそ今回のように移動用の小型航空ヘリがルイナーに襲撃されることなど想定すらしていなかったのだ。

 そして無様にも墜落したヘリの近くでしばらく意識を失っている間、アルスは目の前の彼女にずっと守られていたということになる。


「……ねぇ」


 不意に立ち止まったアルスはレンへと声を掛ける。足を止めて振り返った彼女へと、アルスは静かに告げた。


「その、守ってくれて……ありがとう」

「別に。当然のことをしただけ」

「……そっか」


 彼女の言う通りだ。リバティーズに所属する一人として、人の命を守るのは至極当然のこと。決して特別扱いされたわけではない。

 そんなこと誰に言われなくても理解していたはずなのに。無意識の内に自分にとって都合のいい解釈をしようとしてしまう、アルスはそんな人間なのだ。


「……どこか痛む?」


 立ち止まったままのアルスを不審に思ったのか、歩み寄ってきたレンが顔色を窺う。慌ててアルスは首を横に振りながら否定してみせた。


「別に何でもない。それより、本当にこの先で合ってるの?」

「送られてきたこの地層データが間違っていなければ」


 そう言ってレンは手にしていた端末へと視線を向ける。先程船団からの通信にて、不時着した座標と救助のヘリが降り立つ合流ポイントの指示を受けた二人はこうして誰もいない荒れ果てた道を進み続けていた。

 正直言って、漠然とした救助の連絡にアルスはどこか諦観のようなものを感じていた。

 果たしてたった二人のリバティーズを救出する為だけに、ルイナーが潜んでいることが明らかなこの資源衛星に救助を出すというのだろうか。しかも墜落してからまだ大して時間も経っていないというのに、どうしてこんなにも早く救助の通信が届いたのだろうか。


「……浮かない顔してる」


 意識を現実に引き戻すと、再びレンがアルスの顔を覗き込んでいた。


「別に関係ないでしょ」

「そう。ならいいけど」

「……なんで聞かないの」

「関係ないって言われたから」

「それは……そうだけど」

「アルスは、誰かに構って欲しいんだ?」

「なっ……そんなわけないでしょ! なにそれ、それじゃまるで私が寂しいみたいじゃん」


 慌てて否定してみせながらアルスはそっぽを向く。今まで出会った人の中でも、このレンという女性は異質だった。

 人に無関心そうな済ました態度の癖に、不意に核心を突くような一言を投げかける。その遠いとも近いとも言えない距離感にアルスは振り回されていた。


「……だって今も、寂しそうな顔してるから」


 またそうやって、見透かしたようなことを言う。誰も私の孤独を理解することなんて出来るはずがないのに。


「わかったようなことを言わないでよ」


 アルスはそうやって不用意に近づいてきた誰かのことを今日も突き放す。アルスに関わることで誰かを傷つけなくていいように、そして何よりもアルス自身が傷つかなくていいようにと。

 でも、そう思って取り繕った一言でさえ、この女性はするりと躱してみせるのだ。


「わかっていたのなら、こんなこと尋ねない」

「……そう、だけど」

「本当に近づいて欲しくないなら態度でわかる。でも貴女は……そうじゃない」


 見透かしたようなことなんかじゃない。この人には、全て見透かされている。


 望んで人と関わることを避けてきた訳ではない。アルスは人間が嫌いでもなければ、人と関わることが嫌いというわけでもない。至って当たり前の感情を持ち合わせていると、少なくとも自身はそう思っている。

 そんな彼女が誰かと交流を持つことが出来ないのは全て、そんなアルスを否定してきた現実のせいだ。


 ――こんな角さえなければ、と。これまで何度恨んだことだろうか。


「……レンは、私のことが怖くないの」

「怖いって、どこが」

「だってこんな角を持った人間なんて、他に見たことないでしょ。みんなそうやって私を遠ざけて、怖がって……それから嗤ってきた。何度化け物呼ばわりされたかわからない。親にだって口を利いてもらえなくなって、私は独りで生きていくしかなかった」


 普通の学生生活は、控えめにいって地獄のような日々だった。アルスの意思とは関係なく向けられる忌避の視線。それが嫌悪へと変わって陰湿的ないじめが日常的に行われるようになるまで、さほど長い時間は掛からなかった。

 何もしていないのに、誰も傷つけていないのに、普通ではないからというただそれだけの理由で攻撃の対象にされた。彼らはそうすることでしか団結して生きていくことが出来ない、可哀想な人たちだった。


「望んだわけじゃないのに。私はただ普通に生きたかっただけなのに。こんな私も、私を受け入れない世の中も大嫌い。だから私は静かに生きていたいだけなの、わかる?」


 アルスの言葉に、レンはただ沈黙するだけ。誰もアルスの孤独を理解出来るはずがない。受け入れるはずがない。何故なら、受け入れようとした人は例外なくその報いを受けてきた。

 学生生活でアルスに良くしてくれたクラスメートは同じように周囲からいじめの対象にされ、その日々に耐えきれず不登校になった。

 一度だけその子に謝る為に実家へと足を運んだことがあったが、向けられたのはこれまで築き上げてきた関係が音を立てて崩れ落ちる程の冷たい一言だった。


 ――アンタになんか、関わらなきゃ良かった。


 だからもう誰かと関わるのは辞めることにしたのだ。

 無闇に相手を傷つけるだけで、誰も幸せになれない。

 きっとアルスという人間は生まれ持った不幸体質で、関わる人々をも不幸にしてしまうのだ。アルスと関わることで傷つく人がいるのなら、それはアルスが傷つけたも同然なのだ。


 だからその感情は時折、刃のようにこの身体を貫くのだ。

 優しさという刃が、心を何度も斬り付けるのだ。


「お願い、私に優しくしないで」

「でも、貴女は優しさを求めている」

「望んだものが手に入るわけじゃない」

「でも望まないと、手に入ることはない」

「だからなに、望めば手に入るとでも言うの! 出来るなら私だってとっくにそうしてる! でも……出来なかった、ただそれだけなのに……!」


 二人の会話はどこまでも平行線だ。決して交わることはない。その価値観も違えば、見てきた世界も違う。


「こんなもの、持って生まれてこなければ良かったのに……!」


 強く握り締めた拳を震わせながら、アルスは静かに怒りを込み上げる。一度だけ角を折ろうとして、両手を真っ赤に染めた記憶が脳裏をよぎる。

 仮に角を折ることが出来たとして、何も変わるはずがないというのに。一度向けられたその視線は変わることなんてない。


 アルスは今までも、これからもずっと忌み嫌われる者で在り続けるだけ。


「……そんなことはない」

 ――違う。

「私にはアルスが、素敵に見えるから」

 ――そうじゃない。

「世の中は不条理ばかりで。だけど目を伏せるほど……生きづらい世の中でもない」

 ――本当はわかってる。私がただ拒絶しただけ。外の世界を拒んだだけ。

「陽の当たらない場所だって、ちゃんとした居場所だ」

 ――そんなことはわかっていて、本当はただ世界が眩しすぎるだけなのに。


 言葉はいつだって本当に言いたいこととは逆のことばかり。醜い本性を必死に隠し通してきた。本心を露わにしたら思ってもいないことばかり告げてしまう、本当は違うのに嘘を並べて傷つけてしまう。

 そんな自分が嫌でずっと他人と距離を置いてきた。それでも愛情が欲しかった、ただそれだけなのだ。


「そこまで言うのなら、私を愛してみせてよ! きっといっぱい傷ついて、いっぱい振り回して、いっぱい辛い思いをさせる。私っていう人間がどれだけ疎まれているのか、嫌ってくらいわかるからさ……!」


 どれだけ一方的で我儘な発言であるかもわかっている。でもきっとこの人はこれくらい突き放さないとわからない。痛い目を見ないとわからない。拒絶することがアルスにとっては何よりの思いやりなのだ。

 だからこそ、次の瞬間にレンが返した言葉に思わず耳を疑うのだった。


「わかった」


 それは考える素振りも、迷う素振りさえ見せない即答だった。そうして目の前の女性は優しくアルスの身体を抱擁する。突然の出来事に困惑しながら、思わずアルスは問い返した。


「なんで……?」

「貴女が言ったことでしょ、どうして戸惑うの」

「だって、なんでどうして。普通そんな答え返ってこない。なんでそんなに私を受け入れたがるの」

「……アルスの痛みを私はまだ知らない。でも、いろんな痛みを知ってきたつもり」

「傷ついてもいいっていうの?」

「誰かと一緒なら、背負える痛みがあることを知っているから」


 それは初めて聞いた言葉ではなかった。遠い過去にある僅かなやり取りの記憶が、深層心理の底から浮かび上がる。同じ言葉を掛けてくれたのは、アルスがリバティーズに入ろうと思ったきっかけを与えてくれた人だ。


「それは――」


 言いかけた言葉を飲み込もうとして、結果として言葉に詰まった。否、レンの後ろに飛び出してきた黒い影に気づいたからだった。

しかしアルスの身体が動くよりも素早く、レンが反応していた。とっさにアルスを突き飛ばしながら、レンは彼女へと穏やかな微笑みを浮かべてみせる。

 そんなレンへと言葉にならない悲鳴を上げながら、アルスは必死に手を伸ばした。


 突如現れた四脚種クアドロペットがその四肢でレンの背中を斬りつける。鮮血が宙を舞う。そんな光景を前に背中から倒れ込んだアルスはその後頭部を強く打ち付け、意識が急激に現実から遠ざかっていく――。

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