AizLight
蒼唯
第一部 iris laevigata
Episode: I 「そして少女は愛を識る」
そのモノローグは、いつだって誰の心にも届かない
夏の日差しが開け放たれた窓の合間から差し込み、席に着いている生徒たちを容赦なく照りつける。そこに座る一人であるその少女は教師の言葉を聞き流しながら、ぼんやりとした視線を窓の外へと向ける。
校舎の中から見えるのは古い文化を再現してつくられた学び舎の景色だ。
大きな校庭と、そこに立ち並ぶ木々が風に揺れている。この夏の熱さも、少しだけ心地良いそよ風も、それから目に見える景色も、誰かが作ったもの。決して本物ではない。
「――我々が暮らす船団エデンは、地球の文化を後世に継承するという方針のもと、艦内の設定は地球に限りなく近い設定にされています。よって我々が日常生活を送る中で感じるこの天候も、季節も、空の色も全て地球のものを再現したものに過ぎないのです」
でも、ほとんどの人は生まれてから死ぬまでに、この偽物の空しか見ることが出来ない。
それなら、この目が映す景色が本物でいい。
本物と偽物の違いなんて、知る必要はない。
初老の男性教師の言葉が、静かな教室の中で響き渡る。本当に退屈な授業の時間だった。人類が母星を捨てて宇宙へと進出した歴史も、こうして暮らしている船団エデンの話も、何もかも興味の無い話だった。
「――では何故、人類は外宇宙へと進出しなければならなかったのか。それはルイナーと呼ばれる謎の異性生命体との遭遇があったからです。それからの人類の歴史は、ルイナーとの戦いの歴史と言ってもいいでしょう」
虫の鳴き声が遠くから聞こえてくる。額に滲んだ汗が澄んだ水色の前髪を伝って机に落ちる。薄手の制服の胸元を広げていても、スカートの丈を短くしていても、夏の暑さを和らげることは出来なかった。机の下で足を組み替えながら、頬杖をついて視線を教室の中へと移す。
決して広くない教室に並べられたいくつもの机と、そこに同じようにして座る生徒たち。熱心に教師の言葉に耳を傾ける生徒もいれば、首を傾けて居眠りをしている生徒もいる。
地球にいた頃の人類も、果たして同じようにこんな授業を受けて、そして退屈だと感じていたのだろうか。
「――リクスエーテルの発見は人類に大きな発展をもたらし、そしてルイナーと戦う手段を得ることも出来ました。現在ではリバティーズという組織がつくられ、有事には我々を守ってくれます。しかしながら、五年前に起きた五番艦の襲撃事件のように、神出鬼没である未知の生命体の驚異は未だ消えません。そんな中、人類は今日も新天地を目指して宇宙の旅を続けているのです」
人類の行く末も、安住の地も、本当にどうでもいい話だった。どうせなら、五年前にみんなまとめてルイナーが壊してくれれば良かったのに。そんな考えが脳裏をよぎる程度には、彼女にとって興味のない話ばかりだったのだ。
やがて髪と同じ水色の左目と、明るい黄色の右目を細めて視線を伏せると、誰にも聞こえないほど小さな溜め息をつく。ゆっくり項垂れると、頭から伸びる小さな二つの角が、机の上に置いていた腕に触れた。
幼い頃に会った医師曰く、稀にこういった角を持って生まれた人間が現れるのだという。珍しいものではあるが、むしろリクスエーテルの扱いに優れている証なのだと告げられた。
両親はその時だけは喜んでくれたのを、今でも覚えている。
「――船団によって方針は違いますが、少なくとも我々が暮らす船団エデンでは、人類が結束すればルイナーの脅威に打ち勝ち、安住の地へと辿り着くことが出来ると信じています」
そんな言葉は嘘だ。結束なんて出来るはずがない。
この角は人類が外宇宙で活動する為に、そしてルイナーに対抗出来る力を手にする為に身体を弄った、その代償だ。
当時、娘を祝福してくれた両親の姿はもう何処にもない。
あるのはその特異な姿から、家族にさえ口を利いてもらえなくなってしまった現実と、周囲からの拒絶と、どこまでも続く冷たい孤独だけだ。こうして教室の中に共に過ごす生徒たちでさえ、近付こうとする人間は誰もいない。
それだけならまだ良かったのだろう。実際に待ち受けていたのは、謂れのない誹謗中傷と忌避の視線。
まるで存在すること自体が悪であるかのように、世の中の不平を投げつけられるだけの日々だった。
そう、私はずっと独りだった。
今までも、そしてこれからも。
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