49匹目 メイドの心、お嬢は知らず~フィオレンツァご到着です~

「それで、フィオレンツァはどこにいますの?」


「身支度中でございます」



 フィオレンツァの母、カミラの問に、ネッラはしれっと嘘をついた。いや、嘘をつかざるを得なかった。娘のフィオレンツァの入学式にわざわざ西方地区からやってきたカミラ。雪解けが遅かったらしく、ついたのは昨晩の夜遅く。間に合ってよかったわ、とカミラは見たことないほど上機嫌だった。そんな彼女に言えるわけもない。


 ふとすると目が泳いでしまいそうになるのを抑えるために、ネッラは必死に表情筋に力を込めた。ただ身体の方は正直で、背中に滝のような汗が流れる。


 春の柔らかな日差しが降りてくる入学式会場。在校生、新入生、その親たちがぞくぞくと集まっている。貴族用の観覧席、日傘の下でカミラは姿勢よく座っていた。そんなカミラは式典前にフィオレンツァに会おうと呼び出していたのだが、いないのだから来れるわけもなく、こうしてネッラが説明に来ていた。



「本当にまだ信じられませんわ。あの子が王立魔法学院に合格するなんて。槍でも降ってくるんじゃないかしら」


「いえ、お嬢様は一生懸命お勉強されておりましたよ。間違いなく実力です」


「そうなんですの? あの子のことだからさぼって釣りでもしていたんじゃない?」


「あ、奥様、喉乾いていません? お水飲まれますか?」


「おまえは本当に嘘をつくのが下手ね。フィオレンツァにつけて正解でしたわ」



 そんなに下手だろうか。いやいや、そうは言ってもフィオレンツァがいないことはまだバレていない。ネッラは、汚名返上も兼ねてこの嘘だけはつき通そうと決めた。



「それで、フィオレンツァはどこですの?」


「身支度中でございます」


「そう。おまえがここにいるのに?」


「……ご自分でやりたいとおっしゃられましたので。これから学院生活を送るために自立されようとしておられるのかと」


「へぇ。まぁ、そういうことにしておきますわ。式典が始まるまでには来るものね」


「ソウダトイイデスネー」


「ん?」


「いえ、絶対来ます!」



 そうだった、式典が始まれば否が応でもフィオレンツァがいないことはバレるんだった。ネッラは自分の浅はかさを呪った。しかも、奥様には既にバレている気もする。だんだん空気がぴりついてきている。御付きのメイドが察して一歩下がっていた。


 え? これ、やばくない?


 お嬢様は怒られるだろう。これはもう怒られるのは仕方がない。怒られてしかるべきである。ネッラだって今日の日のためにいろいろと準備してきたというのに、それらを無視して遊びに行ってしまったのだから。何ならネッラも怒っている。カミラには、ぜひネッラの分も一緒に怒ってほしい。


 ただお嬢様だけでなく、自分も怒られるのでは?


 監督不行き届きとか、そういう理由でネッラも怒られる可能性が高い。けれども、それは納得がいかない。絶対にフィオレンツァがわるいのに何で自分まで。カミラの期待を裏切ったという点も考慮すると、最悪クビもあり得る。こんな理由でクビになるの嫌なんだけど! とネッラは内心フィオレンツァを呪った。



「アウグストも来たがってたんだですけど、さすがに二人とも家を空けるわけにはいかないじゃない? あの人が来てもよかったのだけれども、フィオレンツァは女の子だから。それは母親が来るべきでしょ。まぁ、次男ジュリオのときも私が来たんだけど」


「へぇ、そうなんですね」


「前に来た時に思ったのだけれど、王立魔法学院の制服って素敵だと思わない? 特に女の子の制服はとってもかわいいと思うわ。ほら、その辺の学校の制服はちゃらちゃらとしているでしょ。あぁいうのは下品で好きではないけれど、ここの制服には伝統と格式がある。うちの子があの制服を着ているのを見れると思うと楽しみで仕方がないわ」


「そうですねぇ」


「それで、フィオレンツァはどこにいますの?」


「……そうですねぇ」


「質問を変えますわ。フィオレンツァは?」


「……奥様、喉乾きませんか? お水でも」


「ネッラ」


「南方のお水はちょっと癖がありますが、レモンを入れると飲みやすくなりまして」


「ネッラ」


「……」



 カミラの圧でネッラは次の言葉を発せなくなった。伝統と格式を重んじる貴族らしい貴族。それが、フィオレンツァの母、カミラである。そんな彼女のまとう空気は、ピンと張りつめている。声に圧をかければ猶更だ。ネッラはついに額に汗を浮かべた。顎を伝い地面にぽとりと落ちる。何やら空気が薄く、もはや肩で息をし始める始末。



「顔色がわるいですわよ、ネッラ。どうしましたの?」


「いえ、あの、その」


「まさかと思いますが、私に嘘なんてついてませんよね?」


「スーッ、えっと、それは、ですね、あのぉ」


「ネッラ」


「はい!」


「フィオレンツァはどこにいますの?」


「……実は」



 観念してネッラがすべてを話そうとしたときだった。突然、入学式会場に影が降りた。大きな雲でもさしかかったのかと思われたが、その影はあちらへこちらへと動き回る。不審に思い、会場の者達が空を見上げたとき、一陣の風が吹いた。



「あれは、魔物!?」



 ネッラは咄嗟にカミラの前に出た。入学式会場に降り立った闖入者。もしも危険なものだった場合、仮にメイドのネッラが助かったとしても主人が怪我をしていてはどうせクビだ。


 警備の騎士達が臨戦態勢をとる。当たり前だ。あんな恐ろしいものがやってきたら、とりあえず攻撃すべきである。しかし、彼らはすぐに剣を収めた。ざわめきは残したままだが、危機感はなく、むしろ拍手が巻き起こった。


 白い発光体。まるで雲のようであるが、鱗のようなものも見え、生物の生々しさを感じさせる。蛇のような長い身体は、とぐろを巻いており、重力を無視して空間を自由に泳いでまわる。そう、泳ぐという表現が正しいかもしれない。あまりに不自然な動きが、かの生物の神秘性を高めていた。名があるとすれば、伝説上の生物、ドラゴンだろうか。



「どうやら魔法生物のようですね」



 カミラが胸に手を当てつつ、何とか落ち着いて口を開いた。ネッラはそう聞いてもあまりピンとこなかったが、危ないものではないらしい。入学式の催しといったところだろうか。よく見れば、ドラゴンの上に搭乗者がいる。学院の教師だろうか。派手な演出だ。



「「ん?」」



 と、そのとき。おそらく、ネッラとカミラが同時に気づいた。ドラゴンには搭乗者がいる。二人。その内一人はおそらく教師と思われる男性。もう一人は、庶民風の恰好をした少年。いや、おそらく少女。お気に入りの帽子が飛ばないように抑える彼女を、ネッラはよく知っていた。



「ネッラ、これはどういうことかしら?」


「はい、あのぉ」



 突然のことに、ネッラも混乱していたのだが、こういうときこそ落ち着いて正直に見たままを話そうと、こほんと咳払いしてから答えた。



「奥様。お待たせしました。フィオレンツァ様がご到着されたようです」


「何やっているんですか! あの子は!」


 

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