入学式

43匹目 すれ違いの朝~メイドは見なかった~

 使用人たるネッラの朝は早い。


 宿舎で目を覚まし、ぐーっと背伸びをする。目覚めは良い方だ。お酒さえ飲んでいなければ。今日は絶対に寝坊できないので、昨晩はもちろん酒はひかえた。今日は飲もう。


 入学式。


 ネッラの、ではない。主人であるフィオレンツァ・ダ・ヴェルディモンテの入学式だ。ルミナラ王立魔法学院の入学試験に合格したのは、ずいぶんと前のことのように思える。冬を超えて、春のはじめ。ネッラは詳しくないが、この時期に入学式を行うというのは珍しいようだ。まぁ、新しいことを始めるには良い時期ではある。


 身支度を整えて部屋を出る。こんな早朝だというのに、同じように起きてくる者が多い。それもそのはず、この宿舎は王立魔法学院の使用人が集まる宿舎。他の貴族の使用人達も今日は大忙しだろう。



「おはようさん、ネッラ」


「あ、おはようさんです、ジョバンナさん」



 あくびをしつつ声をかけてきたのは、同じヴェルディモンテ家のメイドのジョバンナであった。ネッラの先輩であるジョバンナは、いささか緊張感に欠けるものの手際はよく、テキパキと仕事をこなしていく。これで向上心さえあれば、メイド長にもなれそうだが、本人にやる気はないらしい。


 ジョバンナは、入学が決まってからやってきた補充のメイドだ。彼女のほかにも数名やってきている。


 というのがヴェルディモンテ家一同の見解である。フィオレンツァが肩を落として帰ってくるだろうと残念会の準備をしていたところに、合格のしらせが届き、たいそう驚いたそうな。嘘をつかなくてもいい、正直に話しなさい、怒らないから、と手紙が返ってきて、信じてもらうまでに三往復した。



「こっちはあったかいねぇ。西方はまだ寒かとに」


「そうですね。今日はもうコートいらんっちゃないですかね」


「いいねぇ。うちもこっちに残りたかぁ」


「ジョバンナさん、入学式終わったら西方に帰られるとですか?」


「うん。子供がおるけんね。さすがに連れて来るわけにはいかんとよ」


「残念ですね。ジョバンナさんおったら、仕事ずいぶん楽なのに」


「情けないこと言いなさんな。それにお嬢様にも歳の近い子がおった方が、きっとよかっちゃろうもん」


「お嬢様はそういうの気にされんかたやと思いますけど」


「そういえば、メイド長と話しよったんやけどね、たぶんネッラがこっちの主任になるっちゃないかって。がんばりんしゃいね」


「えっ、私がですか? てっきりリーサさんあたりがされるもんやと思ってましたけど」


「みんな西方から離れたくなかとよ。地元愛が強かけんね。ネッラみたいに、どこでもたくましく生きていける子はなかなかおらんと」


「それ、褒めとうとですか? まぁ、出世はうれしかけん、異論はありませんけど」



 ネッラとジョバンナは厨房ちゅうぼうで食事の準備をする。入学式は昼からで、フィオレンツァの朝と昼の分。夜は立食パーティなので不要だが、どうせ夜中に小腹が空くだろうからと果物を用意しておく。



「お嬢様のご支度は、ネッラがやってくれるっちゃろ?」


「はい。入学式は制服で、そのあとのパーティはドレスです。ちゃんと準備しとりますよ」


「入学式とパーティで、髪型は変えると?」


「変えますよ。いろいろ試したんですけど、どうしても両方に合わんくて。でも、あんまり時間がなかけん、バタバタしそうです」


「そりゃたいへんやねぇ。うちも手伝いたかばってん、夜のパーティの準備に行かないかんけんね。ていうか学院の雑用ば学生のメイドがやるとか、普通におかしかろ? ネッラも明日から掃除とかするんやろ?」


「ですね。でもまあ、お嬢様のお世話よりは楽なんで、私は平気ですけど」


「……つらかことがあったら、ちゃんと言いんしゃいね。早めにね?」



 食事の仕込みを終えてから、ネッラとジョバンナは軽めの朝食をとった。たいてい仕込みで余ったものを食べるのだが、そもそも味見で結構食べているので、あまりお腹は空いていない。なので、軽めで十分。



「ネッラ、そろそろお嬢様ば迎えに行かんといかんよ」


「? 午後からやけん、まだ早かっちゃないですか?」


「なに言いよーとね。もう朝ごはんの時間やろうが」


「あっ、そうでしたね」


「……まさか奥様がおらんけんって、お嬢様ば甘やかして、ぐーたら生活ばさせよったりしとらんよね?」


「アハハハ、まさか〜。私がそげなこと許すわけなかですやん。まさか〜、そんな、アハハハ……」


「ネッラって優秀やけど、嘘つくのはほんと下手くそやね」


「明日から……いえ、今日から、ちゃんと指導します!」


「しっかりしんしゃい。『ヴェルディモンテ家の名に傷がつかないように主人を導くのがメイドの務めなんだから』って、メイド長に怒られるばい。うちはそこまで言わんけどね」


「はい。気ば引き締めます」



 ネッラは自分が少し浮かれていたことに気づいた。南方に来て、小旅行しょうりょこう気分が抜けず、フィオレンツァときゃっきゃと毎晩夜更よふかししてしまった。本当に気を引き締めないとクビになると、ネッラは気合を入れ直し、貴族用の宿舎に向かった。


 ルミナラ王立魔法学院は生徒の自立を求める。そのため、貴族であってもメイドの過干渉を認めていない。部屋まで行かずに、ネッラは貴族宿舎の食堂で、フィオレンツァが降りてくるのを待った。


 お家柄が出るもので、身支度を整えてちゃんと起きてくる者もいれば、ぼさぼさの頭で降りてくる者もいる。女子寮ということもあり、油断しているのだろう。ネッラは急に心配になってきた。フィオレンツァに髪を整えてくれとまで言わないが、せめて下着姿で降りてこないでほしい。


 しかしながら、待てど暮らせどフィオレンツァは降りてこなかった。ちょっと強く念じ過ぎただろうか。最悪、下着姿で降りてきてもすぐにシーツをかけられるように準備しているのだが。


 やはり、昼まで起きてこないつもりか。これは指導しなければならない。そうでないとネッラが怒られる、と階段の方へと歩みを進めたとき。



「あのぉ、確かあなた、フィオ様のメイドですよね?」


「あ、おはようございます、グラマンティ様」



 声をかけてきたのは、ルチェッタ・グラマンティであった。彼女も王立魔法学院に受かっていた。まぁ、フィオレンツァよりも受かりそうだったから、あまり不思議には思っていなかった。ただ、なぜ彼女がメイドのネッラに声をかけてきたのかはわからなかった。



「フィオ様ならば、今朝早くに出かけていきましたよ」


「え? え!? 本当ですか!?」


「はい。早く目が覚めてしまったので、お散歩でもしようかと廊下に出たら、ばったりお会いしまして」


「い、いつ頃ですか?」


「まだ日が出ないくらいの時間です。何だかおかしな恰好をしていましたけれど、どこに行くかは教えてもらえませんでした」


「変な恰好……。もしかして、長い竿のようなものを持っていませんでしたか?」


「あぁ、そういえば、何かかついでいた気がします」


「……教えていただきありがとうございます」



 なぜかルチェッタが、ネッラの顔を見てヒッと悲鳴をあげた。同時に、自分がどんな顔をしているのか鏡を見なくてもわかるなと思った。



 あんの、釣りバカお嬢が!

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