第20話 雪女編3

 「山本くん、どうしたらいいと思う?」


 閉店間際、お客さんも捌けて後は暖簾を下ろすだけとなった頃、ちょうどカフェに来ていた山本くんを引き留めて相談してみた。


 雪緒さんのスキー場は、ネット上の中傷記事を間に受けた人たちによって嫌がらせを受けている。それもこれもボフミラホテルの戦略のうちなのかと思うと、心底腹が立つ。


 「うーん、目には目をじゃないけど、地場産業が外資系ホテルに乗っ取られかけてるって言やぁ対抗にはなるだろうけどな。でも拡散力が足りないよなぁ」


 「拡散力、かぁ」


 「あら、それなら世界的大女優である私が協力するわよ?」


 にゅ、と、どこから店の中に入ったのか、天井の梁に逆さまにぶら下がった百合絵さんが顔を出す。百合絵さんはしばしばこうやって人を驚かすのが好きみたいだ。曰く「吸血鬼なんて蝙蝠みたいなもん」という。


 「でも、百合絵さんが企業の買収問題に口を出すとなるとイメージ問題になりますよ」


 山本くんがマネージャーらしくそう言った。


 「わざわざそういう問題にまで言及しなくても、雪緒ちゃんのスキー場を宣伝するだけでも効果はあるんじゃないかしら? スキー場の宣伝になるようなプロモーション・ビデオを作るとか」


 「ああ、それなら確かに宣伝効果は高そうですね」


 大女優の百合絵さんが出演するPV、確かに実現すれば随分と宣伝になりそうだ。

 でも、事務所関係とかそういうのは大丈夫なのだろうか?

 田舎のスキー場のPVだなんて、多分お金儲けに興味のない雪緒さんに払える額とは思えないし。

 けれどもその疑問に対して、百合絵さんはなんてことないように答えた。


 「あら、事務所の人たちなんて私の言うことならなんでも聞くから大丈夫よ。最初からお金取るつもりなんてないし」


 百合絵さんの薄く紫がかった紫檀の瞳が妖しくきらめく。

 芸能界で、タレントの言うことを事務所がなんでも聞くなんてちょっと信じられないけれど、吸血鬼だからだろうか? 確かに百合絵さんは、なんだか誰も敵わなそうな雰囲気の持ち主ではあった。


 結局、事務所に対して話は確実に通る(通す)から、PVの件を雪緒さんに提案しておいて、と言い残し、百合絵さんは去っていった。




 相変わらずボフミラ・グループの買収担当の人はしつこくカゲハさんの元を訪れていた。どちらにせよこのままだと、公開買い付けが始まるのではないかというような状況だ。

 とはいえ、雪緒さんのスキー場の株を持っているのはカゲハさんとか件さんとか、普通の人間ではない。金銭のために売ることもないだろうから、大丈夫との話だったけれど。


 より深刻なのは、嫌がらせの方だ。

 ついに雪緒さんのスキー場に対する反対運動まで始まってしまった。


 とはいえ、私はその反対運動をしている人たちは、お金をもらってやっているのではないかと睨んでいる。


 目つきがなんだか違うのだ。反対運動の是非はともかくとして、そういう活動をするぐらい熱心な人なら瞳に意思の煌めきがある。

 けれども彼らの目は、どんよりと濁った欲しか感じさせなかった。

 買収を諦めていないボフミラ・グループが、アルバイトで雇った人たちなのではないか、と思わせる有様だ。


 そういう印象操作は厄介ではあるけれど、こちらは地道に対抗していくしかない。

 地元企業に挨拶回りで事情を説明したりして、雪緒さんは対応しているみたい。


 あちらのように汚い手を使うわけにもいかないものね。

 


 

 そんな中、百合絵さんからPV出演許可が出たと連絡がきた。本当に話を通してしまうとは。

 そして今日は、終業後の玉手箱で作戦会議だ。


 「皆さん、私のスキー場のために、わざわざ集まってくれて、本当にありがとうございます」


 「水臭いこと言わないで。私と雪緒の仲じゃないの」


 カゲハさんが柔らかく微笑みながら言った。

 雪緒さんは、ずっと昔からこのカフェの常連さんだったらしい。付き合いだって、何十年にもなるのだとか。

 

 「雪緒ちゃんのスキー場が今まで通りに営業できるように、皆で知恵を絞りましょう。宣伝なら私に任せて、知名度なら自身があるわ」


 そりゃあ、世紀の大女優である百合絵さんんが味方についていれば心強い。マネージャーの山本くんも、うんうんと頷いている。


 「さて、でもどうやってPVを撮影するかが問題よね。私の事務所で付き合いのある会社に依頼してもいいのだけれど……、そもそも、私たち人間じゃないのよね」


 そう、そういう問題があった。雪緒さんやカゲハさん、百合絵さんは普段人間に化けて過ごしているけれど、雪緒さんのスキー場といい、このカフェといい、あやかしが普段から出入りしているのだ。何かの拍子にバレてしまったら、それこそ「お化けのスキー場」として悪評が立ってしまうかもしれない。


 やっぱり手作りがいいだろうか……。


 「あの、私の父が学生時代映画研究会で、8ミリカメラを持っているんです。それで手作りするのはどうでしょうか? 両親は私が視えることは知っていて、ただ、まだこの世ならざるものを完全に受け入れ切ってはいないのですが……」


 これを機に父に事情を話して、協力を要請してみるのもいいかもしれない。

 私の中には、私の視ている世界、生きている世界を両親に受け入れてほしいという気持ちがある。その気持ちに蓋をして逃げるのはもうやめようと、山本くんのおかげで思えるようになったのだ。


 「いいんじゃないか。8ミリカメラだったら温かみのある手作り感も出るし、昔からある地元のスキー場なんだ。それをアピールして地域に根ざしたスキー場として宣伝するのがいいと思う」


 「そうですね。私が目指しているスキー場の経営姿も、そういうものです」


 「それならまずはあずみちゃんがお父さんに打診してみて、それから細かいことは決めましょう」

 

 「私も、毎年来ている常連さんたちに出演してもらえないか打診してみます」


 「それならこのカフェのお客様にも聞いてみるわ。きっと出演する人がたくさんいた方がいい雰囲気になるもの」


 そうして会議は終了し、制作に関しては父の返答待ちとなった。




 その日の夜、少し緊張しながらスマートフォンを握りしめる。


 父からしたら、荒唐無稽な話だろう。買収されそうになっている雪女のスキー場について、PVを撮ってほしいだなんて。


 そもそも信じてもらえるのか、信じてもらえたとして、不気味がられて断られやしないか。


 不安は際限なく押し寄せてくるが、これも雪緒さんのスキー場のためだ。覚悟を決めて、私は父に電話をかけた。


 『久しぶりだな、あずみ。元気でやってるか』


 「うん。でもちょっと相談したいことがあって……」


 私はことのあらましを話した。今働いているカフェが、あやかしの集まる場所であること。常連さんに雪女がいること。その雪女の経営しているスキー場が買収されそうになっていること、などなど。

 どれだけ丁寧に説明しても、信じ難い話だろう。父は特に話を遮ることもなく、最後まで聞いてくれたけれど、信じてくれているのかどうかはわからない。


 私は不安に思いながらも、父からの返答を待った。


 『いいぞ、受ける』


 しかし、私の緊張もどこ吹く風。父は二つ返事で了承してくれた。


 「いいの!? そもそも、信じてくれるの?」


 『細かいことはよくわからんし、信じ難い話ではある。だがな、父さんは……』


 そこで父は息を大きく吸い込んだ。「これでもお前の親なんだぞ」とか、そういうことを言ってくれるのだろうか。


 『三枝百合絵の、ファンなんだ』


 しかし、帰ってきた言葉はそのようなものだった。

 

 なんだ、百合絵さんのファンだから、こんな奇矯な話も疑わずに受け入れてくれたのか。

 少し拍子抜けしつつも、芸能人パワーはすごいな、と感心したのだった。

 

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