第13話《残響と選別》


戦いの終わった地下施設には、もう敵の気配はなかった。


瓦礫の上に座り込んだセラは、左腕の擦り傷を見ながら顔をしかめる。


「……もうちょっとでやられてたかも。あいつ、リーチ反則だよ」


「避けずに受けるからだ。盾あるんだから、もっと使え」

黒川が背後から言う。


「使ってたよ! ちゃんと!……まあ、次はもっと上手くやるけど」


「次があれば、な」


黒川は小さく息を吐き、破損しかけた支援端末を手に取る。


「……この端末、まだ使える。アップロードはできるぞ」


「じゃあ、任務……」


ユウは一歩前に出て、自身の支援端末を接続した。

ディスプレイが起動し、文字が浮かび上がる。


《ログ接続確認》

《支援データ送信中……》


端末が低く唸り、数秒後に“完了”の表示が点滅した。


《任務進行度:100%》

《アップロード完了。目標達成》

《任務区画内に残された支援端末は、制限モードへ移行します》


ユウが端末を静かに外す。


「……完了、だな」


セラが大きく息を吐く。


「やっと……終わったんだ……」


「まだ72時間の半分も終わっちゃいない。

 けど、一区切りにはなるな」

黒川が言いながら、周囲を見渡す。


破壊された室内、崩れた構造物。

そして、倒れた3人の敵プレイヤーの亡骸。


誰も、何も言わなかった。


「……行こう。ここに、長くいる必要はない」


ユウのその言葉に、セラと黒川も静かにうなずいた。


任務は、一応の達成を迎えた。

だが、ゲームはまだ、終わらない。



瓦礫に覆われた通路を抜け、ユウたちは地上へと戻った。


──空は、深い群青色に染まり始めていた。


沈みかけの太陽が、崩れたビルの間から淡い光を差し込ませる。

昼と夜の境界にある、静かすぎる街。


「……夕方、か」

ユウが呟く。


「戦ってた時間、結構長かったんだね」

セラが額の汗をぬぐいながら言う。


黒川が支援端末を起動し、画面を一瞥する。


「任務終了まで、あと──28時間22分」


セラが目を見開いた。


「えっ、まだそんなに残ってるの……!?」


「逆に言えば、28時間も残して“最初のログ”を送信したのが、俺たちってことだ」

ユウが淡々と返す。


「……じゃあ、やっぱり他のチームは……」


セラが言いかけた言葉を、黒川が静かに遮る。


「今のうちに戻って休んでおいた方がいい。

 今は、動き出すには遅すぎる時間帯だ」


「……うん」


三人は足音だけを響かせながら、廃墟の街を歩いていく。


かつてコンビニだった場所の前を通る。

扉は壊れ、棚は倒れたまま。物資を漁った形跡もある。


その床に、割れた支援端末の残骸が転がっていた。


ユウは立ち止まり、しばらくそれを見つめる。


「……ログ、送れなかったやつか」


「何人目かもわからないな」

黒川が言う。


「これ以上、誰も死ななきゃいいけど……」

セラの声は、小さかった。


返す言葉はなかった。

ただ、冷えた風が廃墟の隙間を吹き抜けていく。


やがて三人は、拠点となっている建物の前へとたどり着いた。


遠くで、夜の気配が濃くなりつつあった。


風が吹く。


吹き抜ける廃ビル群の隙間、かつて街だったその一角には、

言葉もなく、ただ異様な“光景”が広がっていた。


──街灯に吊るされた、ひとつの死体。


支援端末ごと串刺しにされた遺体が、ロープのような何かで高所に固定され、

その下には、血で描かれたメッセージがあった。


《ログは俺がもらった》


まるでゲームのルールを、笑うかのように。


別の角を曲がると、今度は倒れたプレイヤーが壁に叩きつけられたように潰れていた。

頭部は潰れ、手足は不自然にねじ曲がっている。


そして、そばにはまた、支援端末が“足で踏み抜かれたように”粉々になっていた。


その通りを、ひとりの男が歩いていた。


血塚 狂牙(ちづか・きょうが)


赤黒いジャケット。

腰には、血の乾いた短剣が二本。

顔にはいつもの──半笑い。


「はは……ハハ……うーん、今回はあんま面白くなかったなぁ」


小さな声で、楽しげに喋る。


「最初はさ、“お願いだから殺さないで”って泣いてたのに、

 最後には“もう終わりにしてくれ”って……どっちやねん」


短剣をくるくると指先で回し、血の滴る刃を眺める。


「さて……そろそろ、次のログを狩りにいくか」


狂牙は、空を見上げた。


その視線の先にあるのは、次の“標的”。


そのころ、別の街区でログを終えた者たちが、安堵の中で休息をとっていることなど──

知る由もない。


風が、また吹いた。


そして、次の悲鳴はまだ聞こえていなかった。


拠点の建物に戻ったユウたちは、無言のまま古びた椅子に腰を下ろした。


夜の帳がすでに降りており、窓の外は静まり返っている。

街灯のない闇は濃く、遠くで何かが風に鳴っている音だけが聞こえた。


「はぁ……ようやく一息つけるかと思ったけど……」

セラがポツリとつぶやく。


ユウは支援端末を取り出し、画面を確認する。


《参加人数:1171 → 1149》


「……また、減ってるな」

静かな声だった。


「……任務終わったのって、私たちだけ?」

セラが端末を覗き込みながら、顔を曇らせる。


黒川が応じる。


「ログ送信の数まではわからない。ただ、街で見た端末……壊れてるのばっかりだったろ?」


「……うん。誰かが持ってるってより、踏まれて壊された感じだった」


「たぶん、“送る前に殺されてる”ってことだな」


セラの息が浅くなる。


「そんな……ログ送るのって、最低限の生存条件なのに……」


「逆に言えば、それが“狩りの基準”なんだろうな」

ユウが言った。


支援端末を閉じ、ゆっくりと立ち上がる。


「このまま休んでたら、次は俺たちの番かもしれない」


「まさか……ほんとにこっちに来るって……?」

セラが顔を上げる。


「可能性はある。けど、来るとしても“夜”じゃない。

 やるなら、昼だ。狩る側にとっても視界は重要だからな」


黒川がそう言って、窓の外に視線を向けた。


「休めるうちに休んでおけ。明日からまた動くことになる」


冷たい風が、建物の隙間を通って吹き抜けた。


その風の向こうで、誰かがすでに死んでいるかもしれない。

だが、その足音は、まだ聞こえなかった。


淡い光が、廃墟の縁を照らし始めていた。


夜が明けるその直前、静まり返った室内に、電子音が短く鳴り響く。


【ピピ──】


ユウが支援端末に目をやる。画面には、明確な通知が表示されていた。


《重要アラート:生存者行動区域の自動制限を開始します》

《残留プレイヤーは、24時間以内に“第2活動区画”へ移動してください》

《旧エリアは制限終了後、危険区域とみなされます》

《強制隔離措置までの残り時間:23:59:41》


「……来たな」

ユウの声に、黒川とセラが目を覚ます。


「なになに……えっ、区域制限? エリアが……縮小されるの?」

セラが端末を覗き込んで目を丸くする。


「つまり、“このエリアは切り捨てられる”。

 プレイヤーは全員、次の戦場に集められるってことだ」

黒川が低く答えた。


「じゃあ……あの男も、そこに来る?」

セラの声がかすかに震える。


「避けようとしても無駄だ。いずれ戦うかもしれないんだ。」

ユウはそう言って、静かに剣に手をかけた。


次に狩られるのが誰か、もう決まりかけているような空気だった。


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