第13話 お姉さんと焼肉⑤
「んふふ〜、晴翔くんっ、ねぇねぇ〜これ食べてみて? ほらっ、レアぎりぎり! 脂がじゅっわじゅわ♡」
「それさっき網に投下したばっかりなんで生焼けです。こっちを食べてください。あと、その食レポ……色っぽさ盛りすぎてません?」
「え〜? だって、見てよ。お肉が、ほら……こうやって噛んだ瞬間に……とろぉって……ね?」
うっとりした表情で、唇の端をほんのり開いて、色っぽく息を漏らす。
完全に酔ってるなこの人……さっきまでは平気そうだったけど、酔いが回ってきたのか。たぶんもう四杯近く飲んでるはずだし、不思議ではない。
もともとお酒に強いタイプでもないみたいだし……。
「くすっ……なんか顔赤〜い! 飲み過ぎには気をつけるだぞ〜? 大学生くん♡」
「水萌さんがそれ言いますか……あと、別に赤くもないですし。これは火のせいですよ、火。炭火強いな〜ほんと!」
「あは……ねっ、そっち座っていい?」
「え、はい。ん、どこって?」
「だから、となり〜♪」
そう言ってスッと席を立ち、向かいからオレの隣へスライドしてくる。
「うぉッ!?」
肩先が触れ合うくらいに身を寄せられて──ふわっと鼻を掠めたのは、香ばしい焼肉の香りを押しのけるような、ほんのり甘く優しい香り。少しだけアルコールを帯びた、酔いどれお姉さんの大人な匂い。
「もう少し距離感ってものを……! ここ焼肉屋ですよ!」
「焼肉屋じゃなかったらいいのかな?」
「いや違う、そういう意味じゃなくて……!」
「晴翔くん……」
「な、なんですか……?」
「ふふ〜……ごはん粒、ついてるよ? ここ♡」
言うが早いか、オレの頬にスッと顔を寄せる。
甘い匂いが、より濃くなる。
そして──。
「ぇ……あ、あの……顔ちかっ……それ舐め取ろうとしてません!? 自分で取りますから!」
「きもちいいよ? お姉さんに取ってもらお?」
「きっ……い、いやいや、だとしてもせめておしぼりを使ってください!」
「えー? お姉さん流はこっちなの♡ ……ん、ぺろっ♡」
「ヒュッッッ――!!!???」
指先もおしぼりも、スプーンも使わず。柔らかな唇が直接触れ、ちろっと水音を立てて舌が優しく頬を撫でる。
それはもう、自然に。一瞬の出来事。
脳がバグる。
オレ、今なにされた? キス?
いや、違う。
ほっぺを舐められた。
「んふふふ……今変な声出ちゃったね。やっぱり晴翔くん面白いなっ」
「も、もうやめてくださいってば……っ!」
顔面が爆発するかと思った。
心臓がバクバク言ってる。
もう反撃しないと正気を保てない。
「……水萌さんも! ほら、ほっぺにご飯粒、ついてますよ」
「えっ? ほんと? はず〜〜!」
唇の周りをあっちこっち指で触れ、本当はついていない米粒を闇雲に探す。
それから自分では取れないと考えたか、動きを止め、キラキラした目でこちらを見つめてくる。
「な、なんですか」
「取って?」
「えっ、オレが?」
「ほら、はやくぅ。んっ……」
ふわっと頬を寄せて、目を閉じる。柔らかそうなピンクの唇が、まるで「どうぞ」と言わんばかりに差し出されている。
やばい、可愛い、触れたい…………じゃなくて!
この人、絶対遊んでるだろ!
「じゃあ……失礼します。変な声出さないでくださいよ」
ここで引くとまた揶揄われてしまうだろう。同じような展開に引き込まれるのは癪だ。
だから仕方なくおしぼりを手に取り、頬のそれっぽい場所に当ててみる。
優しく、そっと、腫れ物を扱うように触れた瞬間──。
「んぁっ! ふ、あぁ……なにそれぇ、くすぐったい〜……んはぁ」
水萌さんの肩がビクンと跳ねた。そして艶っぽく吐息を漏らし、そっと目を開けて、上目遣いで妖艶な笑みを浮かべる。
「どう……? とれた……?」
「ぐっ……はい、一応……」
「ふふっ、ありがと。きもちかった……」
「……………………」
硬直、言葉を失う。それも無理はないだろう。
彼女いない歴=年齢の童貞男子大学生には何から何まで刺激が強すぎるのだ。
顔も、香りも、息づかいも──全部がオレを包み込んで、逃げ道をなくしていく。
艶かしい声、肌のぬくもり、アルコールの混じった吐息。
ただでさえめちゃくちゃ美人なお姉さんに、そんなふうに迫られたら、まともな思考なんてできない。
もう心臓の音がうるさすぎて、水萌さんの声もちゃんと聞こえない。
このままじゃダメだ。
流れを変えないと。
マジで沼る。
「おっ、お肉っ! お肉焦げますよ!! 黒毛和牛!!」
声が裏返った。
まるで非常ベルを押すような必死の叫びだった。
「あ〜ん、せっかくいいところだったのに〜」
残念そうにぷくっと頬を膨らませながらも、トングを手に肉を返しはじめる水萌さん。
いいところって、どういう意味?
でも、とにかく……助かった。ギリギリで現実に帰還できた。
(酔いゲージはMAXだな……)
これ以上エスカレートして限界突破飲酒からのゲロルートに直行するとマズいので、席移動は禁止、お酒も四杯目でストップして烏龍茶に変更。肉はオレが全部焼いて水萌さんを満腹にする作戦に打って出ることに。
しばらくは渋々と従っていた様子だが、それ以降は普通にマシンガントークを楽しみながら、オレと水萌さんは心もお腹も満たされていくのだった。
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