第9話
さてさて、そんな睨みつけられてもこっちは蛙じゃないんでな、怯んでやれないんだわ。
どうやって戦うか。牙から分泌される毒液を直接くらえば終わりだから、それだけは避けないとだな。
「こいよ毒蛇。殺してやっから」
挑発されたのがわかったのが、ロロロと喉の奥を鳴らして威嚇してくる。
逃げる気はなさそうだ。じゃあ戦うしかないな。
俺としては向こうから仕掛けてほしいんだが。何せ、足場が悪い。下手に動きだしを狙われる危険性を冒す必要はない。
どうせ知能は獣並なんだから――ほら、来た。
蛇の攻撃手段なんて大体二択に絞られる。長い胴体を振り回して叩きつけてくるか、その大口を開いて食らいついてくるかだ。
まず最初に選ばれたのは、尻尾の振り回しだった。
その長い胴体を振り回して、鞭の要領で先端が迫る。
これだけのデカさだと、純粋な質量攻撃として優秀だ。
「まっ、鍛えてますから」
下半身に意識を集中し、重心を安定させる。そして、両腕を突き出しながら、正面から胴体の先っちょ付近を受け止めてやる。
「ぐっ。流石に重いな……」
足場が悪い。踏ん張りがきかず、泥の中を数メートル引きずられる。
だが、止まった。捕まえたぜ。
左手を胴体に添えたまま、右腕を振りかぶる。
「おらっ!」
まずは挨拶として、渾身の右ストレートを胴体にお見舞いしてやる。
力いっぱい振り絞った右腕が、深く深く、めり込んでいく。
痛くはあったのか、バジリスクは金切り声を上げた。
「逃がさねぇよ!」
逃げようともがく胴体部を左手でしっかりホールドして、もう一発。またしても悲鳴を上げて、バジリスクはこちらへ向けて大口を広げて飛び込んできた。その行動を待っていた!
即座に胴体から手を離し、剥き出しとなった二つの牙をそれぞれ掴んで動きを止める。
牙の先から黒い液がポタリと零れ落ちる。なるほど、毒液が凶悪なだけで他は普通のバジリスクなんだなお前。
お前の敗因は、初手からその毒液を遠くから飛ばして一生遠距離攻撃する知能がなかったことだ! 獲物は胴体で巻き付けてから捕食する蛇の本能が仇となったな! どんな優れた武器も、使わなきゃ意味がねぇんだよ!
腕に力を籠め……同時に牙を両方とも粉々に砕く。
バジリスクは堪ったものではないと、沼地中に響き渡りそうなほどの大きな悲鳴を上げた。
足場が悪くとも、そんだけでかい隙を披露してくれればもう十分だ。
近くにあった胴体部分に足をかけ、足を沼地の泥から引き抜く。そして、態勢を整えた後、バジリスクの頭上へと飛び上がる。
「さあて、おねんねの時間だクソ蛇野郎」
空中で右腕を振りかぶり――拳を脳天へと叩きつけた。
勢いよく地面に叩きつけられたバジリスクの頭により、周囲の沼に大きな波が作り出される。
俺は失敗しないように着地して、バジリスクの様子を伺う。
うん、しっかり気絶してるみたいだな。まだ息はありそうだ。
「手負いになると毒をバラまいて逃げる習性があるからな。一発で片づける作戦が上手くいったみたいだ」
さあて、こうなったら後はのんびり処分するだけ……なんだが。
あの頭の黒い石、気になるよなぁ。ちょっと先に取ってみるか。
気絶してるのをいいことに、無造作に胴体の上に這い上がり、頭の上へ移動する。
ふむ、力いっぱい引っ張れば取れそうだな。取ってみるか。
「どおれっ!?」
想像に反して、黒い石はあっさりとバジリスクの頭から引っこ抜けた。どうやら短い杭のような形状になっていて、少し深めに刺さっていたようだ。ただ、とっかかりがないから、真っすぐ引き抜けば抜けてしまう感じだったみたいだな。
危うく力の入れすぎでその場でひっくり変えるところだった。
「……抜いてみたが、わからんな。持って帰って調べてもらうか」
取りあえず荷物入れに放り込んで、残されたバジリスクをどうやって殺すか考えようとしたときだ。
「死んでるな、これ」
そう、死んでいる。先ほどまでは間違いなく気絶してるだけだったはずなのに、だ。
気になって少しばかり観察してみることにした。どうやら、このバジリスクは俺以外にも何かと戦ったことがあるらしい。傷が所々に散見している。
縄張り争いに負けた個体なのか? だとしたら、まだ周辺の警戒はした方が良いな。
残念ながら依頼じゃないし、アルテシアちゃんのライブに間に合わないから今すぐに俺が対応することはないが。冒険者ギルドに伝えておくぐらいはしておこう。
「ま、元々弱ってたってことか。運がよかったな」
変異個体なのにさっくりやれたのも、弱ってたからと考えればしっくりくる。
毒を飛ばしてこなかったのもあれは消耗が激しい技だからか。さっさと飯食って回復しかったんだな。なるほどなるほど。
「よーし! 村に返って村人を安心させてやるか!」
そういえば、バジリスクの死体はここに放置でいいんかな。
……仕方がないから村まで運ぶか。クッソ重いけど。
討伐した証拠は必要だからな。細かいところで信頼を稼いでおくのが重要だ。
アルテシアちゃんのファンとして、怪しい奴だとか信頼できない奴と思われるわけにはいかないからな!
頭を持つか尻尾を持つかで悩み、尻尾の先端を掴んで引きづって行くことにした。
そして、その状態のまま村まで帰ってきた。
門の前まで進むと、勝手に門が開かれる。なんだ、見られてたのか。いや、バジリスク引きずってたらそりゃ目立つか。
「なんと……っ! 本当に討伐されたのですか?」
「ああ、気になるなら調べてみな。それじゃ、これは村で保管しといてくれ、後で冒険者ギルドの連中が何とかするだろうさ」
少し怖がっている様子だったが、バジリスクの様子を検分する村人たち。
そして、死んでいることが分かると、この世のものとは思えないほど大きな喜びの声を上げた。そのまま踊って天までたどり付きそうな勢いだ。
「ありがとうございます。本当に一刻も早く終わらせてくださるとは……っ」
村長は安心したのか、泣き出してしまった。
ここまで喜ばれると、早々に仕事をした甲斐があるってもんだ。
「まっ、仕事だからな。何より、俺が敬愛する人が人助けを惜しむなって教えてくれてるんだ」
「その方は素晴らしい方なのですね。貴方にも、そしてその方にも感謝しなければなりません」
「ああ! とんでもなく素晴らしい人さ! もしも、王都に来たら黄金の稲穂亭ってところで、アルテシアって子を探してみな。その子がそうだからさ!」
もちろん、宣伝できる時には宣伝は欠かさない。
厄介ファンが増えるのは困るが、恩を感じてくれるならそうはならないだろう。
こうやって各地に潜在的なファンを作り出しておくことで、いつか彼女のためになるだろうからな。
あるのかどうかは知らないが、アルテシアちゃんが王都を離れる時だとか。
向かった先の町や村にファンがいれば、良くしてもらえるはずだ。
それじゃ、さっさと戻りましょうかね。
っと、その前に一個やっておかないといけないことがあるな。
「あの、一ついいっすか」
「はい、何でしょう?」
「水場貸してくれません? 魔物の臭いこびりつけたままだと、馬が乗せてくれないんすよ……」
帰る前に、一回綺麗にしないとな。
前に一回これ忘れて、めっちゃ怒られたんだよな。機嫌取るの大変だった。
ある程度慣れてくれたとは思うが、流石に沼地のドロドロの上にバジリスクの体液を浴びた状態は絶対に拒否される。
誰に怒られるのかって? もちろん、馬にだよ。乗せてくれないと困るからな。
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