異世界でドルオタしてる俺氏、推しの悪質ストーカーを退治していたら救国の英雄扱いされているらしい。~王女様から届いたこの招待状は一体何?~

パンデュ郎

第1話

 大歓声が上がる。場内が一気に沸き上がる。

 普段荒くれてる冒険者も、賢ぶっている商人も、彼女の前では形無しだ。

 王都の中でも一番でかい高級宿屋兼酒場、そこで彼女――アルテシアちゃんのライブが開かれている。


 たかがアイドルと侮ることなかれ。彼女はこの国を代表する歌姫だ。

 そもそも他にアイドルやってる人物がいないだとかは些細な問題だ。彼女が素晴らしい子だということ、それだけを胸に刻んでほしい。


 それはもう美貌も天使顔負けというか、至宝と崇められているこの国の王女様にも引けを取らないどころか勝るに決まってるし、女神さまもきっとアルテシアちゃんには遠く及ばない。

 何より歌が音程取るの抜群に美味いし高音もビブラートも凄いし、凄いトレーニングしてるんだろうなってのが伝わってくるところとか本人の性格の良さが透けて見えるのがもうマジでおいこら今押したの誰だこら。


「こら、押すな! 推すのはアルテシアちゃんだけにしろ……なんつって」

「うるせぇぞ! アルテシアちゃんの歌声が聞こえねぇだろうが!」


 酒場の中は押し合いへし合い、人が混み入っている。

 一方で、推しのステージはしっかりと設けられていて、一段高くなっている。そこは彼女一人が踊るだけで、広々としたスペースが広がっている。普段は踊り子さんや旅芸人らが使っている場所だ。

 しかし、俺たちはそれでいい。せまっ苦しい中、汗をかいて、彼女を応援する。

 それこそが俺たちの推し活マインド! 推しの幸せで飯が美味い!


「みんなーっ! 今日はありがとう存じましたー!」

「「「うぉーーーー!!!」」」


 大歓声を浴びながら、暑苦しい輩が揃ってる酒場の中で、唯一綺麗な花である彼女はお上品にお辞儀をする。歌っている最中はもちろん、歌い終わりまで優雅だ。

 ああ、なんて可憐なんだ。丁寧な言葉遣いも清楚感が合って、とても良く似合っている。地下アイドルとかでよく見るまずは露出で売るようなタイプではなく、純粋な実力が素晴らしい!


 それにしてもお前ら酒くせぇよ! 酔うならアルテシアちゃんの歌で酔え!

 ほらもう足元おぼつかなくなってるじゃねぇか。しょうがねぇなぁちょっとこっち来い。ほら、水飲め水。ああもう吐くなら端っこ行けよ。連れてってやるから。

 そっちの奴は前出すぎな? もうちょい下がれ。大事なマナーだぞ守れ。


 そうやっているうちにクライマックスを終え、アルテシアちゃんがステージの奥に姿を消すと、一気に酒場内の熱気が収まる。

 これだけを楽しみに来ていた奴もいるぐらいだもんな。なんなら店の外にもアルテシアちゃんの歌声目的で人が寄ってきてるほどだ。


 かーっ! こんな高級宿入るの大変だもんな!

 俺もアルテシアちゃんのライブ会場がここになってなければ、高い金払ってここに泊ってねぇもん。ライブ会場になってる時点で加点一億万点だから何をどうしようが払うんだけど。


 この宿――豊穣の稲穂亭に泊まっていると、優先的にアルテシアちゃんのライブに直接参加できる。泊ってなくても高い金をその都度払い、抽選を潜り抜ければ参加できるが、ファンとしては毎回参加したいに決まっている。

 これもまた泊るのに高い抽選を潜り抜け、俺は確実なライブ参加権を手に入れた。高い宿の癖に人で賑わっているのも、彼女のおかげだろう。

 なんでそこまでするのかって? それは、ひとえに俺が彼女に救われたからさ。


 俺は転生者だ。

 前世は日本で会社員をしていた。特に優秀だったわけでもないが、他にやることもないからって働きまくってた。生きがいも何もなく、ただただ働いて、働いて、働いて……気が付けば、今の世界に転生してしまっていた。過労で死んだのかもな。

 んで、転生したと言っても何をすればいいのかわからない。誰も教えてはくれなかった。

 役割なんか用意されないまま、俺はガキの頃から路頭に放り出された。まあ、今世では両親に恵まれなかったってことだ。ある程度の年齢の時に捨てられてしまった。


 日金を稼ぐだけなら、冒険者とかいう日雇い職で食いつなぐことはできた。

 この転生先の体が凄いのか、軽く鍛えたら腕っぷしはかなり強くなれた、と思う。思い通りに体が動くってこういう感覚なんだって感心したぐらいだ。

 でも、ただ生きているだけだった。こだわりなんかもないその日暮らし。陰気な俺に近づくやつもいなかったし。一人で日々を消費するだけだった。そうやって、大人になるまで生きてきた。


 そんな折、彼女が声をかけてくれたんだ。

 あの時の事は、忘れようと思っても忘れられない。


『暗い顔をして、どういたしましたか?』

『いえ、別に。特には、何も』

『何も……ですか』


 特に目的なんか持ち合わせていない俺の答えを聞いて、彼女は何かを思案しているようだった。


『一つ、歌を聞いてみるつもりはありませんか?』

『え? 歌、ですか?』

『ええ、この後私、あの店の中で歌うんです。この券を持ってれば入れますので、聞いていってくださいませんか?』


 俺は受け取ってしまった。別に興味があったわけじゃないが、ひょっとするとこの時点で彼女が持つ活力の輝きに惹かれていたのかもしれない。


『――何も、だなんて、絶対に言わせませんから』


 彼女はそう言い切り、この店を指さしてから、姿を人ごみに消した。

 俺はふらりと彼女の歌を聞きに行った。店には、話しかけられた時に渡された紙を見せれば入れてもらえた。


 ――衝撃だった。

 最初、彼女は相手にされていなかった。吟遊詩人とも違う、ただの歌唱。そんなもの、楽しむ文化がなかったんだ。純粋な歌を、芸術を、貴族でない人々には。

 必死に歌うだけの彼女に対して、聞くだけ時間の無駄と冷笑する人さえいた。

 中には耳を傾けている人もいたが、それだけだ。


 だとしても、彼女は必至だった。全力だった。俺の頭にあったのは、どうしてという疑問だ。

 どうして、こんな状況で全力でいられるのか。どうして、歌うことをやめないのか。

 どうして、どうして。

 答えは、すぐ目の前にあった。


 気が付けば、俺は彼女の応援をしていた。声を出して、周りの目すら憚らずに。

 負けて欲しくなかった。全力で頑張っている人が、笑われるだけで終わってほしくなかった。

 些細なものだ。役に立つとは思えない。なんなら、俺の我儘を押し付けてただけかもしれない。――でも、彼女は笑っていたんだ。


 俺にはなにもなかったんじゃない。なにも見ようとしてなかったんだ。周りを見て見ぬ振りしてたんだ。

 彼女は何か目的があって、全力を尽くしていた。冷笑されようと、見向きもされなかろうと、その先にあるものを見据えていた。その何かのためならば、全力になれると。

 俺は……その何かをようやく見つけられた気がした。


 それからというもの、俺は彼女の追っかけをしている。とはいっても、彼女は毎回この場所でライブをするから前世での全国ツアー追っかけみたいなことはしてないんだけどな。

 不思議と、その日の稼ぎも彼女の歌を聞くためと思えば頑張れた。

 生きる目標を、彼女は俺に与えてくれたんだ……っ。


 今となっては、彼女も大人気に。こうしてライブの日には常に人が大量に集うほどになった。

 地道に応援し続けてきた甲斐があるってものだ。ファンミーティングを企画したりした成果もあって、民度も良くなってきたしな。

 彼女にはいつまでも健やかに楽しく活動してほしいからな。アイドルが気持ちよく活動できる地盤固めはファンの仕事だ。


 だが、光あれば影もある。

 今もそうだ。ライブが終わって、人ごみに紛れてよからぬことを考える連中が見える。

 奴らが宿屋を出て行ったのを見計らって、俺もそっと後を付いて行く。

 案の定そいつらが向かうのはこの宿の隣にある路地裏。宿の裏口がある通路だ。


「おい」


 声をかけてやれば、そいつらはこちらへ振り返る。三人か。


「そこは裏口だぞ、関係者以外立ち入り禁止だ」


 いるんだよなぁ、こういう奴ら。

 向こうはお互いに顔を見合わせて、こちらを睨みつけてくる。引く気はなさそうだな。

 こういう風に、追っかけの中でも度を越えた危険なストーカーや出待ち勢がいるんだ。善良な一ファンとしては、見て見ぬ振りはできない。


 万が一アルテシアちゃんに何かがあれば一大事。そうでなくとも、ファンは怖いのだと彼女に思ってほしくはない。彼女にはずっと笑顔できらきらと輝いていてほしいんだ。

 ――かつてあったことを思い返す。あの時の恐怖に歪んだ彼女の表情は、未だに脳裏に焼き付いている。もう、二度とは起こさせない。


「今なら見逃してやる。大人しく、アルテシアちゃんの事は諦めて帰りな」

「帰れ? 帰れだと? 何も知らない若造が。文字通り、英雄気取りか」

「知らんっちゃ知らん。でもな、わかるさ。お前たちも引けないんだよな」


 納得はできないが、厄介ファンの心境もわかる。

 うんうん、あんな太陽みたいな女の子がいれば夢中になりすぎるのもわかるってもんだ。

 でも、推し活は距離感が大事。過度な粘着はNGさ。


「引けないのをわかっていながら、なぜ」

「なぜって。お前たちにもあるだろう? 帰ってやるべきことが。家族とかな」


 俺にはいないけど。でもまあ、お前たちが破滅すれば困るのは家族だ。

 ほら、表情が軽く揺れた。


「……だとしても! 引くわけにはいかんのだ! 魔道具を起動しろ! 丸腰相手なんだ、武装ありならば敵ではない!」

「しょうがないな。じゃあやりますか」


 説得は例によって例の如く失敗。

 三人組の内二人が左右に分かれてこちらへ襲い掛かってくる。いつの間にか、手には剣を持っているし、鎧を身にまとっていた。

 聞いたことがある。騎士団とかの一部では、平時でもすぐに戦闘態勢に入れるように即時装備できる魔道具が配備されてるだとか。

 なんでこいつらがそんなもの持ってるんだって気はするけど――問題はないな。


「ふんっ!」

「ごふっ……」


 まずは先に近づいてきた右側の奴。携えていた剣の一撃を身をかがめて交わし、右の拳を胴体に思い切り叩きこむ。鎧は砕けはしなかったものの、大きくへこみ、内部へと衝撃を伝えた。

 これで、一人はその場に膝を付いてから倒れた。


 少し遅れてやってきた左側の奴。こっちも少し動揺していたらしく、振りかぶりが遅かった。その瞬間を狙い、顎へ左アッパーをくらわしてやる。


「な、なにっ!?」

「悪いな。これでも普段は荒事専門なんだ」


 こいつらの動きも悪くはなかった。むしろ、追っかけファンの中にはこんなに素早く動ける奴がいたのかと驚いた。普段冒険者の中で荒事仕事しているが、最近はこいつら厄介ファンの方が強い奴が多いんじゃないかと思ってしまうほどだ。


 時間が経つにつれて、どんどんと強くなってる気もするし。ファンとしての熱量が高まっているから強くなるのだろうか。

 これは俺も負けていられないな。明日からも頑張って鍛えよう。


「それで? こいつら二人を連れて帰るか? それとも――」

「愚問!」

「だよなぁ」


 最後の一人も襲い掛かってくる。こちらは装備が急に変わる様子はない。

 面倒なので、こちらからも動き、下手に動かれる前に腹部に一発入れて昏倒させる。


「化け物、め……っ」

「鍛えてるからな」


 アルテシアちゃんのファンとして、見苦しくはいられない。太陽のように輝く彼女を応援しているのが、景観を汚すほど見た目が汚いなど論外だ。常日頃鍛え、見た目には気を使っている。

 こんな人が彼女のファンなら彼女はどれだけ素晴らしい人なんだろうと、ファン以外の人に思ってもらえるように自分磨きは欠かせない。

 ふう、今日もアルテシアちゃんのために働けたぜ。


 さて、こいつらは縛って憲兵にでも突き出すか。もはや顔なじみになってしまったやつもいるぐらい突き出してる頻度が高いけど。

 なんか最近憲兵たちの俺を見る眼がおかしいんだよな。もしかして、頻度が高すぎてマッチポンプしようとしてる奴みたいに思われてるのかな。毎回事情は説明してるし、納得もしてもらってるからそうではないと思いたい。


 それじゃ、さっそくこいつら連行しますかね。

 しかし、一向に減らんなぁ。毎回毎回厄介ファン撃退してるのに。

 ま、これもアルテシアちゃんの魅力が成せる技。ファンが増える量の方が多いってことで納得しておこう。

 そうだとすれば、とてもいいことだからな!

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