第23話(1)
第2王子アレクセイの立太子が決まったと布告があったにより、青天の霹靂に合ったようにソルトモーレ国内は大騒ぎになり、実にさまざまな憶測が飛び交うこととなった。
第1王子は何故皇太子から外れたのか、国王から皇太子の不適認定を受けた、王子の側から冠を投げた、あるいは第2王子が自分こそがふさわしいと政治活動をした、など。
公爵に降りてオルロフの婿になるらしい、伯爵令嬢が誘惑したらしい、いや王子の方がご執心だとか。
オルロフは公証を取り上げられないように王子を引っ張って来たとか、いやいや実は王家が公証を剥がすために王子を潜り込ませたなど。
的を射ているものはちらほら、大部分は掠りもしていないが、貴族界隈では精度が高いものが流布していた。
誰が皇太子になるかによって、親しくできる息子、嫁げる娘の有無が変わり、勢力図が大幅に書き換わるため、何としても第1王子をと推す家と、機会が巡って来た第2王子を引っ張り出したい家とが、にこやかさの仮面の裏で、特に結託などはせずに鎬を削った。
オルロフ家に皇妃の座を射止めさせ、よって己が対立する家の勢いを削ぐ思惑のため、公証を批判した貴族も少なからずいたようだった。
その逆もまた存在し、当人達の関知しないところで、同志集めの計略や運動がさかんに行われていたが、布告がされて決着が付くや否や、潮が引くように興味関心は失われ、皇妃として娘を捻じ込んだ家への媚びへつらい、また、第2王子の親しい側近に選ばれたい息子持ちは激しい追従合戦を始め、いつまでも枕を濡らすのは皇妃から落選した娘達ばかり、といった風情であった。
*
公証への批判は、布告を境に尻すぼみになっていった。
ニコライ王子の見立てどおりではあったが、王子がオルロフに"降家"したことよりも、国王陛下が咎めなしと裁可したことの方が大きかった。
あの運命の日、畏まり深く頭を垂れて、責任を取り公証長を交代し、長女アレクサンドラに継承したいというイワノフ・ペトロヴィッチ・オルロフ伯爵の嘆願は、半分のみ聞き入れられた。
国王陛下は、公証を立て直すまでは伯爵が長を務め、その後で次代に受け渡すように、と申し渡したのだ。
公証剥奪を覚悟していた伯爵は、驚愕と恐縮を湛えながら、姿勢を崩さないまま、「謹んで承ります、叡慮に感謝いたします」と声を震わせないように答えると、
「そなたの娘御に万全の体制で譲るのが、父として、長としての責務であろう。オルロフの永き貢献を余は評価しておる」
という温かい声色に、父伯爵は目頭を熱くして、ますます礼を深くした。
もちろん、批判は全くなくなるということはなかったが、詐欺の"実行犯"は全員捕しかるべき厳刑を受けたこと、オルロフ家が、犯人から回収し切れなかった被害額の補填を惜しみなく行ったこと、公証が速やかに改善策を講じ、それを世に周知したことから、貴族から平民へと、徐々に収束は伝播していった。
なお、『夫となられる方のご意向でかの賢く麗しきご令嬢が家を継いで解決する』という予言を的中させたセルゲイ・ペトロヴィッチ・ウリヤノフは、強欲な者に入れ知恵し唆してまで策を弄したのに、"表舞台への出頭"は免れたことを幸いに思わないどころか、
渇望した未来が訪れなかったことに激怒して家具をいくつか破壊し、夫人から顰蹙を買った。
*
第1王子ニコライは、オルロフ伯爵家に婿として入るものの、王族が王家を離れながら爵位を持たないでいるのは許されることではないということで、公爵位は慣例通り与えられることになった。
ただ、その爵位は一代限り、子が生まれてもその子はあくまでオルロフ伯爵家の者として生きることとなり、子が複数の場合、爵位を得られない場合も出てくるが、代わりに公爵位を得ることはないし、皇位継承者が皆死に絶えるなどの非常事態が起こらない限り、今後王族に名を連ねることもない。
ニコライ王子の系譜は、王の血を引くが皇位継承の権利を持たぬまま、
「いつまでむくれておるのだそなたは」
就寝前の習慣として、ベッドサイドに常置してある聖典を読んでいた国王が、皇后に呆れた調子で声をかける。
椅子にかけたままミニテーブルを爪で叩き続けていた皇后は、さっと振り向き、眼差しをぎっと吊り上げた。
ネグリジェの裾が翻り膨らむ。
「これがむくれずにおられますか!我が子ながら、我が子ながら、母の気持ちを汲めない愚か者だとは思っておりませんでした!」
「これ、そなたの子であろう」
「そして陛下のお子でもありますわ!もう本当に!陛下そっくり……!」
皇后は裾を揺らし、地団駄でも踏みそうに、全身で憤りを示した。
「せっかく私が、この国とあの子のためを思って理想的な王家の未来図を描きましたのに!
聡明で美しい妃がニコライを支え、2人の間には利発で可愛らしい子がたくさん生まれ、そう焦がれておりましたのに、王家から離脱して願望を叶えるなどという抜け道を使うとは!」
「何だ、アレクセイとその妃では不満なのか」
「そんなことは申しておりません、話をすり替えないでくださいませ!母があの子のためを思って考えたことを、卑怯な手段で台無しにするなんて!」
皇后の激昂をものともせず、国王はやれやれと寝しなの穏やかさを崩さないまま、妻を諭した。
「言っておくが、余があれと結託してそなたの野望を打ち砕いたと思っているのだろうが、それは違う。
そもそもそなたの策略は、オルロフを犠牲にして成り立つものであったが、ニコライはそれを決して良しとしなかったのだ」
「犠牲!公証など誰でも務められましょう!それこそ同じ血なのだから弟のウリヤノフでもその息子にでも!」
油を注がれた火は勢い良く燃え上がったが、
「よもやそなた、公証をオルロフに、アレクセイを皇太子に選んだ余の判断に不満があるのか」
と注がれた氷に一気に消退した。
口を噤んだ皇后を、活眼の君主と名高い国王は彼女の顔をまじまじと見つめながら、言うべきことを言うべき時を逃さず伝える。
「そなたの無念は分かるが、そなた以外の人間は、物語の中の登場人物ではない。
あれとしっかり話し合わずに独断で事を運んだのがそなたの敗因だ。
子の母として、この国の皇后として、皆の幸いをこそ願いの第一に据えなければならぬ。分かっているとは思うが」
皇后は返事をしないどころか、夫の君から露骨に顔を背けた。
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