第20話(2)

自室に戻ったニコライはすぐに、特に親しくしている公爵を、至急と言い添えて、人払いをした私室へと呼び寄せた。

M公爵はニコライと同い年だったが、父が病に倒れたこともあって、既に爵位を継承し家長を務めていた。

彼は幼いころからニコライに親しんだこともあって、他に誰もいない場面では、尊敬も謙譲もかなぐり捨てた、歯に衣着せぬ物言いをした。

ニコライは王子ではあるがまだ皇太子ではなく、公爵家は王家と深浅はあるものの血の繋がりを有するため対等であり、王子何するものぞというつもりなのだろう。

客観的には不敬ではあるが、学問も遊興も競い合い、議論は忌憚なく、相談には親身に的確な助言をしてくれる無二の、"対等な"友人であり、年下の弟妹達よりも頼りにする存在だった。

ニコライはさっそく登城してくれた友を私室に迎え入れ、礼もそこそこに、母皇后の仄めかしを伝え、何が起こっているのか正確なところを知りたいと頼み込んだ。

M公爵は切れ長の目を極限まで細め、


「君は、あんなにオルロワ嬢を気にかけているくせに何も知らないのか」


と苦々しげに言い放った。

ニコライは、彼女はどうせ公証の人間になってしまうのだからと、気にならないように目と耳を塞いでいたと弁解した。

M公爵は、そのせいで、いざという時に無知を焦るのは不経済にも程がある、と盛大に溜め息を吐いてから、彼が知る限りの事実と、目下出回っている噂とを揃えて教えてくれた。

知る限りと言っても、情報収集の意欲が高い彼は、今回の事件概要、伯爵の弟の熱心な活動、公爵夫人から聞いた、皇后の私室での歓談内容など、知る全てを事細かに説明した。

ニコライは手を握り締めながら聞いていたが、M公爵が言葉を切ったところで、「セルゲイ・ペトロヴィッチめ、ただでは置かないぞ」と罵った。

M公爵は片目を眇めながら尋ねる。


「ただでは置かない?恐れながらまだ第一王子の御身では報復などできないぞ。即位しない限り無理だ、殿下には権限がない」

「分かっている」

「国王になって処罰するかい、オルロワ嬢を妃に迎えて」

「そんなことはできない。それでは彼女に嫌われてしまう、妃に迎える意味がない」

「だろうな」


無作法を承知で、ニコライは爪を噛んだ。

公証を営み続けるというオルロフの使命を、彼女の目の前で砕けば最後、アレクサンドラはたとえ皇妃として王室に入ったとしても、絶対に王家を許さないだろう。

片割れが心を閉ざした、冷たい夫婦関係が待っているだけだ。

いくら彼女を気にかけていようとも、彼女の意に沿わない行動をするつもりは、ニコライには微塵もなかった。

M公爵はそれを一瞥し、


「それに恐れ多いことだが、皇后陛下の方も大概だと思うがね」


と呟いた。


「……母上は昔から彼女がお気に入りなんだ、昔から私に彼女の素晴らしさを仄めかして来られた」

「だからと言って何でも許されるわけではないだろう。お目零しの代わりに娘を差し出せなんて、完全に脅迫だ」

「分かっている」


ニコライは深い溜め息とともに項垂れた。

母皇后が、目的のために手段を選ばず、クイーンのソードを突き付け、卑怯と言い切って差し支えない仕打ちを、よりにもよってアレクサドラ相手に行うとは非常にショックだった。

他方で母皇后が、ニコライの心に彼女があることを推し量り、息子の希望を叶えるため良かれと思って気を回したと考えると、糾弾する気にはなれなかった。

M公爵は足を組み直し、俯くニコライに顔を近づけた。


「それで、君はどうする。いや、聞き方を間違えた。君はどうしたいんだ」

「……妻に迎えたい。だが、彼女から公証を奪うことはしたくない」

「贅沢だな。迎えるためのアイディアは」

「ない。ないから困っているんだ」

「例えば新たな公爵位を作るというのは……理由に乏しくて無理だろうな。というかそもそも、君とオルロワ嬢とは密かに想い合う仲だったりするのか」


無言で首を振るニコライに、M公爵は呆れながら言った。


「何だ違うのか。じゃあ求婚しても断られる可能性が高いじゃないか。君は公証を潰す王族側の人物なのだから」

「そんな言い方はやめてくれ。詫びる気持ちは海よりも深いんだ」

「何だかおちゃらけているな。深刻じゃないのか」

「どこがだ!深刻だよ!」

「だが事実、君は断られる可能性が高い、非常に高い。それは分かっているだろ」


ニコライは跳ね上げた頭をまた俯かせて、ああ、と苦虫を噛み潰したような声を出した。


「ということは、仮に申し込める状況になって、申し込みができたとしても、断られても仕方ないとは考えるんだね」

「それは……彼女には選ぶ自由がある」

「歯切れが悪いな。断られた後に、どうして断るんだと詰め寄りそうな勢いだ」

「そんなことするわけないだろう。想像したらショックが大きすぎただけだ」

「今まで想像していなかったのか。傲慢だな王子様、むしろ玉砕覚悟で挑むべきなのに」

「傲慢じゃない。それくらい思い悩んでるんだよ」


M公爵が


「相当の覚悟があるなら、手段がないわけではないか。茨の道だが」


と独り言のように呟くと、ニコライは「どんな手段だ」とばっと身を乗り出した。


「オルロワ嬢から公証を奪わない形にしてから、求婚すればいい」

「どういうことだ。新たな公爵位は立てられないと見込んだのは君じゃなかったか」

「違う、公爵位じゃないよ」

「じゃあ何だ」

「もっと頭を使いたまえよ殿下。君は普段は聡明なのに、余裕がなくなると思考力がゼロになる」

「分かっている、分かっているが早く教えてくれ。真剣なんだ」


M公爵は咳払いをし、もったいぶった調子で


「恐れ多くも我らが国王陛下も、第2子であらせられる」


と節を付けて宣言した。

ニコライは捧げられた謎に眉を顰めていたが、やがてはっとしてM公爵を見た。

M公爵は視線を受け止め、頷く。

しばしの沈黙の後、ニコライが口を開いた。


「確かに茨の道だ」

「だがそれしかない、そうだろう」

「ああ。知恵を貸してくれるか」


親愛なる第1王子が冷静さを取り戻していることにM公爵は満足しながら、もちろんだとも、と膝を突き合わせ、部屋が薄闇に包まれるまで綿密に策を練った。

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