第十話 編成の決定

「このうち、北部三都市を除く六都市は、わしらに協力を約束しておる」


 フィルーズの言葉に、ザーミーンは頷いた。

 当然だろう。

 王都を奪還するには、王国全体の力が必要だ。

 ティラーズだけでどうこうできる相手ではない。

 だが、次の言葉を聞いたとき、その認識が甘かったと思い知らされる。


「だが、アレイヴァ、ハームーン、ドズターヴは遠すぎる。砂漠は行き来だけでも大変でな。そう簡単に戦力を送ってこられん。ホルマガンは海賊の脅威を言い立てて身動きができんと。物資の協力だけは言ってきている。結局、いまあてにできるのは、グアシールのナスリーンと、クーサのケイヴァーン師だけだ」

「話にならないわね」


 ばっさりとキミヤーが斬り捨てる。


「その戦力では、大規模な反攻は無理よ。まずはティラーズの戦力で地道に相手の拠点を牽制する程度にとどめるべきだわ」

「キミヤー君の言うとおりですね。ホルマガンの助力があるとはいえ、物資は潤沢ではないのです。大軍は編成できません。次の出撃に出せるのは、せいぜい二部隊」


 眼鏡の副神殿長がキミヤーに同調する。

 猜疑心は強そうだけれど、バーバクのような感情優先型ではないようだ。


「だから、おれが行くと言っているだろう!」


 長く黙っていられないのか、またバーバクが割って入ってくる。

 騒音がやかましく、ザーミーンは眉をひそめた。


「なあ、ザーミーン、鴉がギャーギャー鳴くとどう思うよ」

「え、うるさい、ですかね」


 耳をほじりながら、唐突にべバールが振ってくる。

 ザーミーンは、思わず正直に返答した。


「ほらよ、バーバク。ザーミーンもうるさいって言っているぞ。いつまでも同じこと言ってんな。やまびこか」

「おお、やるかべバール! 喧嘩ならいつでも買ってやるぞ!」


 卓を叩いて立ち上がるバーバク。

 慌てて、巨漢のカイバードがバーバクを押しとどめようとする。

 べバールは足を投げ出したまま、ぼりぼりと髪を掻いた。


「おい、フィルーズ。クーサの御老体はともかく、双剣の舞姫ラクサンデ・シャムシールドには出張ってもらえないのか? ナスリーン嬢がいれば百人力なんだが」

「話はしているが、今回は間に合わぬ。次回だろうな」

「は、両手はないけど剣を持てってか? いまから念動でも習うか。学費くらい出してくれるよな」

「言うてくれるの。だが、ない袖は振れぬ」


 フィルーズは、右手をひらふらと振った。


「副神殿長、今回はおぬしに行ってもらう。動かす傭兵部隊は、おぬしが決めよ」

「小職が、ですか」


 娘のキミヤーではなく、副神殿長に任せた。

 フィルーズが副神殿長の能力を信頼している証と同時に、これは政治的決断でもあるだろう。

 批判的な姿勢が見える副神殿長にあえて任せることで、その批判を封じるつもりなのだ。

 老獪なフィルーズらしい配慮である。


「そうだ。おぬしも、そろそろこういう決断を学んでもいい頃だからな」

「は……。ならば、奇襲を仕掛けるならば部隊に斥候の多いフォルーハルと──」

「おれ、おれだよな!」

「──突撃兵に特化したバーバクの部隊に任せたいと思います」


 カイバードの部隊は重装甲で機動力が遅いので奇襲には向かず、前回出撃したべバールの部隊に休憩を与えるならこの選択しかない。

 だが、それでもバーバクはわが意を得たりと喜んだ。


「よし、よし! いい決断だぜ、副神殿長!」

「神殿からは、小職と中級神官から一名、下級神官を二名連れて行きます。人選は後ほど」

「よかろう。ただ、ザーミーンにも砦攻めを見学させたい。彼女も連れていけ。護衛として、べバール、キミヤー、ティグヘフの三人を付ける」


 最後に、フィルーズが付け加える。

 べバールは、足を投げ出したまま天井を仰いだ。

 神官長は、マージアールがどう選ぼうと、べバールを保険に使うつもりでいたのだ。

 食えないじじいだ、と口の中でべバールは呟いた。


「指揮権は副神殿長が持つものとする。バーバクとフォルーハルは、マージアールの指示に従うように」

「なんでだよ。前回は、べバールが指揮権持ってたじゃないか。キミヤー様は、べバールの指揮下だっただろう」


 カイバードの拘束を解こうともがきながら、神官長の命にバーバクが反発する。


(神官長じゃなくても、あん人に指揮権は渡せんけん)


 ザーミーンは、戦場の経験が何度もある。

 その経験からいうと、バーバクは命を預けるに足る上官には思えなかった。

 前線で剣を振るう一兵としては優秀なのかもしれないが……。


「年齢と経験だ。キミヤーは若く、べバールは老練。キミヤーには、べバールの下で勉強する必要がある。だが、マージアールはわしの下で十分に経験を積んだ神官。問題なかろう」


 神官長の整然とした説明に、バーバクも反論できず黙り込む。

 それを見て、フィルーズはこの話は終わったと判断したようだ。

 再び水晶に再度手をかざすと、投影されていた映像が拡大され、ティラーズ周辺に焦点が当てられる。


(地図が大きくなったけん! もんげんかあ)


 ザーミーンの目が丸くなる。

 ティラーズの魔道具の技術が高いのか、フィルーズの魔術の腕が優れているのか、彼女には判別すらできなかった。


「ここがティラーズ。そして、ここが前回落としたサドシュトゥン砦の跡。ザーミーンを救出した湧き水ケシュメフがある。そして、ここがカーバーザルト砦」


 サドシュトゥン砦は、ティラーズがある大山脈の中に築かれていた。

 だが、カーバーザルト砦は山脈から平地への出口に築かれている。

 高原から平野部に出るためには、押さえていかないといけない地であった。


「問題は、カーバーザルト砦の西の山中にあるセミロム砦。ここに、黒翼族シヤ・カナトラルの部隊がいる。魔力で飛翔する連中だから、砦を長時間離れることはない。だが、たまに哨戒する兵がいると、ティグヘフから報告が上がっている。運が悪いと、奇襲が察知されかねない」

「厄介だな。だが、連中も哨戒の時間制限があるはずだ。フォルーハルの部隊に哨戒が来ない時間を探ってもらうべきだな」


 べバールが卓から足を下ろし、身を乗り出した。

 作戦行動に話題が移り、やる気が出てきたのだろう。


 べバールが視線を向けると、フォルーハルが頷いた。

 相変わらず言葉は少ないが、べバールとの信頼関係は見て取れる。

 彼が参加していることで、ザーミーンは少し安心できた。

 実行部隊がバーバクの部隊だけだったら、不安で自分が前線に出ると言っていたかもしれない。


「砦と言っても、大きな建造物があるわけではない。黒炎珠アルナール・サウドで作られた空間が、地下の神脈に向けて広がっておる。そこに侵入し、黒炎珠を破壊する。それが目的だ」


 攻城戦のようなものを想定していたが、どうやら違うようだ。

 拠点への潜入と破壊工作。

 確かに、それなら傭兵二部隊でも可能かもしれない。


「サドシュトゥン砦の経験から言うと、中の兵力は百前後ってところだ。外で正面からぶつかると厄介だが、一度に出てこないなら対処はできる。事前に察知されなきゃ、成功するさ」


 兵力は相手が上。

 だが、それでもべバールはやってのけた。

 不測の事態が起きても、彼がいるなら何とかしてくれるだろう。

 そんな安心感があった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る