その美少女は黒鐘ミミ。

T村

第1話 恋愛アホフラグ

 俺、木谷絢人きたにあやとは4月から新しく大学生になる。俺は今1年間の浪人生活を終えて、もうしばらくは勉強しなくていいんだと思う解放感で胸がいっぱいだった。俺の地元は車社会が当たり前で、電車も1時間に3本程度しか通っていない田舎町である。ついさっきまで父親と一緒に引越しの荷物の搬入を終えて、父親がまた実家へと帰っていくところを見送ったばかりである。父親から別れ際に、人生の夏休みなんだから全力で何事もエンジョイしてくれと若人が言いそうなエールをもらった。父親の年齢を考えると言葉選びが少しずれているような気もしたが、ありがたく父親の言葉を受け取ることにした。

 実家から早朝に出てきたことと、荷物の搬入作業に体力を使い果たしたのかとても疲れており、とても夕食を自炊で作る体力と気力はもう俺にはなかった。

「今日は外食にしよう」

 そう呟き、外へ出た。15分ほど適当に周辺を散策したところで、俺のアパートの近くにはコンビニが1つ、郵便局が1つ、薬局が1つ、業務用のスーパーが1つあった。流石は東京と言わんばかりに商業施設が整っており、生活に不自由を感じることはとてもなさそうだった。

 また俺のアパートの近くにはそこそこ大きな公園があり、3月末の今日でも、満開には少し満たない程度に桜が咲いていた。何故かは分からないが俺はこの公園を既にすごく気に入っており、今夜は何かフードをテイクアウトし、この公園で食べる事を決意した。その後に近くの牛丼屋で牛丼を購入し、再度この公園に戻ってきた。公園内のベンチで購入してきた牛丼を食べ始めて、ものの5分で完食した。食べ終えた牛丼の容器を公園内のごみ箱に捨て、桜を眺めながら園内を歩いていた。

「何か面白い事起きねーかな、この新天地で」

 直近の1年間を思い返せば、決まった時間に起きて、予備校と家を往復するだけでとても楽しい生活とは言えなかった。なんとか志望大学に合格することが出来、2浪は避けることは出来たが、俺の中でこの1年間は何もしていない時間にしか感じれなかった。

「近くに可愛い子とかいねーかな」

 年頃の男子なら皆1度はそんなことをぼんやりと考えたことがあるだろう、俺も例に漏れずその一人だ。しかし、こんなことを呟いて目の前に美少女がいるのなら何も苦労はしないのである。砂粒程度の淡い期待を持ちながら、公園の外周をぐるりと1周散歩して、可愛い子がいなかったら大人しく家に帰ることにした。

「まあ、いるわけないよな」

 最後の角を曲がり、公園の入り口側に再び戻ろうとしている。もうすぐ可愛い子探しの短い旅が終わる。どうせ誰もいなくてこの後はただ寝るだけだ。そう考えると少し寂しいような気もしたが、どこか気が楽ではあった。半分諦め状態で角を曲がった。

「はいはい、どうせだれもいませんよっと、俺、お疲れ様でした、え……? 」

 そう、いたのである、しかも飛びっきりのが。こう言うと皆が嫌いな黒い虫を連想させるような言い方にも聞こえるが、とにかく飛びっきりのが今目の前にいるのである。これは話しかけるしかないな。俺の中で既に心は決まっており、彼女にグングンと近づいていった。すると、彼女が俺に気付き向こうから、

「何? なんか用?」

 やっべ、めっちゃ楽しい今。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る