魔王城に辿り着けない!

まるこりん

前編

闇が支配する静寂とした空間の中で、焚き火の炎だけが僕を照らしている。

明日はいよいよ魔王との決戦だ。

火に薪を焚べながら僕は今までの旅をゆったりと振り返ろうとしていた。

風が静かに吹いている。まるで旅の終わりを予感させるようなその風は静かに、そして緩やかに僕を包んだ。

ふと右手を伸ばし、その先にある指輪を眺めた。その指輪は月の光で輝いており、まるで明日の僕たちを照らしているようなそんな気分になる。

「あら、まだ起きてたの?」

ふと後ろを向くと、そこには背の高い青い髪をしたシスターのような格好をした女性が立っている。

リタ・ガーディアン。僕の仲間の1人だ。

「眠れなくてね。焚き火の前で今までの旅を振り返ってたんだ」

「そうなんだ」

リタはゆっくりとこちらへ歩いてきて、僕の対面に座る。焚き火の炎の勢いは少し弱くなった。

「君も眠れないのかい」

焚き火の炎は静かに揺れている。その煙はゆったりと空へ登っていた。

「いや、少しあなたと喋りたくて」

いつも勝気なリタだが、今日の彼女は違っていた。なんだかなにかを伝えたがってるような、そんな予感がした。

「そうか…なら少し話そうか」

僕はその場に立ち、伸びをして夜空を見上げる。星は決戦前夜だというのにいつもと変わらず綺麗なままだった。

「君が僕のパーティーに入った事、今でも思い出すよ。あの日もこんな夜だったかな」

リタも夜空を見上げる。その横顔は今までにみてきた彼女の顔で1番綺麗だった。

「そうね…弟が魔物に攫われて、あたしが追いかけてる所に偶然あなたが来たのよね」

「そうそう…あの魔物はとても強かった…君の力なしじゃ到底敵わなかったよ」

「それはあたしも一緒だよ。あなたが来てくれなかったらあたしは死んでいたからね」

口元に手を当て上品に笑う様はやはりいいところのお嬢様と言ったところか。仕草一つ一つにも気高さが残っている

「しかし、驚いたよ。君が僕のパーティーに入りたいって言った時には」

僕は体をリタの方向に向けてしゃがむ。彼女は足を伸ばし、立ち上がった。

「だって、あなたに助けられたんだもん。恩を返すのが筋ってもんでしょ」

まさかここまで来てくれるなんて、僕は夢にも思わなかった。実際彼女には色々な場所で助けられた。僕こそ、彼女に恩返しをしたいと思っているのだ。

「そうだなぁ…色々あった…」

再び指輪を見つめる僕。その時リタは僕の指に向かって凝視した。

「…その指輪…もしかして気に入らなかった?」

リタは少しがっかりとした表情を僕に見せる。

彼女は今日で最後だからと買ってきてくれたのだ。そんなものを僕が喜ばないはずがない。

「いや…むしろ最高だ。最高の思い出をくれてありがとう」

リタはその言葉を聞くと顔がくしゃ、と歪み、目には涙が浮いているように思えた。

僕は再び空へ視線を移す。一つ一つ映る星々は僕たちの今までを詰めたビー玉みたいに思えた。

リタは僕の隣へ来て一緒に星空を眺める。

「この旅が終わったら、あたしたちって解散しちゃうんだよね…」

ドキ、と心臓がなったような気がした。考えたこともなかった。いや考えたくなかった。僕はこのまま仲間達と旅をしていく、こんな日々が続いていくってずっと思ってた。

しかし、前に進まなくてはならない。

するとリタは不意に僕の前に立った。その表情は真剣そのものだった。

「あのね…あたし、いやあなたが良かったらなんだけど」

リタは深呼吸をして、その真っ赤な顔をこちらに向け僕に何かを言おうとした。

「あたしといっ」

その瞬間、僕の意識は漆黒の闇の中に突き落とされた。


窓の外から光が漏れてくるのが寝ているはずの僕でも感じられる。その鼻先にはパンの焼けたような匂いが漂ってきた。

僕はゆっくり伸びをした。

さて、今日はようやく魔王城に乗り込むんだ。そう意気込んでカレンダーの6月9日に最後の斜線を入れようとした。

しかし、6月8日の斜線はどこにもなかった。


「おーい…アルス!ご飯の時間だよー」

気だるそうなこの声はシルフィ・ネバーランドだ。そうだ確か昨日もこんな風に起こされたっけ。いつも寝坊助のあいつに起こされるなんて屈辱だ。

宿屋の下に降りると、昨日と同じ食パンにチーズを乗せ、その上にサラミを乗っけたミニピザがそこにあった。その前にはシルフィが座っている。

「…今日もミニピザなんだな」

僕はたっぷりのチーズに胃もたれを起こしそうになりながらもゆっくりと口に運ぶ。

「今日も?なに言ってんの?」

シルフィは首を傾げながらも僕の倍以上のチーズを乗せたピザを急いで口に入れ、なんともう一枚頼んだのだ。

僕はそれをみて若干の吐き気を覚えながら、周りを見渡す。そういえばリタの姿が見えないような気がした。

「そういえばリタはどこに行ったんだ?今日は大事な日だってのに」

「リタ?ああ、あの子なら朝早くに買い物に行ったよ」

シルフィの前にもう一枚のピザが届く。彼女は、ウッヒョー、と喜びながら再びピザを口に運ぶ。その伸びたチーズには一部の層で需要がありそうだ。

しかし、今日も買い物か…リタのやつ昨日買い忘れたのかな。

間の抜けたことを考えながらも、昨日のリタの事を思い出す。

『わたしといっ』

途中で意識を失ってしまったが、彼女は何を言おうとしていたんだ?

考えれば考えるほど胸がざわついた。その時、ふと自分の指を見つめると、そこには何もない。リタにもらった指輪をつけ忘れているのだ。

「…まずい」

途端に額から変な汗が出てくるのが分かった。僕は席を立ち、急いで階段を駆け上った。部屋の前に付き、乱暴に部屋のドアを開ける。

ベッドメイクされた布団を床へ投げ捨てる。

ない。

10冊ほどの本が積んである僕の机の上をくまなく捜索する。

ない…

いくら探してもない。意識を失った時にでも落としてしまったのか。

そうこう探している間に下の階のドアがカランカランと鳴った。

「ただいまー」

この可愛らしい声はリタだった。まずい。指輪を無くした事が知れればどれだけ怒られるか分かったもんじゃない。

階段を上がる音と共にドアがトン、トン、とノックされた。

「アルスー。いる?ちょっと来てもらえるかしら」

僕は返事をしようか迷ったが、うまくいけば時間が稼げるかもしれない。

「うん!いるよ!今から出るね!」

そうして僕は部屋の外に出てリタと対面する。後ろにはシルフィも一緒にいた。

「どうしたんだいアルスよぉ!突然部屋に帰って僕は寂しかったんだぞ!」

シルフィは口元にチーズをつけながら僕に抱きついてきた。せっかくの服が汚れるからやめて欲しい。

「いや、ちょっと野暮用ができてね!今終わった。どうしたんだいリタ」

そうすると、リタは見覚えのあるピンクの袋を取り出した。

「これ、あげる」

彼女は僕とシルフィにお揃いの指輪を持って来た。

「えー!これくれるの!?」

シルフィがテンションを高くして指輪の目の前に顔を近づける。リタは照れながら語りかける。

「せっかくだしさ、安物だけど買ってきたんだ。もう…最後だしね」

騒がしかった僕の部屋も彼女の一言で静寂となった。

流石のシルフィもこの言葉を聞いてその顔は涙ぐんだ。もうこれで最後なんだ、という雰囲気が彼女達を包み込んだ。


しかし、包み込んだ空間の中に僕はいない。なぜなら、彼女が買ってきた指輪は、僕が探していた指輪と同じものだったからだ。

朝から残っていた違和感。それがなんなのか、今分かったような気がした。


闇が支配する静寂とした空間の中で、焚き火の炎だけが僕を照らしている。

多分この後、リタがこの焚き火の所へやって来る。薪を焚べながらゆったりとしていると旅の終わりを予感させるような風がゆらりと吹いている。

しかしながら、このループの原因を探らないと旅は終わらせる事が出来ない。

「あら、まだ起きてたの?」

ふと後ろを見るとリタが立っていた。

「ああ、眠れなくてね」

「そうなんだ」

リタはゆっくりとこちらへ歩いてきて、僕の対面に座る。焚き火の炎の勢いは少し弱くなった。

僕は少し黙っていた。少しの沈黙が2人を包み込み、風の音だけが静かに動いている。

そのうち、リタは深呼吸をし、勇気を出したかのように僕に話しかける。

「少しあなたと喋りたくて」

昨日と全く同じ展開だ。彼女は上目遣いでこちらを見ている。その仕草に僕は不覚にもドキ、としてしまうも全く同じ返答をする。

「そうか…なら少し話そうか」

ふと空を見上げる。相変わらず星々が僕たちを照らし、それは思い出が詰まったビー玉のように見えた。

「この旅が終わったら、君はどうするんだ?」

僕はたまらず聞いた。そう、前回は解散を示唆したためにループが起こったはずだ。

「そうだね…地元に帰って少しゆっくりしようかな」

星々を見ながら、リタは僕の横へやって来る。

「地元か…いいね、ヤランドの丘から見える景色はとても綺麗だった。君が紹介してくれなかったら僕は死ぬまで後悔していただろう」

クスクスと上品に笑うリタ。その気品のある姿は見るものを虜にする。

「知らなかったら後悔なんて出来ないじゃない」

確かにそうだな、と僕は頷きながら再び星を眺める。リタも同じように顔を空へ向けていた。

まるで世界に2人しかいないような、そんな静寂の中に風たちがピュー、と僕たちを包み込む。

「…また、みんなでみたいなぁ」

彼女は小さな声でつぶやいた。その横顔は少し寂しそうに見えながらも希望に満ちていた。

僕も同じ気持ちだ。

ふとリタは立ち上がり、僕の目の前に来た。言葉を紡がなくても次に来る言葉を知っている。

いや、知らない。

「あのね…あなたが良かったらなんだけど」

真っ直ぐこちらを見て彼女は言う。

「あたしといっ」

再び僕の意識は漆黒の闇の中に突き落とされた。

また彼女の宣言は、届かなかった。


窓の外から光が漏れてくるのが寝ているはずの僕でも感じられる。その鼻先にはパンの焼けたような匂いが漂ってきた。

「おーい…アルス!ご飯の時間だよー」

シルフィの朝は今日も早い。おそらくもう食堂の席に座っているのだろう。

僕はもうなんの感情もなく下に降りる。昨日と同じ食パンにチーズを乗せ、その上にサラミを乗っけたミニピザがそこにあった。

もう胃もたれは起こりそうもない。

「どうしたんだい少年…そんなに元気がなさそうな顔をして」

いつも通りの顔をしていたつもりだったのだが、彼女にはそうは見えなかったようだ。僕はゆっくりと顔をあげ、顔にチーズがついたシルフィを見た。

「別に…なんでもないよ」

そう?とシルフィはピザにがっつく。食べ終わると2枚目を注文せずに、指をこすりながら僕に話しかけてきた。

「明日、魔王を倒せたら今後なにする?」

シルフィはワクワクとした顔で顔をこちらへ近づけてきた。チーズの後が唇についており、なんだか子どもが食べた後みたいだ、と思った。

「そうだな…考えてなかった」

魔王を倒した後のことは倒した後に考えればいい、旅が始まる前まではそう思っていた。しかしもうその時は近づいている。

「考えとかないと終わった後燃え尽きて何もできないぜ!少年!」

シルフィは親指を縦にして手のひらを握ったグッドポーズでウインクしている。少し腹立たしくなったがそれはそれでいい。

「じゃあ少女。君は何をするんだい?」

聞いてくるという事はもちろん相応の答えを用意しているはずだ。

待ってましたとばかりにシルフィは目を輝かせて大声で言う。

「そりゃもちろん…バロニアのパンケーキをもう一回食べるんだ!」

その言葉を紡ぐ時、勇者のパーティの魔法使いではない。スイーツが好きな、年相応の女の子だった。

「あのパンケーキか…思い出すね。僕たち3人で初めて食べた食事だったからね…」

あのパンケーキを思い出すと笑みが溢れる。パンケーキを食べる時、シルフィが大きく切りすぎて口がハムスターみたいに膨れ上がってたっけ。

その笑みを見てシルフィはハムスターのようにプク、と頬を膨らました。その顔は少し赤くなっており、どうやら恥ずかしがっているように思えた。

「お前、僕の失態を思い出したな…許さん!忘れろ!」

シルフィは人差し指を僕の頭に付けようとした。僕は頭を右に傾けそれを避ける。

ニヤニヤと笑いながら僕は彼女を挑発する

「忘れるわけないだろ?君のあの滑稽な姿」

シルフィはさらにほっぺたを膨らませて、唸り声を上げた。

「もう怒った!僕が出してあげようと思ったのに!3人分出してよ!お金!」

挑発させすぎたか。しかし後悔はない。

こんな僕についてきてくれた2人の勇者だ。これで恩返しが少しでもできるなら悔いはない。

「当たり前じゃないか」

うんうん、と頷きながら頬をゆっくり萎ませる。その姿は本当にハムスターみたいだ。

カランカランとドアが鳴る。リタが帰ってきたのだ。

「ただいまー」

「おかえりリタ!そしておはよう」

「はいはいおはよう。シルフィ。口にチーズついてる」

リタは持っていたハンカチをシルフィの口につけ、そのまま横に動かし吹いている。

「おかえり。買い物に行ってたのか」

僕はそれを知っていた。しかし知らないふりをしておかないと不信感を与えてしまうかもしれない。

「そうそう、ちょっとこれを買いたくてね」

するとリタは見覚えのあるピンクの袋を出した。

「これ、あげる」

彼女は僕とシルフィにお揃いの指輪を持って来た。

「えー!これくれるの!?」

シルフィがテンションを高くして指輪の目の前に顔を近づける。リタは照れながら語りかける。

「せっかくだしさ、安物だけど買ってきたんだ。もう…最後だしね」

騒がしかった宿屋も彼女の一言で静寂となった。

僕はなんの感情もなく指輪をつける。もう見慣れた光景だ。

シルフィの笑顔すらも、作り笑顔のように思えてしまった。


今日の僕は焚き火にはいかない。

ループの条件が焚き火にあると考えた。それは、彼女と話す事自体がそのトリガーかと思ったからだ。今日は話さずにそのまま眠りにつく。

すると、



窓の外から光が漏れてくるのが寝ているはずの僕でも感じられる。その鼻先にはパンの焼けたような匂いが漂ってきた。

結局何も変わらなかった。



窓の外から光が漏れてくるのが寝ているはずの僕でも感じられる。その鼻先にはパンの焼けたような匂いが漂ってきた。

もう何度目なのか分からない。

良い加減この匂いにもうんざりしてきた。

僕はいつものように食堂へ向かう。するとそこにはまだシルフィがいない。

いつも僕よりも早くに来てチーズたっぷりのミニピザを頬張っているのにおかしい。

僕は席につきいつものようにミニピザを注文し、そのまま席で頬張る。

何の感情もなく食べているとシルフィが僕の席の前にやってきた。

「おっはよーアルス!今日も男前だね!」

相変わらず思ってもない事を言いながらもミニピザを注文する。やはり2枚だ。ワクワクとしながら彼女は待っていると、そこには僕と同じくらいのチーズの量のミニピザが出てきた。

「…なぁシルフィ…お前チーズ好きじゃなかったっけ?」

いつも大量のチーズをパンにかけて食べていたあのシルフィは、いつもよりもゆったりとしたペースで口へ運ぶ。

「…今日は朝あんまり食欲無いんだ」

先ほどまでのテンションとはうって変わり、いつもの彼女らしくない、少し落ち込んだようなテンションで話す。

目の前には一口だけ食べたピザが置かれ、僕たちの間をその湯気が立ち昇る。

「なにかあったのか?」

大切な仲間だ。何かあったのなら力になってやりたい。僕はループの事など忘れて聞き出そうとする。

食堂のカチャカチャとした洗うような音だけがこの空間を満たした。シルフィはなにも話さない。

しばらくすると、シルフィは僕の額に人差し指をトン、と突き可憐に微笑んだ。

しかし目は笑っていないように見えた。

「……おまじないだよ」

それはどういう、言葉を紡ぎ出そうとした時カランカランとドアが鳴った。

リタが宿屋に帰ってきたのだ。

「ただいまー。ちょうどよかった!」

彼女は僕たちを見つけ出すと一目散へ駆け寄り、見慣れた袋を取り出し、そこから指輪を取り出した。

「これ、あげる」

シルフィは何も言葉を発しない。いつもならばテンションを上げて彼女に抱きつく所なのに。

「…嬉しくなかった?あたし最後だから記念に買ってきたんだ…」

リタは悲しそうな顔をしたが、その後シルフィは微笑み、口を開く。

「ありがとう…すごく嬉しいよ」

シルフィは下にぶら下げている両手の手をグッと握った後、右手の中指をそっとリタの方へ向ける。

「お願い。リタがつけて」

リタはびっくりした表情をしながらも指輪をシルフィの指に入れる。

その光景はとても美しい友情だったが、僕にはとても悲しく見えた。

「ありがとうリタ。僕も大事にさせてもらうよ」

僕は自分で指輪をつけた。まるで何年も一緒にいたかのような安心感がそこにはあった。



闇が支配する静寂とした空間の中で、焚き火の炎だけが僕を照らしている。

ここに来るのを何度か辞めていたが、それでも起きれば今日に戻っていた。それならリタと話して戻った方がいい。

僕はいつものように焚き火に薪を入れながら彼女を待つ。

「あら、まだ起きてたの?」

いつものように彼女は後ろに立っていた。

「ああ、眠れなくてね」

「そうなんだ」

いつものように彼女はゆっくりと歩いてきて僕の対面に座る。この光景も何度見ただろうか。

「君も眠れないのかい」

焚き火の炎は静かに揺れている。その煙はゆったりと空へ登っていた。

「いや、少しあなたと喋りたくて」

リタはいつものセリフをいつも通りに話す。僕も同じように返していた。

「そうか…なら少し話そうか」

僕はその場に立ち、伸びをして夜空を見上げる。星はいつまで経っても鬱陶しいほどに綺麗だ

「なぁリタ。この旅が終わったらまた旅をしないかい?」

リタも夜空を見上げる。月の光に照らされた彼女の顔は今までにみてきた中で1番綺麗だった。

「…いいねそれ。シルフィもいてアルスもいて、また3人でいろんな街に行けるんだね」

リタは僕の方を見て、笑顔で答えた。

「そうだよ。またバロニアのパンケーキを食べに行こう。シルフィが食べたがってるんだ」

リタはなにかを思い出したようにクスッと笑った。口元に手を当て上品に笑う様はどこかのお嬢様を彷彿とさせる。

「今でも思い出すよ。シルフィが口をパンパンに膨らませてた姿」

「ああ。あれったら忘れるはずがないな」

ピュー、と風が僕たちの間を通り抜け、炎を揺らす。一直線に登っていた煙も今はクネクネと動いてる。

リタは立ち上がり僕の右隣へ立ち、拳をグッと握りながら夜空を見上げた。

「あたしもね、今日それを言いに来たんだ」

風の勢いは強くなり、煙の道をより一層難解にさせる。月は雲に隠れて夜は更に暗くなった。

「あたしと一緒に旅をしませんかって。何度も言おうとして…でも、うまく言えなかったの」

リタは僕の顔を覗き込むようにしてこちらを見つめる。僕はその視線にドキ、としながらもやっと聞けたその言葉に驚愕していた。

「考えることは一緒って事か。まぁ1年一緒にいれば考えも似るのかな」

胸がざわつきながらも必死に言葉を紡ぐ。いつの間にか焚き火の炎は消失していた。

星の光だけが僕たちを照らしている。、

「じゃああたしもそろそろ寝るね」

リタは僕の隣で180度回転し、そのまま歩き出した。10mほど歩いたところで彼女は振り返った。

「明日…絶対に勝とうね」

そのまま拳の握られた右手をこちらへ向ける。

「ああ!絶対に勝とう!」

僕も拳を握り右手を出した。月が雲から出てきて僕たちを再び照らす。

明日の僕たちを応援してくれているようだった。


なぜ今回は聞けたのだろう。

焚き火の火を再び付け直し、今回のループについて振り返る。

そういえば、シルフィが元気が無かった。僕はあそこまで気を落としたシルフィを見た事が無い。

そしておまじない…なんのおまじないだろうか…

自分の額に右手の指を当てる。その中には何やら彼女の魔力が微量に感じられた。

もしかして、この魔力のおかげだろうか。

火を消し、僕も宿屋へ戻ろうと立ち上がった。すると再び世界が漆黒に包まれようとする。

しかし、今回はまだ消えない。額の魔力は僕の脳を揺らし眠らないようにしてくれている。


次第に意識が飛びどこかのお城だろうか、そのような空間に辿り着いた。周りは瓦礫が散乱しており、その床は血で汚れている。

そして僕の目の前には、動かない、屍になったリタがいた。

何が起こったのか分からない。

頭が真っ白になり、僕は呆然とした。

周りを見渡すとシルフィは四つん這いになりながら泣いていた。

「なんでだよ…なんで助けられないんだ!」


そして僕の意識は再び漆黒に包まれた。ループはまだ終わらない。


窓の外から光が漏れてくるのが寝ているはずの僕でも感じられる。その鼻先にはパンの焼けたような匂いが漂ってきた。

いつもより長く起きれた前ループ。そしてあれは夢だったのだろうか。

シルフィが泣いていて、リタが死んでいた。

そしておまじないと言って魔力を込めたシルフィ。

彼女はおそらく、なにかを知っている。

僕は早めに食堂へ降りる事にした。

食堂へ着くと、まだシルフィは起きていなかった。いつものようにミニピザを頼み、彼女を待つ事にした。

1時間が過ぎた頃だろうか…

彼女はついに降りてこなかった。

前のループで元気がなかったが、もしかして、と思い階段を上がり彼女の部屋をノックしようとした。

中から咽び泣くシルフィの声がした。

初めて彼女が泣いている声を聞いた。どうしていいか分からずにいたが、とりあえずドアをノックした。

「シルフィ!大丈夫か?」

しばらく沈黙が走った。するとドアがゆっくりと開き、そこには目を腫らしたシルフィの姿がそこにはあった。

「…入って」

彼女に言われるがまま部屋へと入る。部屋は暗く、カーテンは開いていない。そこは女の子の部屋らしい甘い香りとそれを否定するかのような殴り書きの紙がそこにはあった。

「これは…」

シルフィはゆっくりと歩き、椅子へと座る。

殴り書きの紙をよく見てみるとそこにはある魔法についてのものだった。

『エンド・オブ・カオスの対処方法』

聞いたことがなかった。

その殴り書きの紙にはいくつかの対処方法が書かれており、そのすべてにバツがついてあった。

「…なにか言いたそうだね」

部屋中をキョロキョロと見ていた僕に彼女は疲れたような乾いた笑いをする。

あの愉快な、いつも楽しそうに生きているシルフィとは思えない。

このループでは彼女に何が起こったのだろうか。

「シルフィ…大丈夫か?」

僕は心配の言葉を彼女にかける。しかし彼女はそれに対して少しイラついたような態度でこちらへ投げかける。

「大丈夫かだって…大丈夫だと思ってんの?」

よく見てみれば、彼女の顔にはクマのようなものが目の下にあり、まんまるとした彼女の目はすっかりやさぐれでいる。

僕はそんな視線に耐えられず、顔を右下にそらせた。するとそこにも一つのメモ書きが落ちていた。

『また助けられなかった』

また?どういう事だ?

その時、僕の脳内に再びあの夢の内容が思い浮かんだ。

リタが死んだ夢。

泣き崩れるシルフィ。僕の目にはあの夢からずっと泣いているように思えた。

「なぁシルフィ…一つ教えてくれないか?」

シルフィは目元を右手の手の甲で拭いながらこちらへ近づいてくる。

「君は何を知っているんだ?」

シルフィは壊れたような笑いを部屋中にこだまさせる。その仕草はいつもの彼女の無邪気な笑い声だが、声や顔はまるで違った。

「なにを知ってるかって?君が知らない明日の事まで全部覚えているよ。ループしてるのは君だけじゃない」

やはりループの事は知っていた。おまじないの効果を知った時からもしや、と思っていたがこの言葉でそれが正しかったと分かった。

しかし、明日?どう言う事だ?

カランカランと鳴るドア。リタが帰ってきたのだろう。しかし、今の僕たちには関係がない。

「明日ってどう言う事だ?僕たちは今日をループしてるんじゃないのか?」

シルフィはカーテンに向かい、そのまま乱雑に開ける。太陽の光が僕たちを照らし僕の目は焼けてしまいそうになった。

「そんな事だと思って、前回おまじないをかけたんだけどまだ弱かったか。今回はもっと強くかける事にするよ」

シルフィはこちらへ向き、僕の目をしっかりと見つめた。その視線はまるで希望をこちらへ見出すようだった。


「僕たちがループしてるのは今日だけじゃない。今日と明日だ」


僕が知っている今日と、彼女が知っている明日。

僕たちが協力すれば道は開けると思った。



これより先、目を逸らさないでほしい。

この先に待っているのは果てしなく深く長い絶望だ。

もしこれ以上の痛みを望まないなら、ここで僕たちの物語を閉じる事をお勧めする。


さて、観測者たちよ。

君たちはどうする?

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