灼熱の昭和にデータ野球で挑む

第7話 シニア夏季大会

　支部内のライバルチームは、現時点で三球団に絞って分析している。

　保護者の協力もあり、ほぼ全球団分のデータは揃ってきているが、すべてを集計するにはまだ時間が足りない。

　今このチームがどこまで勝ち上がれるかは、勝ち抜くチームを正確に見極めてデータを集中させること、そして“怪物”に当たらないことにかかっている。

　支部のうち、二球団は明確な二枚看板（ダブルエース制）を採っている。

　裏を返せば、それ以外のチームはエースが一人で全試合を投げ切っているということだ。

　この時代の先発投手は過酷だ。昭和の名投手たちの栄光の裏には、数えきれない無名の犠牲がある。

　こちらの予測と戦略が上手く機能すれば、三年間すべての夏季大会で関西大会に進むことも夢ではない。

　だが、そう簡単にはいかない。春季リーグが開幕して2試合が終わったばかりだが、すでに他球団からこちらの動きを探る動きがあると耳にした。

　人の口に戸は立てられない。情報は可能な限り管理しているが、完全に漏らさずにいるのは難しい。対策されることも織り込み済みだ。

　なお、分析作業の大半は授業中にこなしている。

　大学を卒業している身としては、中学の講義は暇すぎる。

　資料はロウ原紙にまとめ、ガリ版印刷は母に任せている。家庭内協力体制も整っている。

　シニアの夏季大会は、支部内リーグ戦で上位2チームに入れば、関西大会へと進出できる。

　そして関西大会でベスト4に残れば、神宮球場での全国大会に出場できる仕組みだ。

　うちのチームは10年前に一度だけ関西大会に出場した記録がある程度の、はっきり言って弱小チームだ。

　特に投手陣の層は薄い。関西大会のような強豪揃いのトーナメントで、安定して勝ち上がるのは難しい。

　たとえ相手チームを完璧に分析したとしても、全国大会出場が保証されるわけではない。

　だが、俺には個人的な目標がある。

　理想の高校に進学し、そこで野球を続けること。できれば、全国大会での活躍を実績にしたい。

　もちろん、関西大会にも有力校のスカウトは来ている。関西には名門校が多く、どのチームがどの選手を狙っているかも、すでに動きがある。

　ただ、俺は単に「強いチーム」に行きたいわけではない。

　自分の力が必要とされ、自由に戦略を組めるチームに行きたい。

　だから、この夏季大会。

　支部大会で負けるわけにはいかない。

　四戦目に当たる伊丹ビクトリーズは、間違いなく最大の山場だ。

　この試合を制すれば、関西大会への出場はほぼ確定するだろう。

　伊丹と神戸は、この支部の出場枠をほぼ独占している。

　伊丹は、支部内で最も打撃力のあるチームだ。

　こちらの投手陣で抑えきれるとは思っていない。

　おそらくは打ち合いになる。うちの投手陣は支部の平均レベルで、二番手以降が特に厳しい。

　最近、監督から俺自身に「投手として投げてくれないか」と打診があった。

　中継ぎだけなら、と答えた。

　ブランクはあるが、俺は一応、かつて六大学に投手で推薦入学したレベルだ。

　支部大会、あるいは関西大会の初戦くらいなら、まだ通用するだろう。

　◇◇◇◇◇◇◇◇

　今日はウチのホーム戦。会場は、慣れ親しんだ塚口グラウンドだ。

　一回表、相手の配球を手元の資料と照らし合わせる。

　……まだ、こちらの情報は割れていないようだ。

　これなら行ける。そう思わせるだけの兆候がある。

　二番打者がヒットで出塁し、ネクストバッターサークルまで進む。

　だが、三番はフルカウントから粘った末、ゲッツーに倒れてしまった。

　ベンチに戻った三番とすぐに話す。

「悪くなかった。12球も投げさせてくれたのはデカいよ」

　彼は目がいい。神戸との試合でもそうだった。

　変化球かどうかの見極めが鋭い。だから粘れる。

　たとえ結果が凡退でも、価値のある打席というのはある。

　その裏、ウチのエースが初回から2点を奪われる。

　まぁ……いい。最終的に点を多く取った方が勝つ。

　そう自分に言い聞かせながらも、乱打戦の気配に少しワクワクしていた。

　試合は進み、僕の第3打席が回ってくる。

　スコアは9対6でウチがリード。

　試合内容は、正直なかなかひどい。

　両チームの投手陣が崩れ、守備もほころび始めている。

　場面は二死満塁。カウントは2ボール0ストライク。

　相手のバッテリーが焦っているのが、はっきりわかった。

　完全に入れに来た球だった。

　わずかに低めだが、狙い通り。

　バットを振り抜いた瞬間、それが走者一掃の二塁打になると確信した。

　二塁ベースでスライディングから立ち上がり、グローブを外す。

　そのまま、帽子のつばに指をかけながら考える。

「――もう終わりだな」

　相手のエースが交代させられた。

　案の定、そこからは勝負にならなかった。

　◇◇◇◇◇◇◇◇

　支部リーグは、ここから全敗しても関西大会に出られるくらいには勝ち進んだ。

　保護者たちは十年ぶりの関西大会出場に大盛り上がりで、さっそくカンパを募ってくれている。

　ただ、開催地は豊中。うちからバスで三十分ほど。ほとんど経費もかからないのに、ちょっと大げさだなとは思う。

　四勝一敗。十分すぎる成績だ。

　特に、上位チームとの直接対決を制しているのが大きい。数字以上の意味がある。

　関西大会はトーナメント戦だ。

　初戦で岸和田のような強豪と当たってしまえば、その時点で全国大会はかなり遠のく。

　彼らは昨年の全国優勝チームで、地力がまったく違う。

　データも少ない。保護者にお願いして集めてもらってはいるが、関西は広い。

　うちの本拠地・尼崎は大阪のすぐ隣だが、南大阪まではまだしも、京都北部や奈良南部は移動も調整も難しい。

　自然と、情報の偏りが出る。

　そして、関西大会が始まった。

　初戦の相手は和歌山の龍神シニア。山間部にあるチームで、こちらはまったくデータがない。

　保護者に六時間もかけて、すれ違いも困難な山道を通って観戦に行ってもらうわけにもいかず、完全なノーデータだった。

　ちなみに、あのあたりは秘境の温泉郷として知られている。

　個人的には、あのとろとろした湯質は西日本一だと思っている。

　遠く豊中まで来てくれていることには、感謝しないといけない。

　うちはバスで三十分だが、彼らはきっと疲れも大きいだろう。

　とはいえ、データがないのは相手も同じだった。

　ツーアウト一、二塁の場面。無理に勝負せず、歩かせてもよかったはずなのに、相手は真正面から僕と勝負してきた。

　その熱意に応えて、ホームランを打った。

　打球はスタンドまで届いた。

　中学生になって、ようやく自分の力でもここまで飛ばせるようになった。

　そう思ったとき、ふと、岸原のことを思い出した。

　五年生の頃、あいつはこの距離をあっさり放り込んでいた。

　やっぱり、岸原は別格だったんだな。

　ちなみにあいつは一回戦で全打席敬遠だった。

　このままいけば3回戦で彼にリベンジできることになりそうだ。