第21話 手作りお弁当と不器用な刑事
「あ〜、皮はもう少し丁寧に剥かないとダメですね。人参の皮は栄養がありますが食感が悪くなるので……」
彼が持っている人参は、まだら縞模様になってしまっていた。人参の分厚い皮からはひょろひょろと白い髭が出ている。手触りで皮が剥けているかどうかなんてわかりそうなものだが、初心者というのは経験者の思いもよらないミスをするものだ。
「すまない、なかなか料理はしないもので」
「はいはい、言い訳せずにやってくださいね」
私は、すっかり好青年な装いになったルッツさんを指導している。普段はカウンターの内側にいる私が、カウンターの外から身を乗り出すようにして彼の料理を見守っている。彼は、オリビアおばあちゃまの肉巻きお野菜をつくるため修行中なのだ。
「肉を巻くだけと思ったがかなり難しいな」
「えぇ、あんまり力強く掴んだら崩れちゃうので優しくですよ」
彼は大きな手でそっと野菜を掴むと優しく豚バラ肉を巻いていく。これがなかなか難しいらしく苦戦しているようだった。
「もー不器用な男ね……。アンタ、一世一代の告白になんでランチボックスなのよ? あたち、理解できないのだけど!」
その理由は数時間前、ルッツさんが突然準備中の店にやってきた時のことに遡る。
***
肉巻きお野菜が思いのほか好評で、一躍人気メニューに躍り出ていた。ベーシックなジャポン風だけではなく、ガーリックバターでピリリとブラックペッパーを効かせた味や、トマトソースで煮込んだものも用意したのでパンにもよく合うお料理になった。
程よく火の通った野菜のシャキシャキ食感と豚バラ肉の旨味と甘さが一口で味わえる上、小さい子供も育てる奥様方からは「子供がこれなら野菜を食べるのよね」なんてお言葉もいただいだ。私はやっぱり、ジャポン風の味付けが一番好きで、あれを口いっぱいに頬張ったあと、熱々の白ごはんを口に詰め込んで食べるのが最高。
ちなみに、どの味もオーブンで少し温めれば固まった脂がとろけて美味しく食べられるし、西都風の味付けはパンに挟んでしまってもいい。
けれど、今日は小雨が降っていてただでさえ人通りがほとんどない裏路地は閑散としている。雨が降っている日はバルも開店しないし、今日は私も店を早く閉めてしまおうと考えていた午後、一人の男性が店の中へ入ってきた。
ドアベルの音と共に現れた彼は、図体のでかい青年で……浅い色の短髪。トレードマークのちょび髭はなく、体にフィットしたネイビーのスーツ。恥ずかしそうに後頭部を掻く姿には見覚えがあった。
「ルッツさん?」
「やあ……お嬢さんたちのアドバイス通り髭を剃って服を新調してみたのだけど、どうかな?」
髭と眉毛が綺麗になったせいか、彼はかなり若々しく見えた。三十六歳だと言われても驚くくらいだ。元々、顔が幼いのを気にしていたと話していたのをやっと理解した。確かに、彼はちょっとベビーフェイスである。
「あら、だいぶマシになったじゃない? それで? 何しにきたの?」
「何しにって、シシルが出直してこいって言ったんじゃない」
「そうだったわ。で、進展はあったのかしら? ないとは言わせないわよ」
私はカウンター席に彼を案内し、いつもの紅茶を準備する。シシルはカウンターの上に飛び乗ると彼をジロジロ見ながら何度か悪態をついた。
「君たちに叱られたあと、ちゃんと彼女のことを考えたさ。例えば、花はマーガレットが好きなこととか。意外と小動物に目がなくて人質よりもペットの猫を先に救出して上司から大目玉を食らったこととか。後輩にはすごく優しいのに上司にはすぐに噛み付くところも、悪い奴は絶対に許さないという強いところも。多分、彼女は何一つ変わらないままなんじゃないかって。彼女の魔法教室の評判はとても良いだろう? 厳しくも最後まで寄り添って手伝ってくれると生徒さんが言っていたよ」
「事情聴取でもしたんですか……?」
「い、いや。たまたま今年の新卒の子に上級魔法教室に通っていた子がいてね。話を聞いただけさ」
刑事さんの捜査力を使ったらしい彼は、もうちょび髭はないのに鼻の下を指で撫でた。その時、ドアベルが鳴って、シロ助君が店に入ってくる。彼は、カウンターに座っているルッツさんを見て怪訝そうに眉を顰め、ドアのプレートが「クローズ」になっているのを一度確認してから、再度店の中へと入ってきた。
「客か?」
「いいえ、こちら魔法警察・刑事のルッツさん。こちらはこの店の取引先の店主のシロ助さんです」
「どうも、魔法警察が何のようです?」
シロ助君はぎろりとルッツさんを睨みどかんとカウンター席に座った。彼はその出身からか人狼の血が入っていることからかあまり魔法警察が好きではないらしい。
「そんなに警戒しなくても、僕はマスターのお嬢さんに何かしようってわけじゃないよ。恥ずかしながら僕の好きな人が彼女と関わりがあって……そのアドバイスをもらいにきているだけなんだ」
「そうかよ。でも、この時間は準備中で忙しいんだぜ? 人に意見をもらうなら相手の都合も考えろよ。刑事ならよ」
シロ助君の機嫌が悪いのは多分、お腹が減っているからだと思う。私は、塩むすびとジャポン風味付けの肉巻きお野菜をプレートに乗せ、レタスのお味噌汁を木のお椀に注いだ。
「シロ助君。ルッツさんはお祖父ちゃんのことでもお世話になった刑事さんなの。はい、これ新メニューの定食よ。苦手なお野菜なかったわよね?」
「ん、どーも」
不機嫌な犬のように鼻に皺を寄せた彼はプレートをカウンター越しに受け取ってテーブル席の方へ移動した。そのうち、彼から「うまい」と言葉が聞こえたので機嫌はだいぶマシしになっただろう。
「で、ルーシアさん。シシルさん。彼女に告白をしようと思うんだが……はやり花束がいいかな」
「なし。あの子、足が悪いのに花束を持たせる気? 杖と花束を持って転んだらどうするのよ。アンタ、あんぽんたんね」
「じゃ、指輪?」
「プロポーズじゃないのにそんなの重すぎる。そもそも、彼女の気持ちを確かめるための告白なのに指輪って……センスないわね!」
「じゃあ、服とか?」
「ダメ、ありえないわ」
全ての選択肢をシシルに否定されて、ルッツさんは頭を抱えた。私も考えてみたけれど、告白するときに何かプレゼントをするとなったら何がいいんだろう? いや、この場合何をもらったら嬉しいだろうか。
私が今欲しいものといえばおしゃれなお皿セットや調理道具だろうか。可愛いレードルやフライ返し、ヘラなんかがあるとテンションが上がる。もっとわがままを言えるなら薪ストーブオーブンをもっと大きなものにしたい。
あれ……それって告白関係ないわよね? うーん、よくわからなくなってきた。
「どうやら、小娘もわからないみたいね。はぁ……そこのワンコロ。あんたはなんか案ないわけ?」
「おい、俺は犬じゃねぇよ。クソ毛玉」
テーブル席からシロ助君が唸った。結構な殺気を放っているような気がするが、シシルには効いていない。
「そんなことどっちでもいいわよ。で? 案はないの?」
「別に、ねぇわけじゃねぇよ。簡単だろ? 足が悪い女の人と楽しい時間を過ごしてぇなら「弁当」とか一緒に食うのがいいだろ? 俺は、美味しいもん一緒に食って楽しく話す中で仲良くなるってのがいいと思うぜ。まぁ、母親の受け売りだけどな」
「でも彼女はとても料理上手なんだ。僕は……」
ルッツさんの言葉を遮るように私が声を上げる
「あの、料理をする人ほど『誰かが自分のために作ってくれた料理』に価値を感じると思いますよ。私も母親の受けうりですけど。シシル、いいと思うでしょ?」
私も、仕事でたくさんの料理をするが誰かが自分のために料理を作ってくれたならとても美味しく感じると思う。料理をするのは意外と大変だし、何よりも自分のことを考え、察し、誰かが手を動かしてくれたという事実が尊いのだ。
今は作ってくれる相手なんていないので、私の一番の幸せは「外で出来合いの料理を買って帰ってくること」である。
この前、イザベラ先生考案の調理パンをお腹いっぱい食べた日はすごくすごく幸せだった。
イザベラ先生も元々は料理をたくさんする人だったから、私と同じで誰かが自分のために料理を作ってくれることのありがたさはわかってくれると思う。
「そうねぇ。ソニアも彼女の誕生日にマックスが作るクソまずいスコーンを嬉しそうに食べていたし。いいかもね。料理なら小娘が教えてあげればいいわけだし。いい案じゃない、ワンコロ」
「犬じゃねぇよ……。んで? おっさん弁当箱はあんのか? こんくらいの木の箱に飯とおかずを詰めるんだが……ねぇよな。まぁ、別にあんたの頼みなら持ってきてやってもいいぜ」
あんた、と言いながらシロ助君は私を指さした。私は「おねがい」と頷き、彼はさっと店を出ていく。シロ助君、ルッツさんを警戒しまくっていたけれど協力してくれるのね。やっぱり、彼は人見知りなだけで結構いい人だ。
「じゃあ、お弁当に入れるおかず……料理を考えましょうか。第一候補はこのジャポン風肉巻きお野菜です。これ一つで数種類の味とお野菜が楽しめるので十分だし、作るのも簡単ですし。食べてみてください」
私は、彼に皿とフォークをカウンター越しに手渡した。彼は一つずつ肉巻きお野菜を皿に取って口にする。しばらく、味わった後、彼は
「多分、イザベラ先輩はこのジャポン風が好きだと思う。あまり西都では味わえないから彼女はきっと興味を持つだろう。申し訳ないが、教えていただけないだろうか」
「もちろん、じゃあ手を洗っていただけますか?」
私はエプロンを外してカウンターを出ると彼にエプロンを私、中に入るように促した。
***
シロ助君が木でできたお弁当をいくつか持ってきてくれて、私たちは出来上がった肉巻きお野菜をお弁当箱に詰めていく。何でも「わっぱ」という結構高級なものらしい。確かに、一枚の木を楕円型に加工してあり見れば見るほどどうやって作っているのか不思議な形だった。
ツヤツヤに炊き上がったお米の横にサニーレタスで仕切りを作り、ルッツさんセレクトの肉巻きお野菜を詰めていく。にんじん、アスパラ、茄子。シシルの案でミニトマトも彩として加える。可愛らしいお弁当が出来上がると、先ほどまでは全然息の合わなかったシロ助君、ルッツさん、シシルが「美味しそう」と声を揃えた。
「今週末の上級魔法教室、正午過ぎにいらしてください。私が先生と居残りレッスンをしていますから。私、ささっとはけて二人のおじゃまはしませんし……。あの、頑張ってください」
ルッツさんは大事そうにお弁当箱を二つ抱え大きく頷いた。彼が店を出ていくと、シロ助君が大きなため息と共にカウンター席に戻ってくる。
「シロ助君、ありがとう。お弁当箱。よかったの? タダで貸しちゃって」
「別に、俺もここの爺さんには世話になったしさ。あの刑事が犯人の魔女を捕まえてくれたんだろ? なら俺も恩はかえさねぇとさ。まぁ魔法警察は俺が人狼ってだけですぐに犯人扱いしてくるから好きじゃねぇけどさ」
彼はそんな悲しい話をしつつ、カウンターにコメを入れた麻袋を置いた。
「今週の分だ。それと、今夜は満月だから明日の朝、味噌汁お願いしてもいいか? できれば大根を薄く切ったのを具にして欲しい」
「わかった。おにぎりも作る? 私の朝ごはんにしたいし」
「俺の分もよろしく。ってか、あんたこんな感じで客の相談とか乗ってるのか? その毛玉とかもそうだけどさ。客商売で大変じゃねぇ? そもそも女一人で危ないだろ」
「心配してくれるのは嬉しいけど、意外と楽しいのよ? お客さんに頼られたり……誰かと仲良くなってそれがお仕事につながったり、美味しいレシピを教えてもらったりね? シロ助君だってもっと私とお店に甘えていいのよ?」
彼は、そっぽを向き「俺だって忙しいんだぞ」と呟いた。シロ助君は出会った時よりもだいぶ表現が豊かになっていて私も安心する。私と同じ年齢、まだまだ若い私たちだけれど、今は経営者同士、もう少し仲良くなって友人になれたらいいのにな。
「じゃあ、肉巻きの野菜。美味かったから持って帰ってもいいか?」
「もちろん! 味付けは?」
「ジャポン風のやつ。じゃがいも多めがいい」
「なーんだ、アンタ犬っころのくせに野菜好きなの?」
「俺は犬じゃねぇ!」
いつも通りの日常に私は心の底から幸せな笑みが込み上げてきた。まだ、魔法のカフェまではほど遠いけれど、お客さんが幸せになるために開く「おばあちゃまのコリョウリヤ」には近づいているのかもしれない。
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