第10話 やさしいやさしいお味噌汁


 スープといえば、どんなものを思い浮かべるだろうか。トマトたっぷりのミネストローネ。魚介たっぷりのブイヤベース、ほくほくじゃがいものポトフ? 暖かいスープは、飲み込めばほっと体が温まって、誰もが安心する素敵なお料理のひとつだ。


 私は、おばあちゃまが作ってくれた「お味噌汁」が今でも鮮烈に記憶に残っている。



***


「お茄子は知っている?」


 おばあちゃまが手にした紫色の少しカーブした丸い野菜。もちろん、私も何度も口にしたことがある「ナス」である。


「えぇ、オーブンでグリルしたりパスタの具材にしたり?」

「あら。よかった。今日のお味噌汁の具材は茄子で決まりね」

「お味噌汁? スープよね?」

「そう、お味噌っていう日本の調味料を使ったスープよ。きっと気にいると思うわ」


 いつも通り、私はおばあちゃまの横に立ってお料理の手伝いをする。おばあちゃまはナスのヘタを切ったら縦に半分にして、ピーラーで縦縞になるように皮を剥いた。


「全部剥かないの?」

「そうねぇ、お野菜の皮は栄養がたっぷりだからね。さ、残りの半分を同じようにしてくれるかしら」

「はーい」


 ナスの皮をピーラーで剥いておばあちゃんに手渡した。次はボウルに水を入れてとお願いされたので黄色くて柔らかい素材できたボウルに水を張った。

 おばあちゃまは、縞模様にしたナスを包丁でスライスして、水を張ったボウルに放り込んでいく。なんでも、ナスは「アク」が強いので水にさらして渋みや苦味をとるらしい。


 銀色で取手が木でできた鍋に半分くらいお水をいれて、魔法の「ダシ」をパラパラと投入する。おばあちゃまは火をつけて「これが楽なのよねぇ」と言った。鍋の底から沸々としてきた頃に、おばあちゃまは、水にさらしていたナスをザルに上げてぎゅっと絞った。


「絞っちゃうの?」

「そう、こうするとね。お鍋の中の出汁をよく吸って美味しくなるのよ」


 ぱらぱらとナスが鍋の中に投入される。絞られてくしゃっとしていた半月のナスは鍋の中で元の形に戻っていく。

 一度沸騰させて、それからナスが透き通るまで煮たらおばあちゃまはレードルと長いお箸を使ってお味噌をスープに溶かしていく。透明に近い色だったスープがみるみるうちに染まって、小麦の穂にも煮た綺麗な黄土色だ。


「素敵な香りね」

「お味噌の香りよ。ほら、味見してみてね。熱いから気をつけて」


 お味噌汁が少し入った小皿を受け取って、私はそっと口に含む。鼻に抜ける魚介っぽい香りの後に優しいしょっぱさが追ってくる。しょっぱいのにお塩や醤油とは違う、丸い味。


「美味しいわ」

「よかった。それじゃあ、卵焼きはおばあちゃまがつくっちゃうわね。ルーシアは机のお片付けをおねがいね」

「はーい」


 あの優しい味は私の素敵な思い出の一つである。

 おばあちゃまはお味噌汁が大好きだと言った私に、お味噌汁を好む日本人が多いことを教えてくれたっけ。


***


「それでは、次のレッスンまでに火の魔法を動作なしで発動・消火できるようにしておくこと」


 お昼までのレッスンは、私だけ居残りでみっちり一時間。宿題を忘れた罰である。講師のイザベラ先生は足が悪くまだ若いのに杖をついている。年齢は四十代くらいのとても綺麗な女性で、ストレートの赤毛をきゅっときつくシニヨンにしてまとめ上げ、魔女らしい黒いローブワンピース姿だ。元魔法警察で、しかも刑事をしていたそうでその鋭い視線は、狩りをするトラのようだ。


「ドットベルさん」

「はい、イザベラ先生」

「貴女、本気で魔女として活躍したいと思っているのかしら?」

「えっ……」

「あのね、この教室では貴女のように魔法学校在学中に就職先を決められなかった魔女や魔法使いが何人もきているわ。もちろん、数ヶ月で就職する人もいれば一年かかる人もいる。けれど、みんなもっと必死よ。魔法のことを真剣に考えてる。でも、貴女はそうじゃないと思うんだけれど」


 教室は、先生の実家である西都一の大きなパン屋の二階にあり、常にパンの焼けるいい香りが漂っている。魔法学校の教室さながら、机がずらっと並んでいて教壇と黒板。その反対側には魔法道具がしまってある棚が聳え立っている。

 私は教壇の正面の一番前の席で居残り中。先生は私の心が魔法に向かっていないと、そう言ったのだ。


「魔女になりたいと思っているのは事実です」

「そう。それは素晴らしいことだわ。じゃあ、どうして宿題はやってこないし、前回の復習もおざなりなのかしら」

「それは……魔法学校でも単位を取った……一年生で習うような内容だったから」

「貴女、パンは焼いたことあって?」

「パン、ですか?」

「えぇ。パンよ。バゲットでもブレッドでもいいけど」

「あります。ご存じだと思いますが、うちは小麦農家なので小さい頃から叩き込まれています」


 イザベラ先生は「そうだったわね」と一瞬だけ柔らかい表情になったが、また鋭い視線で私を刺すように見据える。


「貴女、パンを作るときに一番大事なのは生地だということをご存じ?」

「えぇ。パン生地は材料を入れるお部屋の温度や材料の温度、順番もしっかり守って発酵をさせて……」

「そう、パンといえばさまざまな種類があるし、形もとても大事よね。でも、結局は生地が全て。どんなに形を綺麗に整えてオーブンに入れても生地がしっかりできていなければ失敗する。中途半端で美味しくないパンができる」

「先生……それと魔法とどんな関係が?」


 彼女は目を閉じて深くため息をついた。


「あのね、これは魔法にも言えることなの。魔法学校の一年目に習う基礎の魔法がパンで言ういわゆる生地。それがしっかりできていない人は、どんなに応用魔法を勉強しても複合魔法を研究してもうまくいかないの。生地がダメなパンがうまく焼き上がらないのと同じ」


 私は、先生にここまで説明してもらってやっと理解ができた。そして、同時に恥ずかしいと思った。先生は魔法の基礎ができていないと私に何度も教えていてくれたのに私はそれを理解しようともせず、挙句の果てには、パンに例えて話してもらわないと理解すらできなくなってしまったのだ。


——みんなもっと必死よ。魔法のことを真剣に考えてる


 先生の言葉が、ナイフのように鋭く私の胸に突き刺さった。自分は、本当に魔女として活躍したいのか? お父さんが危惧したように結局お祖父ちゃんの遺産に甘えてあのカフェで甘えて過ごしているだけなんじゃないか?


 揺れ動く私の心を見透かしたように、イザベラ先生は口を開いた。


「次の授業までに、しっかりと考えてきなさい。自分が本当に魔女になりたいのかを。なりたいと思ったなら、私が言った基準をクリアする火の魔法を習得なさい。大きさ、色、場所、全てをコンロトールできる火の基本魔法。わかった? もし、魔女をやりたくないとできないと、他にやりたいことがあるのならもう来なくていいわ」


 消えいるような返事をして、私は教室をあとにした。小さい頃からの夢だったはずの「魔女」は私に取ってすごく遠いものになってしまった。そして、自分の志がぶれてしまっていることを指摘されて胃の中が冷えるようにぐっと痛んだ。


——私だって、わからないよ


 教科書を抱きしめ、私は逃げるように教室をあとにした。



***



 結局、魔法の練習もできずにぐるぐると思考を巡らせているうちに夕方になってしまった。今夜やってくるシロ助君のために作るメニューの材料だけはなんとか買ってこれたけれど。

 

 お米は、食べる分だけ炊くよりも一定の量を炊いた方が美味しいことに気がついたので、おにぎりにしたら十個分くらいになるように調整する。シロ助君のお母様が送ってくれた昆布を小さく切って一緒に火にかけた。

 次は、お味噌汁の準備だ。ナスを半月に切ったら水に晒す。こちらも味噌汁用の手鍋に水を張ったら昆布をつけておく。


「よぉ」


 ドアベルの音と共に店に入ってきたシロ助君は少しだけ不満げだった。なぜだろうと考えていると、彼の後ろには二人の女性がいた。


「アリシアさん、エリーさん」


 魔法警察に所属するアリシアさんと、異世界学者のエリーさんだった。そういえば、二人は魔法学校の同期だとか聞いた気がする。


「すまん、少し多めに用意とかできるか?」

「うん、おにぎりもお味噌汁も3人分なら余裕で大丈夫よ」


 カウンターの端っこの席に座りながらシロ助君は目を輝かせる。


「味噌汁も作れるのか?」

「うん、おばあちゃまが教えてくれたから。ナスのお味噌汁。食べる?」

「食べる。味噌汁は……俺の思い出の味だから」


 彼は何か思い出したかのように、憂うかのようにゆっくりと瞬きをした。


「木の器がないから、スープ用の深皿で飲むことになるけどね。ほら、あるでしょう? 木のお茶碗」

「この店、箸もないだろ。まったく、次の船でお願いしておくよ。銅貨二十枚くらいでいいからさ」

「ほんと? ありがとう」

「ところで、この前言ってた宿題終わったのか?」

「あ〜、あれね」

「なんだよ、怒られたか?」

「うん。次、しっかりと課題がクリアできなければ教室をやめなさいって言われたわ」


 私の話に反応したのはエリーさんだった。彼女は仕事の時とは違い、優しい表情で同じ歳のアリシアさんと話しているところなんかを見ると、まるで女学生みたいに可愛らしい人だ。


「教室ってお料理? それとも、魔法?」

「魔法です。西都一のパン屋さんの二階でやってる上級魔法教室」


 私の言葉を聞いて、エリーさんとアリシアさんが顔を見合わせた。


「それって、もしかしてイザベラ先輩の?」

「はい、すごく厳しくて……次に課題ができなかったら魔女になるのを諦めなさいと言われてしまって」


 アリシアさんは複雑そうな表情で俯いてから静かに話し始めた。


「あのね。イザベラ先輩は私たちの六歳上の先輩でね。ほら、魔法学校って一年生の時の七年生ってとってもすごいじゃない? 私とエリーとイザベラ先輩は同じ寮で。先輩は監督生だった。学校でも主席で、それによくパンを焼いてくれる優しい先輩だったの」

「そうそう、鳴り物入りで魔法警察に入って、一年目からバンバン検挙して。魔法学校にも何度も凱旋講義をしにきてたわよね。しかも、イザベラ先輩は家業のパン屋も継いでそっちも西都一まで発展させた立役者。ほんと、なんでもできる人よ。あの人は」


 エリーさんが補足し、彼女もまた悲しそうな目をしていた。


「数年前。私が医師として魔法警察に派遣になった頃よ。イザベラ先輩は、後輩たちを庇って悪の魔法使いの魔法を受けてしまったの。そのまま、後輩たちを逃し、逃げ遅れた先輩は……魔力を奪われた」


 アリシアさんがぐっと悔しそうに拳を握った。エリーさんも同じく俯いたままだった。

 魔力を奪うと言うのは、西都では禁じられている魔法の一つである。魔力というのは生まれつき人が持つ資産の一つで、それは奪われるべきものではない。はるか昔、悪い貴族が奴隷たちから魔力を強制的に集めて支配した暗い歴史が西都にはある。

 魔力を奪うことは尊厳を奪うことに値し、その権利を奪う行為を固く禁じているのだ。

 

「救出されたイザベラ先輩は、足の腱を切られ腰を砕かれ魔力は枯れ果てていたわ。治療を尽くしたけれど、杖がなければ足を動かすことは困難な状態になった。魔力も……ほとんど戻らなかった。それから、彼女は魔法警察を退職して、魔法教室を始めたの。やりがいにしていた警察の仕事も奪われ、立ち仕事のパン屋の仕事もできなくなったのに落ち込まずにすごい人よね。でも、そのうち、ダメな生徒をひどく叱る人だなんて噂が出回ったの」


 知らなかった。ただ、とても厳しいだけの人だと思っていた。一瞬だけ見せる柔らかい表情は印象的だったが、イザベラ先生はすごく怖くて厳しい人だとばかり。


「確かに、学校の先生と比べると厳しいかもしれません。私も、やる気がないならやめたほうがいいってそう言われて……でも中途半端な私が悪いので」

「多分よ。聞いていないから私の予想だけど……。イザベラ先生は、魔法の怖さを『魔法をできると勘違いしている自分』の怖さを知っているから。魔女や魔法使いを目指す人に厳しくするのかなってそう思うわ。きっと、彼女はもうどんな人にも失敗してほしくないんだと思う」

「でも、先生は部下を守ったんでしょう?」

「えぇ。だからね、当初は魔法警察に残って事務方の仕事を統括してほしいってオファーを受けていたのよ。でもね、彼女はあんな事態を招いたのは自分の責任で、部下に怖い思いと先輩を傷つけてしまったトラウマを植え付けてしまった責任を取るといって聞かなかったのよ。多分、自分を責めていたんだと思う」


 私は、イザベラ先生がどうして自分を責めていたのか少しわかる気がした、先生は家業も仕事も欲張ってどちらも頑張ると決めていた。だから、魔法で失敗したと思い込んだ。パン屋に割いていた時間を魔法防衛に使っていれば、自分がもっと魔法を知っていればこんなことにはならなかったのではないか。先生はきっとそう思ったんだ。

 私は、昔の先生と同じく二つのことを一気に手にしようとしている。だから、厳しいことを言ってでも私を諦めさせようとしたんだ。


「あのさ、だから……あまり気にしなくていいと思うよ。イザベラ先輩は本当はすごく優しい人だからさ」


 カウンター席の真ん中に座ったエリーさんが私を励ますようにいい、アリシアさんが優しく頷いた。



 ご飯を蒸らしながらナスの味噌汁を準備し、先に味噌汁を三人に出すと塩むすびをさっと握る。一人二つずつ。エリーさんは、異世界仕込みの私の料理に興味津々でメモをとりながら調理過程を見守っていた。


「うまっ……すげぇ。やっぱり味噌汁食べるとほっとするぜ」

「シロ助君の故郷と私が行った異世界ってすごく似てるって言ってたでしょう? だから、私があっちで食べて安心したこのお味噌汁ならシロ助君もホッとできるのかなって思ったんだよね」


 シロ助君はクリスマスのターキーを食べた子供みたいな表情で味噌汁をすすり、ごくんと飲み込んだ。少し絞ってから出し汁に入れたナスはたっぷりと昆布だしを吸い込んで、じゅわっとジューシーな食感になっているはずだ。

 塩むすびも同じ昆布の出汁が入っているのでお味噌汁との相性は抜群。


「おいしい。ジャポン料理を食べられるなんて。しかも、異世界人が教えてくれたのよね? ねぇ、アリシア、栄養素はどうなの?」

「うーん。ジャポン料理は食物繊維が豊富だし塩分が少なくても出汁の香りが豊かだから減塩も可能でしょう? 材料費が少し高いけれど減量にはいいかも」

「あれ、何してんだ?」


 女性陣よりも先に食べ終わったシロ助君は私が作り始めたおにぎりを見て目を丸くした。


「思い出したのよ。おばあちゃまの焼きおにぎり」


 あの公園で食べた丸くて優しい味の茶色い焼きおにぎり。その正体は「味噌」だった。しっかり握ったおにぎりの表面に味噌を塗り込んでいく。優しく、薄く均等に。それから、油を敷いたフライパンで弱火にかける。味噌が焼ける匂いは醤油のときとは違って、控えめだが、ひっくり返した時一気に香るので、お気に入りだ。


「味噌?」

「うん。味噌のおにぎりだったの。しょっぱさにちょっと丸さがあって優しい甘みもあって。食べる?」


 私が焼き加減を見ながらカウンターの方を振り返ると、シロ助君だけじゃなくアリシアさんとエリーさんも手を上げていた。



***


 アリシアさんとエリーさんは、味噌焼きおにぎりを一つずつ食べた後、魔法学校時代の話に花が咲き、向かいのバルへと移動してしまった。まさか、おにぎりとお味噌汁を前菜にお酒を飲みにいくとは思わなかったけれど、二人が楽しそうなので私もシロ助君も口を挟まなかった。


「あのさ、味噌汁余ってる?」


 シロ助君はそう言いながらカウンターの中を覗き込む。


「うん。まだあるよ。今夜はバルのお客さんが来るかもだしスープはお味噌汁にしようと思ってて。たくさん作ってるから」

「じゃあ、もう一杯いいかな」

「うん。もちろん」


 ナスとスープのバランスを考えながら、もう一度彼のために味噌汁を注いだ。やっぱり、陶器のお皿だと違和感があるお味噌をカウンター越しに彼に渡した。


「ありがとな」

「え? ありがとうも何も商品よ」

「いや、そうじゃなくて」


 彼はそう言いつつ、後ろを向いて窓から見えるバルを眺めた。バルでは、アリシアさんとエリーさんが楽しそうに葡萄酒を楽しんでいる。


「俺を、ほかの奴らとおんなじように扱ってくれて」

「え?」

「いや、ガキの頃から俺は悪い意味で特別でさ。俺をみて怖がるか、嫌がるが、私は差別なんかしませんよってわざとらしく接するかのどれかでさ。一番辛いのはどれだと思う?」


 彼の黒い綺麗な瞳が私を真剣に見つめた。


「怖がれるの……かしら。魔法使いや魔女もたまーに魔法を使えない人たちに怖がられるんだけど結構傷つから」


 私は一般人の母親と魔法使いの父親の間に生まれた。お母さんの実家は全員一般人で遠い親戚の人なんかは私とお父さんを怖がったりする。もちろん、お母さんはそんなこと許さないし、最近はほとんど言われないけれど。

 まるで、化物で見るみるようなあの目はやっぱりちょっと傷ついたっけな。


「俺は、一番最後のやつ。差別なんかしてないよって雰囲気出されるとさ。思うんだよ、あー俺はやっぱ人間じゃないんだなぁって。俺は特別だからこうやってアピールしねぇといけねぇのかなって。ただ生まれただけなのにって。この国は人狼に理解があってさ、怖がられたり石を投げられることはねぇけど、正直それが一番嫌になるんだよ」

「私には、全然想像がつかないよ」

「だろうな。だから感謝してるんだよ。アンタは、俺を普通の人間と同じように扱ってくれるからな。まぁちょっと無防備すぎるのが心配だが……、ここにくれば友達みてぇな顔で挨拶して、冗談いってさ。この味噌汁だって……手間かかんのに、俺が安心できるかもって考えてくれたんだろう? ありがとうな」


 彼は、出汁をたっぷりすった茄子を口に入れ、味噌汁を啜った。あまりに美味しそうに食べるので、お腹が減ってしまいそうだ。


「実はさ、満月の次の日。人狼に変身した翌日は内臓やら体やらの調子が悪くてな。こっちの料理はうまいけれど、俺の腹には合わないみたいで。自分で塩がゆ作って食ってたけど……、味噌汁が一番だな。ほんと、久々に飲んだよ」


 彼は遠い目をして、過去を振り返るように言うと味噌汁を飲み干した。人間ではない彼が、外国人である彼が、幼かった彼が、どんな思いでどんな気持ちでたった一人過ごしてきたのか。ぬくぬくと田舎の小麦畑で両親に愛され育ってきた私には想像もつかない。

 でも、目の前にいるシロ助君は……ほっと胸を撫で下ろし優しい表情でスープ皿をカウンターに置いた。少しでも、私がつくったお料理が彼の心を癒してくれていれば嬉しいなと思った。


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