第2話 下心ゼロでデート?に誘う
12月30日。本日も晴天なり。
ここは、四方を山に囲まれた盆地ゆえに、晴天率が高い。
海から来る湿った風は山の向こう側で雨雪を降らせ、山を越えてくる頃にはカラリとした空気に変わる。
オレは、眩しい直射日光を全身に浴びながら、ブラブラと国道沿いの道を歩いていた。
年末だからといって人が多いこともなく、車以外は時々ママチャリとすれ違うくらい。最近できた電気屋にうっかり入りそうになって、慌てて自分を戒めた。
「ゆうかちゃん、帰ってきてるとは聞いたんだけど、見たことはないんだけどねえ」
と、母親は言っていた。
見たことない子を結婚相手に勧めるのも凄いが、誰とでもうまくやれる自信のあるタイプはそんなもんなんだろう。
オレだって、20年以上会っていない子に期待してしまっているんだから、たいがいだ。
ゆうか、と、当時は呼び捨てにしていた。
アルバムをこっそり探してみたけど、クラスの集合写真に小さく写っていたものの、顔がはっきり分かるような写真はなかった。
10分ほど歩くと、この付近では一番大きいスーパー銭湯が見えてきた。
そのスーパー銭湯の前に、団子屋はある。
ゆうかがいてもいなくても、団子を買って帰ればいい。
団子屋『まんぞく』からは、数人の客が道路にはみ出して並んでいた。オレも取りあえず並んで、スマホで時間をつぶす。
『36歳無職、彼女いない歴=年齢です。幼馴染と20年ぶりに再会します。恋愛関係になる可能性はありますか?』
チャットGPT先生に情けない質問をしているうちに、店内に入れた。
店の中には、4、5人の客がいた。ガラスケースには色々な種類の団子が並んでいる。
普通のみたらしやあんこだけじゃなく、揚げ団子、お好み焼き団子、イナゴ団子?ってなんだこりゃ。団子から虫の足が飛び出している。
姉貴の子どもはきな粉が好きって言ってたなぁ。頭の中でチョイスしつつ、ちょっと緊張しながらさりげなく店内を観察する。
店頭にいたのはバイトらしき男性一人だけだった。そんなもんだよな、とがっかりする。
しかし、レジに人が滞留してきたタイミングで、店の奥から一人、ふくよかな女性が現れた。
……もしやあの人、か?
見た目年齢は自分と同じくらい。
渡辺直美をローカル仕様にしたような、愛想のいい団子屋のおば…お姉さん的な女性。
三角巾をかぶり『まんぞく』と書かれたピンクのエプロンを腰に食い込ませるように結んでいる。
う、うーん…
一人で勝手に盛り上がってしまっただけに、寂寞の思いにかられる。
でも、自分だって人のことをどうこう言えた義理じゃない。勝手に期待して勝手に失望して、向こうにとってはとんだ迷惑だ。
それに、テキパキと客を捌く姿はなかなかどうしてかっこいい。
新入社員時代、イベントの受付で大勢の来場者に声をかけて整列させていた美人の先輩を思い出した。
レジのタイミングで、思いきって声をかけた。
「ひさしぶり…です。オレ、小学校のときクラス一緒だった真田広之だけど、覚えてますか」
名乗った瞬間、店内の客が振り返った。笑いを噛み殺しているが、もう慣れてる。
女性は一瞬ぽかんとしたあと、
「あー!」
と言って、満面の笑みを浮かべた。
「広之くんね!覚えてるよ!」
おお、覚えていてくれたか。
トキメキはないけど、嬉しいものだ。
相手がタメ口だったので、オレも昔に戻ってタメ口で話す。
「はは、良かった。元気そうだね! 今度一緒にメシ行かね? 他にも帰省してる奴に声かけてみる。あとで電話するわ」
後ろに客がいるので、話を切り上げようとすると、女性は店の奥を振り返り、大きな声で叫んだ。
「ゆうか! 広之くん来たよ。あんた好きだったろ。家まで送ってってあげな!」
ドキーン!
えええっ?!
この女性「ゆうか」じゃなかった。しかも「好きだった」ってどういうこと?!
嬉しい、けど…。
店内の客の目線が、苦笑から好奇心に変わっている。
田舎のあけっぴろげさが、怖い。いや、田舎だからじゃなくておばちゃんだからだろうか。
明日には「真田広之がゆうかと付き合っている」という噂が田舎町に流れそうだ。名前だけ見ると芸能人だな。
レジ前で硬直していると、数秒の間ののち、店の奥から
「はぁーい」
というダルそうな返事が聞こえて来た。
「駐車場、回って」
と「ゆうか」に言われて、団子を受け取り、慌てて駐車場に向かった。
オレのことを好きだったらしい、ゆうか。
20年以上前の話だし、その後ゆうかは結婚もしたわけで、オレのことをずっと好きだった…なんてことは、ありえないのは分かっている。
でも、うっかり期待してしまう。
ちなみに、さっきの質問に対するチャットGPT先生の答えは
「恋愛関係になるかは、色々な要素が関係するので判断できない。でも、無職であることは隠さず、誠実に対応すること」
だった。
なるほどね。
誠実に対応したオレは会社を追われ、誠実じゃなかった部長は会社に残った。
奥さんと子供もいるらしい。
GPTもまだまだ世間知らずだ。それでもオレは誠実でいたい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます