屋敷神の慈しみに恋紋様は幸色にかがやく

深山心春

第1話 童子さまの花嫁

 昔、昔。ある名家があったんだと。そこには屋敷神様が住んでおって、娘と婚姻を結ぶことで富を約束しておったそうな――。


「まったく、どうしてこんな子を童子さまの花嫁だからと大事にしないといけないの!?」

 乱暴に髪を梳かれて椿は、痛みに顔をしかめた。周りには手をつけてない膳が置いてある。どれもたくさんのお料理が載っていてとても食べ切れる量ではない。

 母は食事の膳の前でくしげずることも頓着しない。乱暴に梳かれたせいで切れた髪の毛が、膳の中へとふわりと落ちた。

 椿は着物の袂をぎゅっと握りしめて痛みに耐えた。花と臙脂色の着物の上に、椿のやわらかな髪が梳られては落ちた。

「霞のように美しい子だったら、こんな苦労をしなくて済んだのに」

 そう言いながら、母は椿の髪に香油を塗った。

椿の髪色はウェーブのかかった色素の薄い茶色。瞳も薄い茶色で、母にも父にも似ていない。姉の霞は黒い髪が美しい美少女だった。母に面差しも似ている。

「こんな髪色、誰に似たんだか」

 そう言いながら、母は強く髪を梳いていくものだから、痛みに涙が滲んだ。母は椿のウェーブが緩くかかった色素の薄い髪も目の色も嫌っている。

 ようやく髪を梳き結い終わると、母は、立ち上がって椿を見つめた。

「その膳を全部食べない限り、この部屋から出てはいけないわ。少しでもその貧相な見た目を良くしないとね! 返事は?」

「はい……」

 椿は涙を堪えて返事をする。 

「霞が花嫁でなくて本当に良かったわ。薄気味の悪い童子さまの花嫁におまえがなるのなら、霞も家に残れるしお家も安泰だというもの。ましてや子も儲けらないらしいし、生贄のようなものだものね」

 母がピシャリと障子を閉めた。油物の料理の匂いが鼻につく。

 傍にあった古い手鏡に自分を映す。色素の薄い茶色の目、緩くウェーブのかかった茶色の髪、そして前髪に隠すようにある額に小さな花弁のような形の痣ーー紋様を見る。この紋様のある女子は、童子さまと結婚する。それが橘家が、代々の栄えている秘密だ。

 百年に1度、童子さまはお目覚めになり、この橘家の女子と婚姻する。そしてまた百年、橘家は富と繁栄を手にする。椿は体の良い贄なのだ。

 けれどいま、その紋様は爛れたようになって、まるで火傷の跡のように見えた。ため息をついて、前髪を下ろして整える。

「椿」

 障子がそっと開いて、姉の霞が入ってくる。美しい烏の濡羽色の黒髪と、愛らしい顔立ちの美少女だった。

 霞はゆっくりと椿の傍に寄ってくると、ごめんなさいと小さな声で謝った。

「母さまがごめんなさい」

「姉さまのせいではないわ。私なら大丈夫」

 そう言って微笑むと、霞は少しほっとした表情になる。そして、椿の手を取った。

「椿、無理をしないでちょうだい。童子さまの花嫁になるなんて恐ろしいでしょう……?」

「そうね……。でもこれがこの家の繁栄のためだから」

 少しうつむき加減に言うと、霞は尊敬するような眼差しで椿を見た。

「さすが椿は強いわね。私は、怖くて……」

 そう言われて、椿はそうね、と微笑んだ。童子さまは所謂、屋敷神ーー座敷童だ。この家を長い事守ってくださっている。百年置きの目覚めのため、誰もその姿を見たものはいない。伝承では、二目と見られないような恐ろしい姿をしていると綴られているものもあった。

 私の額には生まれたときから花弁の紋様があった。私の運命は生まれ落ちた瞬間から決まっていたのだ。だから、仕方がないと椿は思っている。怖がっても、悲しんでも仕方がないとーー。これは契約婚なのだから。

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