第16話 孤城
――ウォー!――
競技場が歓声に包まれた。美味しんボーイと流星8号がゲートをくぐり、トラックに姿を見せたのだ。美味しんボーイは流星8号に肩を貸し、まるで二人三脚のように走っていた。流星8号の片足は弾丸に討ち抜かれ、膝から下がなくなっている。
「ガンバレ!」「ガンバレ流星8号!」「ありがとう、美味しんボーイ!」
スタンドの心がひとつになっていた。
2体がトラックを1周した時、次々と後続のロボットランナーが姿を見せた。が、それらは美味しんボーイと流星8号がゴールテープを切るのを阻止することはできなかった。
数発の花火が上がる。優勝者を讃えるものだ。
『優勝は流星8号……と、美味しんボーイ!』
スピーカーから流れるアナウンスが美味しんボーイの名前を呼ぶのにわずかな間があった。原稿になかったからだろう。
『複数の優勝者が出るのは、本大会はじまって以来の快挙です!……次々とロボットランナーがゴールに入ります。……1位の記録は2時間1分33秒。新記録とはなりませんでしたが、ゴール直前のアクシデントがなければ、間違いなく今大会も流星8号が新記録を打ち立てたことでしょう』
アナウンスが流星8号の不運を嘆く間に最後のロボットランナーがゴールに入った。
表彰式、一番高い表彰台には美味しんボーイと片足の流星8号が立った。
『美味しんボーイは片足を失った流星8号と共にテープを切った。ロボットのマラソンレースで、このようなスポーツマンシップを見るとは思わなかった。感動した!』
龍珍が挨拶してロボットマラソン大会は幕を閉じた。美味しんボーイは競技場を目の前にしてつまずいた理由も、流星8号の膝から下がなくなった理由も、誰にも話さなかった。
「私も感動しました」
「私もだよ。美味しんボーイ、君は素晴らしいロボットだ。まさに日本人の鑑だ。誇らしいよ」
帰りのリムジンの中で、美琴と団長は感動の涙を流した。
『ホテルへの道ではないようですが……』
リムジンがホテルへ向かっていないと指摘したのは美味しんボーイだった。
美琴の視線が外の景色に移る。官公庁の建物のような装飾のない建物が並ぶ景色はSaIの記録にない風景だった。
「はい。龍総裁の私邸へ向かっております」
運転手が答えた。
(どういうこと?)
アマテラスはそれまでの感動をどこかにやっていた。背筋に緊張が走った。
(言葉のままだと思う)
ツクヨミは応じた。
「それは龍完将軍の指示ですか?」
寺岡が確認した。
「いいえ。龍総裁の御命令です」
「なるほど……」
彼は納得したようだった。
「このまま収容所、なんてことはないよな?」
団長が寺岡の耳元でささやいた。
「それはないと思います。きっと大丈夫です」
彼は落ち着いていた。
(私たちは着々と目標に近づいている。寺岡さんが言う通り、大丈夫です。いざとなればスサノオが守ってくれる)
ツクヨミはアマテラスを励ました。
リムジンが着いたのは首都を見下ろす丘の上の邸宅だった。広大な丘にあるのは龍珍の大邸宅のみ。それはまるで世界を支配する威厳と威圧感を誇示する中世の城郭のようだった。
龍珍は広い応接間で待っていた。彼の後ろにはボディーガードの親衛隊員が2人、直立不動の姿勢でいた。
「いらっしゃい、日本の英雄諸君」
彼は団長に握手を求めた。次に寺岡に、美琴に……。彼は剛腕だった。政治的にも、肉体的にも。
(この人が美味しんボーイを撃たせたのね……)アマテラスの身体を悪寒が走った。(……痛い)彼の握力に彼女は呻いた。
アマテラスは純粋だ。……ツクヨミは、彼女が傷つくのを恐れた。
「今日のヒーローは君だ。ミスター……」
『美味しんボーイです。龍総裁』
「そう、そうだった。美味しんボーイ……。で、どういう意味なのかな? 日本語は分からないものでね」
彼は団長に視線を向けた。すると団長は寺岡に……。
「〝おいしい〟と〝少年〟を結合した造語です。お料理ロボットなので。龍総裁」
彼は恭しく応じた。
「なるほど。まあ、座りたまえ」
彼は席を勧め、自分も掛けた。
初老の執事と孫娘のようなメイドが現れ、テーブルに紅茶と抹茶ケーキを並べた。
〖スサノオ、邸内のプライベート・ネットワークを調べてくれ〗
ツクヨミはWi-Fiの存在に気づいて依頼した。こうした機械的作業はスサノオのAIの方が優れているという自覚がある。
【了解】
「美味しんボーイのようなロボットが、我が家にもほしいものだ」
龍珍の言葉に団長と寺岡が緊張した。
(欲しがっているの?)
(そのようにも取れます)
(嫌よ。あげたりしたら)
(それで寺岡さんは困惑しているのです。ここはひとつアマテラスが、あげられない、とはっきり断ってみてはどうです?)
(それでも欲しいと言われたら?)
(それでも断れるのが、子供の特権です)
(私は子供? 17歳よ)
(60,70の大人から見れば、十分子供です。さあ!)
ツクヨミは促した。
「お、美味しんボーイはあげられません。わ、私の友達ですから」
彼女は懸命に意思を伝えた。
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