第4話 熱い想い

 巨大な国際空港、ターミナルビルのメタリックな内装は未来的だった。その3階にあるイベント会場で歓迎式典が行われた。

「日本国の流通小売業界の皆さん、よく参られた。私は産業省商工部の珍明漢ちんみょうかんといいます……」

 珍部長が母国語で歓迎の言葉を述べた。訪問団の1割は東和語を解したが、9割は携帯翻訳機を通して彼の言葉を聞いた。美琴も翻訳機を使った。聞くだけならツクヨミが通訳できたが、話すのは無理だからだ。滞在中は、東和民主共和国には無知な、流通小売業界で働く障がい者代表を演じることになっていた。

「……大いに交流を深め貿易を拡大し、両国の発展に貢献しましょう」

 珍のあいさつの後に日本の団長もあいさつを行い、東和の古典舞踊が催された。そうした形式的なセレモニーの後、訪問団は空港に隣接した国際ホテルに入った。

全ての段取りは東和の商工部が取り仕切っていて、個室は男女別々のフロアに分けられていた。ただ、世話係ということもあって寺岡だけは、女性のフロアの美琴の隣の部屋があてがわれた。

「近い部屋で良かったです」

 美琴が安堵を口にすると、彼は声を潜めて言った。「盗聴されているかもしれないから気をつけて」と。

「分かりました」

 彼女は大きくうなずいてドアノブを回した。

「無茶するなよ」

 彼の声を聞いてドアを閉めた。

(無茶をしないわけにはいかないわ。スパイだもの)

 アマテラスは頭の中で言うとタブレットをWi-Fiに接続した。

(アマテラス、何をするつもり?)

(博士に連絡を……)

(それなら私が……)

(自分でやってみたいの。日本のソフトは使えないということだけど……)

 彼女がいつもの検索アプリを立ち上げる。画面上でくるくる回る砂時計。……延々と回り続ける。

(……やっぱりダメ見たい)

(事前情報通りです)

(仕方がないわね)

 彼女は東和版の検索アプリ〝バンブー〟をダウンロードした。

〖お父さん、無事に東和民主共和国に到着しました。大変な歓迎ぶりでした〗

 メールのあて先は神山が急遽作った捨てアカウントだ。訪問団の通信内容は、全て東和側にチェックされるだろうと予測してのことだ。

 ツクヨミも独自にWi-Fiにアクセスした。東和のネット空間の中にバンパイアの情報があるかもしれない。ネット警察に探知される危険性を考えて、龍珍やバンパイア、吸血鬼、不死、軍、兵隊といった単語の使用は避けた。加害者であるバンパイア側からではなく、被害者側からバンパイアの存在を探ろうと考えていた。

 人口10億人のネット空間は情報であふれていた。行方不明者の存在は社会の不安定さを示すもので、権力者にとっては都合の悪い情報だ。隠されていると思われたが、意外に公安部のサイトで公にされていた。

 昨年は二百万人ほどが失踪していた。海外に逃亡した者がいれば何らかの犯罪に巻き込まれて誘拐や殺害された者がいた。政治犯として極秘裏に収容所に収監された者もいた。

 龍珍が生血を吸っているとしたなら、泊里の例を考えても被害者は三日に1人。年間120人ほどだ。失踪者のデータに大きな影響を及ぼすことはないだろう。しかし、兵隊をバンパイアにしているとしたなら、生血を取られる国民の数は天井知らずに違いない。

 失踪者の統計をさかのぼると、それは5年ほど前から飛躍的に増えていた。それも内陸部の少数民族に多い。彼らが犠牲者ではないか?……そんな推理をした時、美琴のタブレットに博士からの返信があった。

【美琴、無事に到着したとのこと。一安心しました。皆さんに迷惑をかけないよう、しっかり務めを果たしてください】

 まるで本当の父親のような文言だった。

「メールよ」

 美琴が歓喜の声を上げた。

(分かっています。アマテラスが見ている映像は、私が送っているのですから)

(ああ、そうだったわね)

 彼女が少しへこんだ。

(見つかるかな。バンパイア……)

 見つかる、と答えたいところをグッとこらえた。期待を持たせるには、まだ根拠が薄い。

 美琴が窓際に立ち、近代的なビルが立ち並ぶ町に目をやった。方々で夕陽が反射していた。まるで燃える海を見ているようだ。

(……私、絶対見つける。バンパイア)

 彼女の純粋な想いに、ツクヨミの薄い感情も揺れた。

(アマテラス、長旅で疲れたでしょう。夕食をとってしっかり寝てください)

(ツクヨミ、あなたもよ。最近分かるようになったの。あなたが頑張ると、私も疲れるって)

 ああ、なるほど。不覚でした。……ツクヨミは自分の不明を恥じた。膨大なデータ処理に使用しているエネルギーはアマテラスの血液だ。

(私もバンパイアと同じでした……)

 Wi-Fiを切断し、彼女の純粋な目と耳に変わった。

 夕食を寺岡と共にした美琴は、しばらく彼との会話を楽しんだ。彼女がツクヨミ以外の誰かとそうすることは初めてだった。

「さて、明日が本番だよ」

 そんな彼の言葉をきっかけに楽しい時は終わり、彼女は部屋に戻った。ベッドに入りSaIを取りはずす。そうしてアマテラスとツクヨミは完璧な暗闇に溶けた。



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